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騎士の恋 05


アッシュフォード学園。
トウキョウ租界が建設されてすぐに設立された学校。
ブリタニアでも有数な貴族だったアッシュフォード公爵家が、本国ではなく辺境の日本を選んだ理由は明確にされていない。
擁立していた后妃マリアンヌの死亡によって失脚したために本国にはいづらかったという説もあれば、後見していた2人の皇女が亡くなった地を終生の住処としたいと思ったのか、揶揄する声は幾度となく聞こえてきたが実質がどうかまではジノは知らない。
ただ、2人の皇女を偲んで日本へ移住したという話は、本当ではないかと思っている。
現当主ルーベンは実直な男だった。
マリアンヌの後見についたのも彼女の人柄に惚れてという説が多かったし、実際ルーベンはマリアンヌの2人の皇女に対して孫娘に与えるような愛情を注いでいたのは明白だったらしい。
ジノはかつて何度かルーベンに会ったことがあった。
時折見かける姿はとても優しそうで、ルルーシュやナナリーに腕を引かれて離宮の庭園を歩く姿は祖父と孫にしか見えなかった記憶がある。
孫娘のミレイも素直で明るく、アッシュフォード公爵家の人たちにはヴァインベルグ家とは違う温かさを感じられて、ジノ個人としてもルーベンのことは大好きな御祖父様といった感想を抱いていた。
だから彼がブリタニアを辞して日本へ移住した時には正直嬉しかった。
ジノは長い間ナナリーを匿っていたのはアッシュフォード家ではないかと思っていた。
権力争いから離脱した彼らだったからこそ名乗り出てこなかったのだと。
だが、それが違うことはミレイ本人と話してみて確認できた。
そして抱く違和感。

「ナナリー皇女ですか? 無事でいらしてくださって嬉しいですわ。私どもはどうしても守れませんでしたから…」
「そうですか…」

華やかな美貌をほんのわずか苦渋に歪めて、ミレイはそう呟いた。
おかしい。
公式発表ではナナリーはアッシュフォード学園に通っていたはずだ。
だがミレイはナナリーを知らないという。
それどころかナナリーを語る声には敬愛こそあれど親愛の感情はどこにも見えなくて、他人行儀なそれはジノが知るミレイらしからぬことだった。
ナナリーを匿っていたのはミレイだという予想はミレイ本人の口から否定された。
希望は抱けば絶望が深くなる。
それでもどうしても諦め切れなかった最愛の姫君の生存。
ミレイに訊ねれば手がかりがつかめると思っていたのは間違いだったのか。
落胆を隠せない様子でジノは学園を見やる。
キャンプファイヤーの明かりに照らされた学園はとても綺麗で、門戸は広いが関係者以外の立ち入りを一切禁じた環境は皇女を匿うには向いていると感じたのだが。

ふと視線を屋上へと巡らせれば、そこに見える茶色のくるくる髪。

「スザク」

誰かと話しているのだろうか、横顔しか見えないけれどそれは確かに同僚のもので。
ジノの声につられてミレイが顔を上げた。

「あら、スザク君ね。本国でも忙しいのに復学してくれて本当に感謝だわ。やっぱりルルちゃんはスザク君がいるほうが楽しそうだもの」
「ルル…?」

ざわり、と心が震えた。
平静を努めて聞き返せば、ミレイは何でもないことのように頷いた。

「ええ。結構な気難しやさんでちょっと困っちゃうけど、うちの優秀な生徒会副会長さん。ほら、スザク君と一緒にいるでしょう」
「………っ!」

細い指が屋上へと伸ばされる。
言われるままに顔を向けたその先、スザクの隣で笑っている連れの姿が月光に照らされた。
漆黒の髪、白磁の肌。遠目でも十分に窺える整った容貌。
身に纏っているのはスザクと同じく男子生徒のそれだが、ジノが見間違えるはずない。
子供の頃から恋焦がれて、今も尚ジノの心を掴んで放さない至高の存在。

(ルルー、シュ…様…)

頭が認識する前に、ジノは走り出していた。





   ◇◆◇   ◇◆◇





(ルルーシュ様ルルーシュ様ルルーシュ様!!)

ジノは全速力で屋上へと続く階段を駆け上がった。
踊り場を抜けたところで壁に寄りかかっている人影を発見した。
一瞬男子生徒かと思った。

「ルルーシュ様」
「っ?!」

ピクリと反応した肩。
こちらを向かないのは気分が悪いからだろうか。それとも…。
ゆっくりと近づく。
目の前の人物の背は高いほうだろうか、この7年で自分が規格外に成長してしまったからよくわからない。
ただ、とても細い身体をしていることだけはわかった。
漆黒の髪の間から見える首筋は細く、夜だというのに透けるように白いことがわかる。

「ルルーシュ様…」

もう一度呼ぶ。
聞き覚えのない声だからだろうか、黒髪がかすかに動いた。
ゆっくりと向けられる視線。
胡乱な眼差しがかすかに見開かれる。それは夜目にも鮮やかな紫。
身体中を歓喜が走り抜けた。

「やはり…生きていたのですね…」

声が震える。
触れたら消えてしまいそうな姿はまるで夢幻のようで、ジノは手を伸ばせば触れられる距離にある細い身体に触ることができない。

どうしても信じられなかった――信じたくなかった。
どこかで生きていると、それだけを信じて生きてきた7年間。
それは無駄ではなかったのだ。
こうして目の前に少女はいる。

だが…。

「…誰だ」
「ジノです。ジノ・ヴァインベルグ」
「…知らない」
「姫様!」
「姫じゃない。俺は男だ。見て分からないのか」
「いいえ。貴女はルルーシュ様です。私が貴女を間違えるはずがありません!」
「人違いだ。俺はお前なんか知らない」
「ルルーシュ様!」

咄嗟に腕を掴んだ。
びっくりするほどの細さは見た目の外見通りだ。
驚いたように見開かれる瞳。それが潤んでいるように見えるのは気のせいじゃない。
間違いではない。自分が誰であれ彼女を他の人物と見間違えることなど天地がひっくり返ってもないと断言できる。
生きていたならどうして姿を見せてくれなかったのか。
知らせてくれればどんなことをしても迎えにきたものを。
皇族に捨てられた皇女だからなんて関係ない。
ジノが唯一と決めた少女なのだから。


「私はずっと…」
「やめろ! 放せ!」





「ルルーシュ?」


  • 09.02.24