第一印象は「頼りになるのか?」だった。
他校合同の練習合宿。
むざむざ手の内を晒すような合宿なんて普段なら絶対に受けない提案だったのだが、幸村が許可したことに反対なんてできるはずもなく、しぶしぶといった感じで参加した。
その際に「最低でも1人は料理雑事ができる人物を同行させること」ということだったが、これには本当に困った。
ほとんどの学校がそうであるように、立海にもマネージャーはいない。
『自分のことが自分で』というのが立海のモットーだからなのだが、それ以上に騒がしい女に練習中に近くにいて欲しくないというのがほとんどの部員の本音だった。
勿論年頃の男子中学生として女の子に騒がれるのが嫌いなわけではない。
だが四六時中騒がれていては集中したくてもできないし、正直うざい。
仕事ができる人物ならばマネージャーだろうと何だろうと構わないが、悲しいことに幾度となく採用したマネージャー希望の少女の中に仕事熱心なマネージャー希望者は皆無で、長くて1週間短くて1時間で彼女達はテニスコートから姿を消した。
残ったのは姦しい集団ばかり。若干凹んだ。
そんなわけで立海大附属にマネージャーは存在しないが、流石に参加の条件となっている以上連れて行かないわけにもいかないだろう。
自分の学校と同じくマネージャーがいない青学や不動峰は臨時マネージャーを連れてくると言っているのだから。
仕方なく公募から選んだのが、まっとうな試験を行ったにも関わらず合格したのが本当にマネージャー業ができるのかと思う少女2人。
凶器にもなりそうな長い爪でどう料理ができるのか疑問だったが、決まってしまったものは仕方ない。
『母親から厳しくしつけられた』と言っているのだから最低限のことはできると信じるしかないだろう。
たとえ他の立候補者達が悉く体調不良や家庭の事情などで辞退してきたための不戦勝であっても。
遊び半分では務まらないとも言っておいたし大丈夫のはずだ、多分。
そんな彼女達が、実はマネージャーに決まった女達が裏で何やら手を回していたのだと知ったのは、まさに出発の10分前。
代わりのマネージャーなど今更探せる余裕などなく、仕方がなく連れてきたのだが。
面倒臭いことになりそうだと感じたのはやはり正しかったようで、バスの中でもしつこいくらいに貼りついてくる女達に怒りを堪えるだけで精一杯。
挨拶にやってきた氷帝のマネージャーだという女に対して、若干態度が悪かったのは認めよう。
小柄でおっとりしていて、およそマネージャーらしくないと思ったので、あぁきっとこいつも男目当てなんだろうななどと思ってしまったのは許して欲しい。
だがそう思ってしまうのも当然なくらい氷帝は頑として女子マネージャーを入れなかったのだ。
希望者は多数、中には相応の美人だっていたはずだろう。
だが跡部が練習の邪魔だと一蹴していたはずなのに、そんな跡部自らがスカウトしてきたという2年生のマネージャーは、やはりどう見てもマネージャーには見えなかった。
顔は上の下。贔屓目に見れば上の中くらいには入るかもしれない。
とりあえず丸井の好みではなかったけれど。
背は低く身体は細く、ついでに言えば運動神経は悪そうだ。
こんな小動物がマネージャーとして務まっているのかと疑問に思ったが、それでも目の前の女達に比べれば格段にましなのだろう。
何しろ化粧臭くない。
跡部の背後に隠れるようにしてこちらを見ていた小動物もといマネージャーは、丸井が少女2人をまとわりつかせてバスから降りてくるのを確認すると、不機嫌な態度を見せる丸井に臆せず近づいてきた。
臨時マネージャーと打ち合わせをしたいとのことだったが、案の定女共は拒否。
集団行動を守れという基本的事項はすっかり頭から消えているようである。
会話が成り立たない女に跡部は眉間に皺を寄せたが、小動物はあっさり引き下がった。
気が弱そうな女だったから怯えたのかと思ったが、その後臨時マネージャーによる昼食事件(成長期の男子中学生にとって昼食抜きはもはや事件として扱って良いと思う)で見せた態度に、立海大の部員の中で印象ががらりと変わった。
食事は文句なしに絶品。
午後の練習では冷えたドリンクと新しいタオル。
休憩中にはサンドイッチなどの軽食と、明らかに手作りと思える大量のクッキー。
その後の練習でも時間になれば用意されているドリンクとタオルに驚き、練習後には風呂もしっかり用意されている上に、夕食は素晴らしく豪華だった。
メインはコロッケとメンチカツにエビフライ。
付け合せのキャベツの千切りは店で出てくるような細さで、彩りを考えたプチトマトとスライスレモンが皿の横に控えめに飾ってある。
小鉢は酢の物と煮物の2種類に、口直し程度の香の物。
更には白いご飯と味噌汁という、見事な完成度だった。
料理ができるとは言っても中学生。
せいぜいカレーとかシチューとかそんなものだと思っていた彼らの予想は良い意味で裏切られた。
あの臨時マネージャーに任せていたら一体どんなものを食べさせられていたのかと思えば、この展開は素晴らしすぎる。
目の前では小動物もといが他の臨時マネージャー達と一緒に甲斐甲斐しく動いている。
見た目に反して相当有能なマネージャーであるのは間違いないようだ。
何よりも良いところは、自分達に対して媚びた態度を取らないことだ。
勿論不動峰の臨時マネージャーのようにつんけんされているのも面白くないが、つきまとわれ過ぎもよろしくない。
自分達が全国区のテニス選手であることは十分自覚しているし、会場ならばどんな黄色い声も嬉しいと思うのだが、やはり練習は落ち着いてやりたいし、疲れた時くらいそっとしておいてほしいものである。
その点を言えば彼女は正に理想だった。
疲れた時に届くドリンク。
気が付いたら交換されているタオル。
コートで姿を見ることがないのだから、置くだけ置いてさっさと別の場所へ移動しているのだろう。
休憩中に他校の生徒と話している姿を見るがそれも一瞬のことで、気が付けば他の練習場所に姿を見せていたりする。
「優良物件だぜぃ」
有能なのに邪魔にならないマネージャーは、強豪校なら是非とも欲しいものだ。
「あれ、うちにも欲しいよな」
「珍しい小動物なんは確かじゃのう」
隣で休憩している仁王にそう言えば、予想外に色良い返事が返ってきた。
仁王も派手な外見に反してテニスに関しては真面目だから、彼女の働きぶりを認めたのかもしれない。
「じゃがのう」
冷えたタオルを頭からかぶった仁王が静かに指をさす。
そこには洗濯物が入っているだろう大きな籠を手にしたと、氷帝の生徒2名。
規格外に背の高い彼らは2年生だろう。
何を話しているのかわからないが、どことなくの表情が不満そうなのは気のせいだろうか。
そんなの腕から大柄な少年が籠を奪う。
そのまま建物の中へ入っていこうとする少年を追いかけようとしてが前につんのめった。
豪快に転ぶと思われたは、予測していたのか背後から少年に抱き留められ、そしてそのまま肩に担ぎ上げられた。
籠を奪った少年が笑い、少女が慌てたように抱き上げている少年の肩をぽかぽかと叩いているがまったく相手にされず、そのまま建物の中に運ばれていってしまった。
氷帝メンバーから明るい笑い声が聞こえてくるということは、これは日常茶飯事なのかもしれない。
「あちらさんが簡単に手放すとも思えんのぅ」
「そうだよなぁ」
仁王の言葉に丸井は小さくため息をついた。
- 12.05.25