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騎士の恋 06


「ルルーシュ? 何やってるの?」

かけられた声に目の前の身体が大きく震えた。
何かに怯えるようなそれは、だがジノが気づいた瞬間にはすぐに消えていて、何気ない様子で上げられた顔には困惑と苦笑しか浮かんでいなかった。

「スザクか…。見てわからないか。人違いで捕まっているところだ」
「ジノ…?」
「お前の知り合いか。だったら丁度いい。いい加減手を離すように言ってくれないか。いつまでも男に手を握られている趣味は俺にはないんだ」
「あ…あぁ。ジノ、手を離してあげなよ」

ルルーシュが軽く腕を引くと、今度はあっさりとジノの手が外される。
掴まれていた手を軽く振る。痛いのだろうか。少々力を込めてしまったから、もしかしたら痕が残っているかもしれない。
呆然としているジノに代わってスザクが謝る。

「悪かったね」
「いや、いいんだ。じゃあ俺はこれで。スザクも忙しいのはわかるけどたまには連絡くらい寄越せよ。皆が寂しそうだ」
「君も寂しい?」
「勿論じゃないか。友達だろ」

軽く笑ってじゃあと階段を下りていく後ろ姿。
その細い背中が、タラップを降りていくあの日と重なる。
追いかけたい気持ちをぐっと堪えた。
『ルルーシュ』と呼ばれた彼が、ジノの『ルルーシュ』と同じなのは明白なのに、どうして隠そうとするのか。
その理由は多分目の前にある。
昏く光る若葉。先程ルルーシュに見せていた表情とはまるで違うそれは、敵意でも篭っているかのようだ。
スザクが日本に執着する理由はゼロだけではなかったのか。

「…さて。ジノ、どうしてここに?」

振り仰いだ先にあるのは胡乱な目を向ける同僚。
それは明らかにこの場にジノがいることを歓迎していなくて。
あまりにも分かりやすい牽制に、ジノは口元に笑みを浮かべた。
ジノとスザクは似ていると言ったのは、ナイト・オブ・ワン。
一見何の接点もない2人を似ていると評したのは、後にも先にも彼だけだ。
ジノ自身も似ていると思う。ただ、決定的に違うところが1つ。
ジノ・ヴァインベルグは本心を言わない。
そう簡単に自分の本心を相手に悟らせたりしない。
直情的で感情が全て瞳に映るスザクとはそこが違う。

「んー、美女がいたから声をかけなくちゃと思ったんだけどね」
「あれは男だよ」
「性別なんて関係ないさ。私が気に入った。それが理由じゃ駄目かい?」
「ジノ…」

去っていく後姿に厳しい視線を向けるスザクはすでに学生の顔ではない。
何度か見たことのある顔。
後悔と憎悪が混ざった表情。

「…駄目だよ。あれは魔性の美しさだ。近づく者は全て破滅する。例外はない」

あぁ、成る程。
ルルーシュはスザクにとって憎しみの対象ということか。
スザクの憎悪はゼロにばかり行っていたと思っていたから少々意外だ。
何かがあるのだろう。表向きは仲のいい友人同士にしか見えない2人の仲を引き裂いた何かが。
ルルーシュもおそらくそれに気づいている。そして隠している。
スザクは今のところそれに気づいているのかいないのか、とりあえず警戒をしていることは確かだろう。
変な関係だとジノは思う。
憎しみの対象ならば引き裂いてしまえばいいのに。
そして恨みを晴らせばいいのに。
尤もその対象が『ルルーシュ』である限り、ジノがそれをさせるつもりはないが。

彼女がどうして性別を偽っているか、それは多分本人に聞かなければわからない。
昔から他人を頼らない人だったから。
ただ、目の前に求めていた人物がいるのにみすみす見逃すほど、ジノは諦めがいいわけではなかった。
幸いこの地に留まる理由はある。
もうすぐ新しい総帥が到着するし、ジノは皇帝直々にその護衛を任じられているのだから。

「なあ、この学校楽しそうだな。イベントも個性的だったし、会長も美人だし」
「…?」
「総督がいるからって四六時中傍についてなきゃいけないわけじゃないよな。総督府にはグラストンナイツもいることだし。お前も復学したってんなら、私が転校しても問題はないよな」
「ちょ…っ」
「よし。決めた。庶民の学校って通ったことがないから楽しみだな」

明らかに非難の色を浮かべたスザクの瞳を軽く無視して、ジノは階段を下りる。
アッシュフォード学園。マリアンヌ后妃の元後見人が設立した学校。
7年前、急に本国を離れ日本に移り住んだアッシュフォード一族。
中等部から大学部まで一貫した全寮制の学校。
それはまるで外の世界から隔絶された大きな箱庭のよう。
その中にいた『ルルーシュ』。
生徒会長のミレイは何も知らないようだった。誤魔化しているのか本当に知らないのか、それは今判断するには早計だろう。
確かめるには懐に入るのが一番だ。
恨むならジノをこの地に寄越した自分の迂闊さを恨めばいい。
スザクにとって『ルルーシュ』がどんな存在かなんてジノにはどうでもいい。
ジノはただ、唯一の相手をこの手に取り戻したいだけ。

だから。

「私の邪魔はしないよな、スザク?」

邪魔をするなら容赦はしない。


  • 09.03.25