日本へ向かったスザクから連絡が来た。
「ランスロットを持ってきてほしいって、ねぇ」
聞かされた内容を反芻すると、アーニャがこくんと頷く。
新総督の護衛として同行する時にランスロットを持って行けばよかったのにと思うが、それを口に出すのは無意味に思えた。
ジノはスザクの言葉の裏にある真意を見抜く。
「戦力が必要、ってわけか」
未だ反ブリタニア意識の強いイレブン――日本人。
ブラックリベリオンの折に黒の騎士団を壊滅状態に追い込んだとは言っても、反ブリタニア勢力は黒の騎士団だけではない。
小さな反政府軍や黒の騎士団の残党が根強く反抗を続けているのだろう。
鬼神と称されたランスロットとスザクを以ってすれば平定にも時間はかかるまい。
大方の政府はそう読んでいるが、スザクはそう思っていないのだろう。
だからこそのジノへの要請だ。
ラウンズの戦力が必要だとスザクは判断したのだ。
正直そこまでの戦力が今の日本に必要だとはジノは思えないが、普段から打ち解けようとしない同僚の珍しいお願いを無下に断るのは可哀相な気がした。
日本へ向けて出立する日、思いつめた瞳をしていたスザク。
悲壮な決意に満ちた眼差しで、遥か遠くに思いを馳せていた姿が忘れられない。
日本。
スザクの故国であり、スザクの主であるユーフェミアが亡くなった地。
その地へ再び赴かなければならないスザクの心中は複雑だろうとは思うが、張り詰めた空気を身に纏っていたのはおそらくそれだけが原因ではなく、そうせざるをえない何かがあるのだろう、日本に。
それは多分黒の騎士団と無関係ではない。
だからこそ再び現れたゼロに異常なまでに反応を見せるし、万全の戦力を集結させようとしているのだ。
黒の騎士団についてもゼロについても、1年前は本国にいたからジノは噂でしか知らない。
クロヴィスを殺害し、コーネリアに土をつけた反逆者ゼロ。
奇妙な仮面で顔を隠しているから素顔はわからないが、武力ではなく知力でブリタニア軍を追い詰めていく様子は見ていて興味がわいた。
確か処刑されたはずだ、枢木スザクによって。
復活したということは殺されていなかったのか。それとも影武者か。
どちらでもいい。偽者ならばすぐに消えるだろうし、本物ならば今後の采配が楽しみだ。
うまく行けば対峙することもあるだろう。
スザクが討ち取るのも良し、己の手でその正体を突き止めるでも良し。
久しぶりに退屈しのぎができそうだ。
「珍しい。ジノが自分から行くなんて」
「だってさ、仲間が困ってるんだから助けてあげないとね」
「面白がってるくせに」
「んー、否定はしないかな」
アーニャの声にジノは軽く笑った。
大貴族の息子で享楽的で、お調子者。
誰もがジノ・ヴァインベルグをそう評するし、ジノ自身もあえてそのように振舞ってきた。
その方が都合がいいからだ。
誰にでも親切で、でも誰にも本気にならない男、ジノ・ヴァインベルグ。
ナイトオブラウンズの一員という肩書きがなくても、整った外見で十分すぎるほど女性に騒がれるのだから、無理に他人を拒絶して生きるよりは来る者拒まずで話を合わせていたほうが楽だからと、それなりの対応をしていたらついた呼び名だが、言いえて妙だと自分では思っている。
ジノは自分の本質をさらけ出すつもりはない。
地位や家柄や顔の皮一枚で態度を返る人間を相手にどうして本質を見せなければいけないのか。
だからジノは常に仮面を被り続ける。
スザクももう少し上手くやれば周囲から心配されることなんてなくなるのにと思うが、それをわざわざ教えるほど親切ではない。
まあスザクのことはそれなりに気に入っているからアドバイスくらいはしてもいいが、多分彼は何を言っても聞き入れないだろうと思う。
その頑なな姿が幼い頃の自分によく似ている。
「ジノ…うわの空…」
「ん…あぁ、ごめんな。ちょっと考え事」
「悪いこと?」
「やだなぁ人聞きの悪い。新しい土地で何が起こるかなって考えてただけだよ」
アーニャはぼんやりしているように見えて鋭い。
そして何を考えているかジノですら読めない行動パターンの持ち主だ。
個人的にアーニャのことは気に入っているが、彼女もラウンズの1人。
己の本心を気取られるような真似はしたくない。
「さて、ではエリア11に向けて出発、ってね」
◇◆◇ ◇◆◇
スザクが応援を頼んだ理由がよくわかった。
(警備が甘い)
トリスタンの侵入に気づかれたのが政庁の中枢に来てからだなんて、本国ならばありえないほどの失態だ。
黒の騎士団を滅ぼした油断だとしか言えない。
残党や他のテロリストに対する警戒が驚くほど緩かった。
敵機を発見してからの反応はまあ及第点、それでも武器の選択は今ひとつだ。
場所に適した武器も選べないのかと少々呆れつつ、それでも立ち向かってくる姿に半分ほど手を抜いて相手をしてみた。
ラウンズであるジノと比べてしまうのは酷だが、この程度の警備で総督を守れると思ってもらっては困るのだ。
この国では1年前にも総督と副総督をテロリストに殺害されているというのに、その教訓はどうやら活かされていないらしい。
日本に派遣された兵は精鋭揃いと聞いていたが間違いだったのだろうか。
「なあなあスザク。大丈夫か、ここ。随分と警備がぬるいじゃないか。総督に何かあってからじゃ遅いんだぞ」
「大丈夫だよ。総督はまだ本国にいるからね」
問題は移動中、と呟いたスザクの声がひどく固い。
まるで確信しているようなそれに、ジノはふうんと返事をするだけにとどめた。
「ところで、その格好は何だ、制服?」
ラウンズの衣装ではない姿はもしかしたらパイロットスーツを除けば初めてだ。
ただでさえ童顔なのに、こうして見るとジノより年上にはどうしても見えない。
見た目と中身が激しく違うのは分かっているけれど。
「学校の制服だよ。…復学したからね」
「復学ってことは、前も学生やってたのか? 騎士なのに?」
「ユフィ…ユーフェミア様が学生の年齢なんだから学校に行くようにって言ってくれたんだ。2足…いや3足のわらじをはいていたからあまり通えなかったけどね」
スザクがユーフェミアの名前を呼ぶ時、瞳に宿るのは後悔と敬愛と、消えない憎悪。
ユーフェミアの生命を奪ったのはゼロ。
スザクはゼロを憎んでいる。
その手で捕らえ処刑しても尚、仇はまだ残っているとでも言うかのように憎しみを消さない。
「そういえばゼロが復活したって噂だな。本物なのか?」
『ゼロ』の名前はスザクの逆鱗のようなものだ。ジノはあえてそれに触れてみる。
興味本位ではない。確認のために。
ピリ、と空気に緊張が走る。
「どう思う? お前がゼロを処刑したんだろう?」
「…捕らえてみればわかるよ」
ふいとそらされた視線と小さな声。
あぁやはり、とジノは思う。
スザクの傷はかなり深い。
治す気がないから傷は広がっていく一方だ。
可哀相なスザク。
ジノはひっそりと思う。
祖国を失い家族を失い、敬愛する主君をも失った。
孤高の騎士。
そう同情されることがどれだけ惨めなことか、スザクは気づきもしない。
(絶望なんて、他人に悟らせたら駄目なんだよ)
- 09.02.07