新しい同僚は彼の姫が散った土地の少年だった。
童顔ではあるが年齢は自分よりも1歳上だと聞いた時、ジノが抱いた感想は彼女と同じ年なんだということだけ。
ナンバーズ出身がナイトオブラウンズになるということは異例だったが、彼の身体能力は確かにラウンズにおいても特殊だったし、才能自体に問題はなかったから気にしなかった。
ただ、気になることが1つ。
それはあくまでもナンバースリーではなくジノ個人としてだが。
彼の瞳に宿る光が自分と似ているように感じたのだ。
絶望と後悔と、ほんの少しの憎悪を瞳の奥に宿しながら、それでも表向きは冷静を保っている姿が、在りし日の自分の姿を思い起こさせた。
――彼は何か人に言えないほどの絶望を抱えている。
そう思ったのは、その瞳をしていた自分が同じだったからだ。
最愛の少女を救うことができず、今も尚こうしてあるかないかの希望に縋り付いている自分と、彼――枢木スザクはどこか似ていた。
「なあ、日本ってどんなところ?」
そう訊ねた自分に怪訝そうな顔をしたのはスザクだった。
何かおかしなことでも聞いただろうかと首を傾げた。
初対面の挨拶はもうすませた。
特に問題もなく相手に悪印象など与えていないはずだ。
年上だろうけれど、どうしても外見を見てしまうと自分よりも年下にしか見えないから敬語は勘弁して欲しい。
元々苦手なのだ。皇族以外に敬語を使うのは。
自分の行動を顧みて特におかしなことはないと判断したジノは、ぽかんとした表情のスザクにもう一度問いかけた。
「おーい、スザク。俺の話聞いてるか?」
目の前でひらひらと手をふられて、スザクは我に返ったようだ。
「あぁ、ごめん。日本て言われると思わなくてさ」
成る程、確かに今は日本という国はない。
エリア11が正しい名称だが、ジノは他の国はどうあれ日本という名前だけは呼び方を変えようとは思わなかった。
それは目の前のスザクに対して敬意を払うというわけではなく、彼の姫が眠る土地であることが最大の原因だ。
大切な少女が眠るかもしれない土地を、数字などで呼んで他の国と一括りにしたくなかっただけだ。
「日本は、とても美しい国だよ。春には桜が咲き乱れ、夏は暑いけれど、秋には紅葉が見事で、冬には一面の銀世界が広がる。四季折々の行事も歴史が深くて、とても美しい国…だったよ」
「ふぅん」
過去形で話すということは、彼にとって母国の景色は過去のことなのだろうか。
確かに今は領土のほとんどをブリタニアが開拓しているために昔ながらの景色など残っているところは少ないのだろう。
スザクはラウンズに任命される前は第4皇女ユーフェミアの騎士として日本に滞在していたのだから、その変わり様もよく知っているに違いない。
母国を失うことはどれほどつらいことか、その気持ちはジノにはわからない。
ジノはブリタニアの人間で母国はその勢力を益々広げていくことはあっても滅ぶことはない。
だが、大切なものを失う痛みはわかる――誰よりも。
「綺麗な国なんだ」
「…そうだね」
「花は」
「え?」
「花は咲いているのか?」
「あ…うん。季節ごとに沢山の花が咲き乱れているよ。山でも町でも公園でも。それは今でも変わってないかな」
「そっか…サンキュ」
ひらひらと手を振ってジノはその場を立ち去る。
生きているならと願ってはいるけれど、最悪どうしてもその可能性が低いのなら、せめて穏やかに眠っていることを願う。
花が大好きだった少女。
花が咲き誇る綺麗な国で眠れているのならいい。
そう、思った。
◇◆◇ ◇◆◇
自室に戻ればテーブルの上に手紙が置かれていた。
公爵家の刻印がついたそれは実家からのもので、ジノはそれを開封もせずにダストボックスへと捨てた。
どうせ書いてあるのは同じことばかり。
家に戻れ、結婚しろ、そうでなくても誰かいい姫を見つけて婚約だけでもしろ、お前はヴァインベルグ家の人間なのだから。
「……くそっ!」
自分たちの都合を押し付けてくる親に吐き気がする。
ジノの頼みは無視したくせに。
(ルルーシュ様を助けてくれなかったくせに…)
ルルーシュが日本に送られると聞いたあの日、ジノは両親に生まれて初めて懇願した。
彼女を助けてくれと。
もう間もなくジノと婚約を結ぶはずだった第3皇女。
殺されるために送られるなんてそんなのひどすぎると、ジノは父に土下座せんばかりに頼み込んだ。
だが、父はそれを一蹴したのだ。
皇位継承剣を失い後見人のいない皇女など助けるだけ無駄だ、むしろ迷惑だと。
幼いジノが本気で恋をしていることをわかっていながらのその言葉に、ジノは絶望した。
あの日以来ジノは家族を捨てたのだ。
最後の約束を守るために、剣を学びNMFを学んだ。
いつか戻ってくる大切な少女のために、騎士として恥ずかしくない所作も身につけた。
それもこれもジノの努力の賜物だ。
彼らが協力してくれたことなど1つもない。
尤も家名だけは十分に使わせてもらったけれど、それくらい大したことではない。
そうして見向きもしなかった四男がナイトオブラウンズに任命された途端これだ。
公爵家の誇りだの自慢の息子だの、まるで掌を返したような扱いに呆れるよりも失望した。
彼らが大切なのはあくまでも家名であって、そこにジノ本人の気持ちや感情など関係ないとわかってしまえば、どんな言葉もジノの心を揺るがさない。
彼女はいつだってジノ個人を見てくれた。
大貴族の息子ではなく、ヴァインベルグ家の四男でもなく、ただのジノ・ヴァインベルグを。
ジノを泣き虫だと言い、金色の髪をお日様みたいだと嬉しそうに触れた、あの愛しい少女。
私の髪は黒だからと少し残念そうな顔をしたけれど、彼女の黒髪はとても艶やかで夜の闇のように綺麗だった。
大好きだった。
大切だった。
だからこそジノは許すことができない。
そんな彼女を必要ないと切り捨てた自分の家族を。
「あんな家、滅びればいい…」
小さく呟いてジノはソファーに沈み込んだ。
- 09.02.02