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ある休日の風景 02


作りあがったケーキを丁寧にラッピングすると、は2件のメールを入れて家を出た。
大きな紙袋を2つ。
どちらも先ほど焼きあがったばかりのケーキだ。
1つはショコラタルトとスティック状のチーズケーキ。
これは前から約束していた裕太への差し入れだ。
約束したよりも少々時間は過ぎてしまったが、それは中々帰省してこない裕太が悪いのだと言い訳しておこう。
まぁ2種類のケーキ――しかも1つはホールともなれば帰省した際に手渡されても食べきれないと思うので、こうして差し入れに持っていく方が喜ばれるのは確実なのだが。
そしてもう1つの紙袋は、これは裕太への差し入れよりは少々見栄えは落ちるけれども大量のパウンドケーキが入っている。
1つ1つ丁寧にラッピングしてあるのはの好みだが、食べる時に手が汚れにくいという利点もある。
ご丁寧にウェットティッシュも一緒に持ってきているあたり、がマネージャーとして有能だという証拠だろう。
家から近いのは青学だが、持って行く順番は勿論ルドルフが先だ。
大きな荷物を先に手放しておきたいという打算的な考えもあるが、青学のテニス部員と仲がいいはちょっとお邪魔するだけのつもりでも中々帰らせてもらえないからだ。
折角用意した差し入れを渡すことができないのでは意味がないではないか。
そう言い訳をしながら電車に乗り何度か訪れたことがある聖ルドルフ学園の正門前に到着した。
目的の人物の姿はまだない。
時計を見れば約束した時間よりも10分少々早かった。
電車の乗り継ぎで時間が短縮できたのだろう。
折角だからテニスコートまで行っても良いのだが、はこう見えても氷帝学園テニス部のマネージャーである。
勝手に練習風景を覗かれるのもいい気分はしないだろう。
それにいくら休日とは言え、私服の学生が他校に入るのも申し訳ない。
ということでは正門に背を預けてのんびりと待つことに決めた。
さすがに休日だから学生の姿はほとんどないが、やはり門の中では運動部員の声が聞こえてくる。
新設校ながらスポーツに力を入れている学校らしい。
は元気な声をなんとなく聞きながらふふと笑みを零した。
そんなの姿は、実は休日返上で学校に来ている生徒達から見ても目立っていた。
何せ男子校である。
正門前に可愛い(ここ重要なポイント)女の子が、大きな紙袋を手に、誰かを待つように立っている。
その周辺からふわりと甘い香りが漂ってくれば、そりゃもうこの学校の生徒に用事がある以外の何物でもなく、こんな可愛い女の子が差し入れに来てくれるなんてどんな羨ましい奴だという憶測がこれでもかとばかりに飛び交っているのだが、聡いくせに意外と抜けているは当然そのことに気づかない。
人気が高い料理研究家を母に持ち、とんでもなくもてる不二周助を従兄弟に持ち、更にはホスト部と呼ばれるほど顔のいい面子が揃ったテニス部のマネージャーをしているのである。
ちょっとやそっとの視線など気になるはずもない。
そしては人の気配に鈍い。
だからすぐ背後まで誰かが近づいていようが気づくはずもなく。

「あんたが?」

「うきゃあっ!!」

思いっきり飛び上がって驚くのも当然である。
勢いのあまり転びそうになったが慌てて伸びてきた手がの腕を掴み、何とか転倒だけは免れた。
勿論荷物も無事である。

「あ〜、すまない。そんなに驚くとは思わなかった」
「あ…大丈夫です。急だったからびっくりしただけで…」

何だか少し前にも青学で同じようなことをしたような気がするが、は大きく深呼吸して気持ちを落ち着けると、転ばないように支えてくれている手の持ち主へと視線を上げた。
浅黒い肌をした長髪の男性だ。
目つきのせいか少々怖い感じもしなくもないが、を支えている手は力の加減をしているせいで痛くもなく、戸惑ったような表情が彼の性格を見事に現していた。

「支えてくださってありがとうございました」
「あ、いや、別に…」

少し赤くなって戸惑う姿は年相応に見えて、妙に女性慣れした上級生ばかり見慣れてしまったにはとても新鮮に映った。
ちなみに転びそうになって誰かに助けられるということは、にとって哀しいかな日常茶飯事である。

「あの、テニス部の方ですか?」

何となく見たことあるようなユニフォームにそう訊ねれば、目の前の男性が頷いた。

「ルドルフ学園テニス部部長、赤澤だ」
「部長さんですか。裕太君がいつもお世話になってます。裕太君の従姉妹のです」

ぺこりと頭を下げられて赤澤は困惑した。
何とも人の良さそうな少女だ。

「ところで裕太君はまだ練習中なんですか?」
「あぁ。ちょっと練習試合が長引いてしまってな。待たせてしまうのも悪いということで俺が来たんだ」
「そうですか」

申し訳なさそうに再度頭を下げるに、赤澤に行くように言ったのは裕太ではないと言うべきだろうか。
さすがに一部員である裕太が部長である赤澤をパシリにできるはずがないので、勘違いはしないだろうけれど。

「えと、では大変申し訳ないのですが、これを裕太君に渡してもらってもよいでしょうか。連絡はしてあるので何かはわかってると思うのですが」
「あぁ、悪いがそれはできない」
「え?」

きょとんと首を傾げた姿はまるで小動物。
赤澤は思わず頭を撫でたくなったが、理性をフル稼働させてそれを止めた。
ただでさえさりげなく視線を集めている状況なのだ。
周囲から向けられる視線は「お前うまいことやりやがって」である。
下手な行動を取ろうものなら、明日からの学校生活なんだかとっても嫌な予感がしてしまう。
男って怖い。

「あの…」
「あ、あぁ。だから俺が受け取るわけにはいかないんだ。悪いが一緒に来てくれ」
「え?」

部外者が入ってもいいのかと聞く前に、赤澤の身体は校内へと入っていく。
先ほどから腕を掴まれているは当然そのままずるずると引きずられて。

「やあ、よく来てくれたね」

爽やかな笑顔を浮かべた見知らぬ少年と、その背後で頭を抱えている裕太の前に連れて行かれることになるのだった。


  • 10.03.08