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合同合宿編 05


簡単なミーティングを済ませればすぐに練習開始である。
そうすると忙しくなるのはマネージャー業で、を始めとした少女達はタオルとドリンクの用意やボールの準備などに追われることとなる。
無駄に広い敷地のお陰でコートは10面。
しかも建物の東西南北全てに配置されているものだから、少女達は右へ左へと大忙しである。
そして1時間も練習すれば昼食の準備に取り掛からなければならない。
最初に分担しておいた通り、選手のドリンク補充などには青学の1年生2人が担当しているため、は彼女達に冷えたドリンクを渡すと杏と共にそのまま厨房へと足を運んだ。
広い敷地と建物に相応しく厨房も広い。
普段ならば10人近い調理人が働いている厨房である。
広い上に一般家庭では決して見ることのないサイズの鍋などが鎮座している厨房を見て杏は固まったがは目を輝かせた。

「うわぁ! 本格的な設備!」
「……そうだね」

テレビの料理番組でしか見ないような本格的な厨房風景は、料理初心者の杏にとっては未知の場所でしかないというのに、は興味深そうに調理機器のチェックをしている。

「凄いね。これなら人数分の魚だって一度に焼けるよ。圧力鍋も沢山あるし、かなりの時間短縮ができそう」

の趣味が料理だということは聞いていたが、職人さん御用達のような厨房を前にして目を輝かせる程の実力だとは思っていなかった。
水を得た魚のように肉やら野菜やら並べていく姿は尊敬に値する。

「さて、と。昼食は時間もあまりないからパスタとスープとサラダにしましょう。パスタはエネルギー変換も早いから午後の練習にも最適だしミートソースにしちゃえば大量に作れるし。スープはポトフにして野菜を摂ってもらうとして、サラダは若布と新玉ねぎのサラダにでもしようかな。カルシウムは牛乳で補うとして、大体栄養バランスも大丈夫だと思うんだけど、杏ちゃんはどう思う?」
「…うん、あたしは全然わからないからにお任せします」
「じゃあ決定で。杏ちゃんはフードプロセッサーで玉ねぎと人参をみじん切りにしてもらっていいかな。バットに入ってるの全部でお願いします」
「はーい」

テーブルの上にあるバットにででんと乗っている大量の玉ねぎと人参に顔色を青くするが、とりあえず包丁を使わないで済むのなら問題はない。
はポトフ用の野菜を物色している。
どんどんと積まれていくキャベツやジャガイモなどに、これから作る量がいかに膨大なものであるかわかる。
慣れた手つきで野菜を一口大に切っては鍋に放り込んでいる姿は、流石学生でありながら料理部の特別講師を務めているだけのことはある。
大量の食事を作ることに慣れているのだ。
気が付けば野菜は3つの鍋に均等に入れられ、適量の水と塩コショウをして蓋をされた。
後は煮込むだけである。

杏の手元にはまだ半分ほどの玉ねぎが残っている。
フードプロセッサーを使っているにも関わらずの速度に敵わないのはどういうことかなんて考えてはいけない。
圧倒的なキャリアの違いというやつである。
勿論もそのへんを考えての指示なのだからと、杏はみじん切りが終わった玉ねぎをボウルに移して新たな玉ねぎを放り込んだ。

次いでは大量のきのこを取り出した。
ぶなしめじ、エリンギ、シイタケと種類も豊富である。
何を作るのかと思えばそれらをみじん切りにしてしまう。
きょとんと首を傾げる杏にがふふっと笑う。

「男の人は好き嫌い多いからミートソースに入れちゃうの。結構気づかれないのよ」
「成程」

そう言いながらはセロリやピーマンなども細かく刻みだした。
セロリもピーマンも子供の嫌いな食べ物だ。
女性でも嫌いな人はそこそこいるが、女性より男性の方が苦手な人が多いのは事実だ。
ちなみにそれら以外でも人参を嫌いな中学生は多い。
ミートソースに混ぜてしまえば嫌でも食べざるを得ないからなのだろう。
でものことだから美味しく調理してしまうに違いない。
ようやく全てのみじん切りを終えた杏が渡したざる一杯の人参と玉ねぎをフライパンに移してちゃっちゃか炒めている姿はまさに素晴らしいの一言に尽きた。
1つのフライパンでは量も重さも1人で炒められないからなのか、こちらも3つのフライパンを使って手際よく炒めているのだ。
最早職人技である。
杏の手伝いなどいらないのではないだろうかという手際の良さは見習いたいとは思うものの、どれだけ練習すれば近づけるか皆目見当もつかないレベルだ。
炒めた肉と野菜その他を大鍋に移してトマト缶(小さなバケツ程のサイズで驚いた)を加え、コンソメその他で味を調えてしまえば、後は味が馴染むまで煮込むだけ。
残りのサラダも乾燥若布を水で戻して、スライスした新玉ねぎと一緒に盛り付けすれば完成である。
あとは終了時間を見計らってパスタを茹でれば良いだけだ。
パスタを茹でるためのお湯を沸かしておけば丁度良い時間になるだろう。

「簡単だけど初日だし時間も材料も限られてるから仕方ないよね」

軽く肩を竦めるだが、中学生女子でこれだけ作れれば十分ではないだろうか。
文句を言う奴がいたらひっぱたいてやりたい。

お昼休憩まであと15分となったところで青学臨時マネージャーである2人が手伝いにやってきたが、自分達の食事は自分達で作ると豪語した立海大のマネージャーの姿はとうとう見えなかった。
は厨房をぐるりと見回す。
食材は豊富にある。
野菜も肉もこれでもかというほどに用意されているから、作る時に材料が足りないということはないだろう。
米もあるしパンもある。
特にパンの種類は豊富で、バゲットもイギリスパンも食パンも沢山用意されているのだ。
時間がないことから彼女達はサンドイッチでも作るのかと思い手をつけないでおいたが、もし使わないのならばバゲットをパスタに添えても良いだろうか。

コトコトとポトフの匂いが充満してくる。
そろそろ時間になるので沸騰した湯にパスタを投入していく。
料理が苦手な杏達ではあるが、茹でるくらいなら問題ない。
自宅で絶対に見ることがない大きな鍋でパスタを茹で、それらを均等に皿に盛りつけていくのに慣れてきた頃、練習が終わった部員達がやってきた。

「あ〜、腹減ったぁ。お、いい匂い」

最初にやってきたのは青学の桃城だった。
空腹に負けたメンバーがぞろぞろとやってきてはトレイを持ってやってくる。
流石に4人で配膳までやっていては時間が足りないので、そこはセルフサービスにしてもらった。
文句を言う人がいるかなと思ったが、意外なことに反論はなかった。
食事が用意されているだけで十分という認識だったのかもしれない。

「お疲れ様でした。1人1つずつ持っていってくださいね。おかわりもあるのでたくさん食べてください」
「お前らも大変だったろう。自分たちの分も残しておけよ」
「はい、大丈夫です」

厨房のカウンター越しに料理を並べながらそう言えば、返ってくるのは労わりの声。
学校を問わず感謝されるのは嬉しい。
しかも美味しそうに食べてくれるのだから作り甲斐もある。
そんな様子を眺めつつ、全員分の食事が行き届いたのを見計らって自分達も食事にしようとテーブルについた。

さん。このミートソース、すっごく美味しいです」
「ポトフも美味しい。お店で売ってるのみたい」
「ふふ、ありがと。でも結構簡単に作れるのよ」
「後でレシピ教えてください!」
「私のでよければ喜んで」

そんな雑談をしながらのんびりとランチを楽しんでいたのだが、やはりというかそこに立海大メンバーの姿はなく。
ややして各校の部長が席を立つ姿を見て、何となく嫌な予感がした。

そして10分後。

嫌な予感は最悪の形で現実のものとなったのである。


  • 12.04.23