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合同合宿編 08


あと少し。
ほんの少し背が高ければ手が届くのに。

は目の前でひらひらと揺れる白い布を前にそんなことを思う。
今日は少しだけ風が強い。
特に洗濯物を干している場所は風通しの良い場所であるため、体感的にはテニスコートや正門よりも強いのではないかと思う。
突風と呼ぶには申し訳ないほどの微風であるが、薄くて重量のないタオルならば簡単に飛ばされてしまうのだと実感したのは、ずらりと規則正しく並んでいるタオルのうち何枚かが数メートル離れた木の枝に引っかかっているからだ。
どうやら干した時の止め方が弱かったのだろう。
干したのは青学の1年生だが、より少しばかり身長の低い彼女達を責めるつもりはない。
そもそも無理を言って来てもらった助っ人で、中学1年生という年齢を考えれば家事に不慣れでも無理ないのだ。
が慣れ過ぎるほど慣れているだけで、一般的な中学生の家事スキルなど大抵こんなものである。
むしろ良くやってくれているのだ。
失敗は誰にでもあることだし、ほんの2〜3枚を洗い直す手間などそれほどでもない。
ただ彼女達がこれを見たら落ち込むだろうと思えば、すぐに取り込んで証拠隠滅してしまうのが最善なわけで。
当然のことながら気づいたがそれらを回収しているわけだ。
乾いたタオルを取り込んでリネン室へと運び、汚れてしまったそれらを洗濯機に放り込む。
あと1時間もすれば大量に使用済みタオルが集められるのだから、それと一緒に洗ってしまえば問題ない。

だというのに。

「う……ん、と……あと、ちょっと……」

思い切り背伸びをしてあと数センチ。
その数センチの差での指はタオルを掴めない。
平均には少しばかり低いの身長では、風に舞って枝に引っかかった最後の1枚に手が届かないのだ。
ジャンプをすれば取ろうかとぴょんぴょん飛び跳ねてみるものの、の運動神経は皆無に等しく、全力のジャンプも数センチほどしか飛び上らないため指は虚しく空を掻く。
哀しいことに台座になりそうなものは周囲には存在せず、は先ほどから徒労に終わる行動を繰り返すのみ。
誰かの手を借りるという選択肢が初めからないため無理もないが、これがひたすら無駄な努力であることは誰もが認めることだろう。
本人だけが気づかないが。

そうして必死にタオルと格闘すること数分。
いい加減取れないタオルにの眉が情けなく下がる寸前。
の背後から現れた別の手がそれを難なく取り去った。
驚いて振り返れば、よく見知った笑顔。

「はい」
「周助くん」

いつの間に来たのか、従兄の不二周助が柔らかい笑顔でタオルを差し出していた。
途端にの顔が真っ赤になる。
不二は確かに柔和な美形でその笑顔は多くの女子生徒を魅了させるものだが、が頬を染めた理由は違う。
何せこの笑顔は生まれた時から見慣れているのだ。耐性はつきまくりである。
真っ赤になって俯いてしまった従妹に不二はクスクスと笑う。

「大丈夫。誰も見てなかったから」
「うぅ〜。周助くんにも見られたくなかった」
「それは諦めて」
「…でも、ありがとう」
「どういたしまして」

軽い自己嫌悪で凹むの頭を優しく撫でて、不二はにっこりと笑う。
は小柄で人目につきにくい上に運動神経がないくせに一か所にじっとしていないので探すのが大変なのだが、不二は探しに関しては年季が入っているためがどこにいるかわかるのだ。
ちなみに氷帝学園で探しのスキルが最も高いのは跡部で次点は長太郎である。

受け取ったタオルをパタパタと叩いて汚れを落とすが、やはり乾ききっていない時に飛んでしまったのだろう。
若干の汚れがついたままなので、これももう一度洗濯行きだ。

「ところで
「何?」
「今日の昼食は何かな」
「もうお腹すいたの?」
「育ちざかりなもので――桃がね」
「あぁ」

先日知り合った青学テニス部の2年生の名前を出されては納得したように頷いた。
成長期の男の子はいつでも空腹なのだろう。
昼食を楽しみにしてくれるのは素直に嬉しい。

「今日はお昼は中華です。麻婆豆腐に青椒肉絲、蒸し鶏の春雨サラダとデザートは杏仁豆腐の予定」
「随分豪華だね」
「中華は大量に作れるから結構楽なの。下拵えは済んでるけどもう少ししたら準備しないとかな」

料理は作りたてが美味しいというの持論により、は昼食の時間を逆算して調理を開始する。
中華は和食や洋食より短時間で作れるという利点があるため、普段なら厨房に籠っている時間だが今日はまだ大丈夫なのだろう。
勿論それはだからこそできる時間の利用であることは間違いない。

「手伝ってくれたお礼に周助くんの麻婆だけ辛口にしようか?」
「そうしてもらえると嬉しいな」
「じゃあ、ちょっとだけ辛口にするね。あまり辛くしちゃうと味見できなくなっちゃうから、本当にちょっとだけだけど」
の料理はどれでも美味しいから構わないよ」
「おだてても、もう何も出ませんよー」
「それは残念」

そんなことを話しながら仲良くリネン室に消えていく姿を見ていた人は多い。

ある者は、

「何やあれ、ちゃんの兄貴ポジションは渡さへんで」

と呟き、パートナーから小突かれていたり。

またある者は、

「成程、あのマネージャーは青学の不二と知り合いだったか」

とノートに何やら記入してパートナーに呆れられていたり。

またまたある者は、

「相変わらず仲いいなぁ」

と単純に仲の良い従兄妹を微笑ましそうに見ていたりしたのだが、青学の天才は別としては相変わらず何一つ気づいていないのだった。


  • 12.06.21