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合同合宿編 04


常勝立海大、こと立海大附属中学は曲者揃いで有名だった。
少なくともテニスをする人間で立海大を知らない人物はいないし、そして彼らも自分たちが注目を浴びる選手であることを嫌というほど知っている。
それはともすれば更なる努力を積む良い機会なのだが、実力があり自尊心が高い者が辿る道と言えばかなりの確率で尊大になってしまう者もいる。
そして立海大の選手と言えば、残念ながらそのパターンを踏襲してしまっているらしい。

つまりは、高飛車の俺様なのである。

勿論それはごく一部に限ってのことであるが、団体行動をする上でその一部が突出して見えるのは自然のこと。
バスから降りるなり相手を見下す視線を周囲にまき散らし、そして当たり前のように自分の荷物を他人に任せようとする態度に、まず杏が不機嫌そうに眉を顰めた。
杏は弱い者の味方だ。
というより高飛車な人間が嫌いだ。
すぐ近くにいる氷帝学園の跡部も上記の理由で好きになれないが、それ以上にいけ好かない人間がいるとは思っていなかったのだが、上には上がいるものだ。

「あいつら、嫌い」

ポツリと呟いた声を拾ったのは跡部だ。
聞くつもりはないが跡部と杏の間にはしかいないため耳に入ってしまったのだ。
杏の性格をそこそこ知っている跡部としては無理もないことだと思い納得したが、珍しく隣にいるが大人しいのが気になった。
も杏とは性格こそ違うものの正義感の強さでは負けていない。
むしろああいった人種は氷帝にはいないのでの方こそ苦手なのではないかと思ったのだが、当のと言えば呑気に去っていく彼らを目線で見送っている。
当然のように荷物を放って去っていく姿をどう思っているかは表情だけでは窺えない。
小動物の本能で近づかない方が賢明だと悟ったのかと相変わらず失礼なことを思っていたのだが、少ししては建物に入ろうとしている彼らに近づいていった。

「あの、すみません」

背筋を伸ばして歩いていく姿は凛としていて美しい。
声をかけたのは立海大の選手の背中。特に相手を決めたわけではない。
だが、振り返ったのは赤い髪の少年と彼にまとわりつくように歩いていた臨時マネージャー2名だった。

「あ?」
「立海大附属中の方ですよね。ご挨拶と打ち合わせをしたいのですが、部長さんはどなたですか?」

どのような相手であれ物怖じしないのはの特徴だが、明らかに好意的でない視線を向けて平然としていられるとはさすがの跡部も思っていなかった。
無駄に度胸があるけれど、は普通の少女だ。
はっきり言って柄の良くない彼らを前に良く平気でいられるものだと感心している跡部は、自分が彼らと同レベルの柄の悪さであることに気付いていない。

「部長は欠席。副部長ならあっちにいるぜぃ」

ガムを噛みながらの応対ではあるがきちんと返答があったのでが小さく頭を下げる。

「そうですか。ありがとうございます。では、後でご挨拶させていただきますので、まずはマネージャーさんと打ち合わせをしたいのですが」
「え〜、何で」
「今後の仕事と食事の支度について役割分担をしたいと思いまして。これからマネージャー全員で相談をしたいんです。時間もあまりないことですし」

マネージャー全員の統括を任されているのはだ。
というのも正式なマネージャーがしかいないのだから当然と言えば当然だろう。
不慣れなマネジ業を上手く分担させて時間内にこなさなければならないのだから、練習が始まる前に打ち合わせておきたいと思うのは無理のないこと。
だが、目の前の派手すぎる少女2人は不機嫌そうに顔を歪めた。

「どういうこと? うちら自分とこのレギュラーの面倒だけ見れば良いって言われてたんだけど」
「人数の都合上それでは効率が悪いので、全員で分担して行うことになったのですけど」

がこてんと首を傾げながらそう言えば、その態度が気に障ったのか目の前の少女の攻撃性が増した。

「そんなの聞いてないし、第一めんどい」
「自分たちの学校は自分たちで面倒見ればいいじゃん。うちらに余計な手を煩わせないでよ」
「そのくらいマネージャーならできるんでしょ。うちらには関係ないよ」
「でも、料理もありますよ。三食人数分用意するのは大変じゃないですか」
「だから何?! できない方が悪いんでしょ。あんたたちの学校まで面倒見る気なんてないよ」
「そういうこと。時間が足りないならパンでも齧らせておけばいいじゃん。マネジの手が足りないのは自業自得ってやつでしょ」

キャンキャンと噛みつくような物言いに目を吊り上げた杏が彼女達の所に走り出しそうだったので、跡部は無表情でその腕を掴んで止めた。
非難する視線を向けられたが、一瞥して黙らせた。
今の状態で第三者が入ると危険だ。色々な意味で。
は少し逡巡する様子を見せていたが、相手に譲歩の態度が見られないことから小さく息をついた。

「…わかりました。では、立海大の方はそちらで全部お願いします。宜しいですか?」

最後の一言は彼女が縋りついている腕の持ち主である赤毛の少年に向けたものだ。
マネージャー同士で話をつけただけでは選手から苦情が出る場合があるので確認のために聞いたのだが、少年はいかにも面倒くさそうに視線を向けただけだった。

「いんじゃねぇの。俺らに迷惑かからなければ構わねえぞぃ」
「では、そういうことで。部屋割りと練習内容などは渡してある通りですので、よろしくお願いします」

あっさりとそう言い置いてが戻ってくる。

「嫌な役やらせて悪かったな」

戻ってきたの頭を撫でてそう言えば、が不思議そうにきょとんと見上げてきた。

「何がですか?」
「…いや、お前が気になってないならいい」
「そんなことより、立海大のマネージャーさんは協力なしということになっちゃいました。まぁ選手の方の面倒も見ない分、対応はどうとでもなるんですけど…食事の栄養バランスとかドリンクの準備とか大丈夫かなぁ」

背後で「あいつ気に入らなーい」とか「可愛い子ぶってんじゃねーよ」とか聞こえてくるが、の耳にも当然聞こえているはずなのに全く気にした様子は見られない。
は学内でも女子に人気が高いということもあり、こういう悪意に満ちた言葉というのには不慣れだと思ったのだが、なかなかどうして豪胆だ。

っ! 大丈夫。あたしたちだって微力だけど馬車馬のように働くからじゃんじゃん使ってくれていいから」
「杏ちゃん? そんなに働かなくても大丈夫だよ。それなりに予定は立ててあるから」

抱きついてきた杏ににっこり笑ってそう言うの表情は意外と明るい。
普段のの仕事内容を見ていれば何とかなるだろうと跡部は思っているが、杏はの仕事ぶりを見ていないのだから不安に思っても無理はないだろう。
何せ普段のは片時も目を離せないほど危なっかしいうっかり者だ。

「え? じゃあ心配してるのは…」
「こっちじゃなくて立海大の人達のこと。だって、あの子たち多分ほとんど料理できないと思うよ。マネジ業もきちんとできるかなぁ」

育ちざかりの中学生。
食事は何よりも重要な案件だろう。
しかも合宿ということで普段よりもハードな練習が課されるのは間違いない。
そんな彼らに栄養満点の美味しいごはんを食べてもらいたいと思うのに、彼女達から拒否されてしまってはそれもできない。
あの爪を見れば彼女達の料理がどの程度のものかは推し量れるし、そうなったら食べさせられる立海大の選手が可哀相だ。

「かと言って10人分余分に用意というのも材料がねぇ…」
「何のこと?」
「夜食も用意したいし、翌日の下ごしらえとか考えると余計なことして怒られるのも嫌だし…」
「もしもーし、ー?」

腕を組んでぶつぶつと言い出したに不安そうな眼差しを向けるのは杏だ。

「気にすんな。こいつの悪い癖だ。集中すると周囲が見えなくなるんだ」

杏にそう告げ、跡部は動かないを促すように肩を引き寄せて集合場所へと向かう。
その様子がいかにも手慣れている上に、まるで恋人同士のように寄り添っているため、周囲にあらぬ誤解を与えたのは当然だろう。

ちなみに当然のことながらロータリーに放置されたままの立海大選手の荷物はそのまま放置された。
この合宿のモットーは『自分のことは自分でする』なのである。
そんなことを知らない一部選手がミーティング中の部屋に怒鳴り込んできて、逆に自校の副部長に鉄拳制裁を受けていたのだが、それもまた自業自得と言えよう。


  • 12.04.19