Sub menu


騎士の恋 01


『どうしても行ってしまうのですね』

涙が後から後から溢れてくる。
ずっと一緒にいるよって言ったのに。
それでも嘘つきとは言えなかった。
なぜならそれは彼女の希望ではないから。
ぼろぼろと泣き続ける自分に、彼女は少しだけ表情を曇らせた。

『そんなに泣いちゃ駄目だ。男だろう』
『だって…』
『お願いだから泣き止んで』

最後だからと言われて、また涙が溢れてきた。
困ったように頬に伝う涙を拭ってくれるのは、自分にとって敬愛する主君であり半月後には婚約者となるはずだった少女。
もう二度と会えないかもしれない敵地へと送られる少女は、それでも持って生まれた気位の高さ故か涙を見せようとしない。
本当は泣きたいはずなのに。
少女が母を亡くしてから、まだひと月も経っていない。
その悲しみだって消えていないはずなのに、少女はこうして自分を気遣ってくれる。
自分に力があれば彼女を救ってあげられたのに。
そう思うとこの小さな掌がとても悔しい。
まだ小さな自分では少女を守ることができないのだ。
こうして手を離したくないと思っても、それは許されない。
力が欲しい。そう思った。
力があればどこへ行っても少女を守ることができるのに。

『…僕、騎士になる』
『え?』
『強くなって騎士になって、絶対姫様を守るから。だから帰ってきて』

多分、子供心に分かっていたのだと思う。
少女が戻らないことを。
だけど認めたくなくて、どうしても戻ってきてほしくて。
無理を承知でお願いした。
本当ならこんなこと言える身分じゃないのだけれど。
少女は答えなかった。
ただ、仕方ないなと困ったように少しだけ笑って、ポケットから取り出したものを自分の手に握らせた。

『これは…?』
『母様から貰ったんだ。私にはもう必要がないけど、大切なものだからお前にあげる』

母から貰ったということは形見になるのだろう。
そんな大切なものをくれるのかと瞳で問えば、少女はかすかに微笑んだ。

『お前の泣き虫が少しでもよくなりますようにって、お守り』

ふわり、と抱きしめられた。
少女の方が1歳年上だから身長は自分よりも少女の方が少し大きい。
それが悔しくて、大きくなったら絶対追い抜いてやると意気込んでいたのだけれど、自分と少女が次に会うことができるのはいつになるのか。
――果たして会うことができるのか。

『ありがとう、ジノ。お前が来てくれて嬉しかった』

皇族なのに、ひっそりと旅立とうとしていた少女。
気づいて追いかけてきたのは、自分1人だけ。
こういけいしょうけん、というものを失った少女には用がないのだと聞かされたが、自分にとって少女は皇女である前に大切な大切な少女なわけで、そんな大人の思惑なんてどうでもよかった。

『約束してください。僕が必ず姫様を守るから、だから――』

死なないでください。

言えなかった言葉に、やはり彼女は困ったように笑って答えてくれなかった。





   ◇◆◇   ◇◆◇





懐かしい夢を見た。
ベッドから起き上がって、ジノは感慨深いため息をついた。
7年前の、子供の頃の夢。
しばらく見ていなかったのにやはり思い出は何一つ薄れていなくて、少女の子供らしい丸みを帯びた頬も紫水晶のように深く透明な輝きを宿す瞳の色も、ふわりと抱きとめられた時の甘い香りもしっかりと覚えていた。

「姫様…」

ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
ブリタニアの第3皇女であった少女。
ジノの初恋であり生涯唯一の主と定めた人物は、7年前に敵国へ人質へと送られ――そして戻ることはなかった。
少女はわずか10歳という幼い年齢で命を落としたのだ。
祖国に戻ることもできず、その遺骸すら見つけられることなく。

「姫様」

もう一度呼んで、ジノはサイドテーブルに置いてある胸飾りを握り締めた。
あの時渡された、子供用の懐中時計。
子供の頃には大きく感じたそれは、大きくなった自分の手には掌に隠れてしまうほど小さい。
繊細な模様の入ったそれは今見ても高価なもので、彼女の母親から貰ったものだということもあって、少女には値段には換えられない価値があったものだろう。
おそらくあのときの少女にとってこの懐中時計が少女が持つ一番の宝物で、だからこそそれを受け取った自分は少女にとって多少なりとも大切な存在であったのだろう。
少女の宝物は今でも常に肌身離さず身につけている。
一見すると懐中時計には見えないから、ジノの胸元を飾るそれを単なるブローチだと思っている連中も結構いるが、あえて説明しようとも思わない。
大きな手で蓋を開ければ、時計は相変わらず規則正しい時を刻んでいて。
7年経っても壊れる様子のないことから、本来の持ち主も多分どこかで生きているだろうなんて淡い期待を抱いている自分が滑稽にも見えたが、そうして何かにすがっていなければ壊れてしまいそうな自分をジノは自覚していた。

強くなるという約束は実現した。
ジノは今では帝国内でも最高位に位置するナイトオブラウンズのナンバー3に任命され、可変式のNMFも皇帝から賜った。
今の自分ならあの幼い少女を守れただろうかと無意味なことを考えて、ジノは自嘲した。
あれから7年が経過している。
その間に多くの子女と出会い、何人もの皇女に対面した。
名家の子息ということもあり、婚約の話も幾度となく出たことがあったが、ジノはすべてそれを無視してきた。
名家の子息と言っても四男である上に今ではラウンズの一員ということもあり、政略結婚などする必要などないからだというのが一番の理由だが、実際はあの日別れた少女以上に大切に思える相手に巡り会えないからだ。
多分この先も会うことはないだろう。
少女と出会った時はたったの4歳だった。
だが、ジノはあの日確かに運命の出会いを果たしたのであり、少女こそが唯一の相手なのだと今でも信じている。
忘れるなんてできるはずがない。
代わりになれる女性なんて、いない。

「ルルーシュ様…」

ジノは時計に口付ける。
胸にこみ上げてくるのは、今でも消えることのない強い恋慕。


  • 09.02.01