新しくエリア11――日本の総督に選ばれたのは、目と足の不自由な幼女皇女だった。
ナナリー・ヴィ・ブリタニア。
7年前に日本へ人質として送られたヴィ家の2人の皇女のうちの妹だ。
開戦の折に処刑されたという噂を聞いたがどうやら無事に逃げ延びていたらしく、ブラックリベリオン終結と同時にスザクがブリタニアへ連れて帰ってきた。
無事であったのならどうして今まで保護を願い出なかったのか疑問はあったが、皇女は王宮の奥深くで静養していて会えるのは同じ皇族か幼馴染でもあるスザクのみ。
知己でもないジノが謁見を望んだところで許されることはないだろう。
――元よりそのつもりはないが。
ラウンズが3人も集まる理由が幼い皇女を総督として送り込む体裁を取り繕うためなのは明白だ。
新しい総督には皇帝直属のナイトオブラウンズが3人もついているとわかれば無用な危害は加えられないだろうし、ナイトオブラウンズの名前と実力は世界中に知られているからテロリストも用心するだろうという目論見。
それは不憫な思いをさせてしまった娘に対するせめてもの親心なのか。
それとも不自由な娘を駒に大きな獲物を誘う出すための策なのか。
一度は踏んでみたいと思っていた日本の地に足を踏み入れてみれば、そこは想像以上に平和な国だった。
1年前の傷跡は綺麗に消し去られ、租界は穏やかな日常を繰り返している。
イレブンとブリタニア人の格差は歴然だが、内乱が多い国にしては驚くほど治安はよい。
ジノは見学と称して租界へやってきた。
ラウンズの名前は広く知られているがさすがに顔までは知られていないため、軍服を脱いでしまえばジノなど普通の学生にしか見えないはずだ。
私服に着替えてあちこちを眺める。
1年前エリア11へ総督として赴いたクロヴィスは、租界の開発に力を入れていたというが、確かにこの場所の繁栄はブリタニアと比べても遜色ない。
だが一歩租界から外れれば、そこは未だ戦乱の傷跡深く残る焦土で、特にシンジュクゲットーの荒廃ぶりはすさまじい。
イレブンとブリタニア人の格差と言ってしまえばそれまでだが、この光景は目に余るものがある。
だからなのだろう、ゼロというテロリストが神聖視されているのは。
租界ゲットーどちらにしても多くの人で溢れている。
その数にジノはわずかに柳眉を潜めた。
上手くすれば依然として消息不明の第3皇女の痕跡も探れるかもしれないと思ったのだが、予想以上に人口が多い。
どう見ても日本人には見えない彼女のことだ。
誰かに匿われているにしろ1人で潜んでいるにしろ、ゲットーという可能性は低いだろう。
「ルルーシュ様、どこにいるのですか…」
幼女皇女の存在がジノに諦められない希望を再び抱かせた。
2人の皇女は亡くなったと言われているが、ナナリーは無事に戻ってきた。
そうして振り返ってみれば、誰一人として彼女達の亡骸を確認したわけではない。
どうやらスザクの家に世話になっていたとのことだが、そのスザクですら皇女たちの生死を知らなかった。
7年という年月は、目も足も不自由な少女が1人で生きていける時間ではない。
況して治安の安定した母国ではなく、守る者のいない戦乱の国だ。
保護されたナナリーに憔悴した様子はなく、誰かに守られていたことは一目瞭然。
どこの貴族か知らないが本来ならば相応の褒美が出てもいいところなのだが、ナナリーを保護していたという貴族は今のところ名乗り出てくる様子はなく、また帝国側としても皇女を匿っていた貴族を探す気配すらない。
何かの思惑があるのだと直感した。
公にできない何かが、皇女発見に繋がったのだと。
そして、おそらくスザクもそれに関係しているはずだ。
問いただしたところで答えないことはわかっているから、ジノは自分で答えを探すことにした。
ナナリー皇女が発見されたのは租界だという。
租界にあるアッシュフォード学園に通っていたという情報は手に入れてある。
それならばそこを調べればいい。
彼女が1人でいたのか、どうやって生活していたのか。
そして家族はいなかったのか。
調べなければならない。
自分が求めるものを手に入れるためには。
本来ならばナナリーに直接聞くのが最短の道なのはわかっている。
今まで貴女は1人でいたのですかと、ただ一言。
それだけでジノが欲しい答えは手に入るはずだ。
だが、それをしないのは理由がある。
1つは自分の宝物は自分で見つけたいという男心。
もう1つは、ナナリーの傍を常に離れないスザクの存在だ。
スザクは皇帝直属の命でラウンズに入ったイレギュラーだ。
勿論その実力はジノも認めるところだし、新型とは言えランスロット単機で黒の騎士団を壊滅状態に追いやったことは確かにラウンズに任命されてもおかしくない功績だ。
スザクが名誉ブリタニア人でなければ。
徹底した血族主義の皇帝にしては異例の人事。
スザクは幼いころ2人の皇女を預かっていた枢木家の1人息子で、皇女の素顔を知る数少ない日本人ということになる。
保護されたナナリーの護衛として常に傍らに存在しているスザクの瞳は険しく、彼が幼馴染の身を案じて傍に付き従っているようにはジノには到底思えない。
元よりジノは皇帝を――ブリタニアを信用していない。
だから欲しい情報は自分の手で調べなければならないのだ。
己の手に再び宝物を取り返すためには。
◇◆◇ ◇◆◇
アッシュフォード学園でスザクの歓迎パーティーを行うのだと聞いたのは前日のことだ。
スザクは現役の学生でありながらユーフェミアの騎士に選ばれたり帝国最強のナイトオブラウンズに任命されたりと、学園にとって誇らしい存在だろう。
だからと言って学園を上げての歓迎パーティーというのは一体と思えば、会長はそういう人だからと苦笑しながらの一言。
「男女逆転祭や絶対無言パーティーなど、面白そうだと判断すれば何でも実行してしまうのが会長だから、逆らったところで無駄なんだ」
「へぇ。随分面白い会長さんなんだな。貴族だろ確か、アッシュフォードと言えば今じゃ落ちぶれてるけど昔は相当の家柄だったはず」
アッシュフォード公爵家。かつてはマリアンヌの後見人を務めていたほどの家柄だ。
彼女が凶弾に倒れてから失脚してしまったが、そういえばヴィ家に皇子が生まれていたらアッシュフォード家と婚姻を結ぶことになっていたはずだった。
生まれたのが皇女2人だったためにその話は立ち消えになったのだが。
「うん、そうみたいだね。でもあの人は貴族だからじゃなくて、ただ単に個性的なだけだと思うよ」
実直で善良なルーベン。
その孫娘は確かジノよりも2〜3歳上だった。会長というのは彼女か。
ジノの頭の中でパズルのピースが音を立ててはまっていく。
行方不明のままのルルーシュ。発見された皇女ナナリー。通っていたのはアッシュフォード学園。住んでいたのは学園のペントハウス。マリアンヌの後見人でルルーシュの学友であったミレイの存在。――学園のことを話そうとしないスザク。
もしかしたらと思う。
期待をしてしまうと後の失望が大きいけれど、大きな鍵を見つけたような気がするのは間違いではない。
「俺も行っていい?」
無邪気を装って聞けばあからさまに顰められた眉。
嫌なのだろう、それは決して気恥ずかしいからという理由ではない。
予感が確信に変わる。
スザクが隠していることの全てが、そこにある。
そして多分ジノが求めるものも――。
「一般参加歓迎なんだろ? んじゃ、俺も参加ね」
拒否の声は聞かないことにした。
- 09.02.22