Sub menu


合同合宿編 03


どんな夜だろうと朝は来る。

たとえ、氷帝学園男子テニス部員がどんなに嫌がろうが、朝は来るし合宿当日はやってくるのである。





「とうとうこの日が来たんやなぁ」
「来ちゃったなぁ」

若干遠い目をしているのは氷帝のダブルス2人。
言葉にしたのは2人だけだが、この場にいるほとんどがそう思っていることは間違いない。
その証拠のようにもう1組のダブルスは表情が冴えないし、部長にいたっては眉間の皺がとんでもないことになっている。
唯一の例外はマネージャーだけだろう。
なぜなら彼女だけがこれから起こるであろう事態にまったく気づいていないからだ。
まぁ言ったところで無駄なので、後はなるようにしかならないのだが。

「皆さん、忘れ物はないですか? 後になってから取りに戻ることはできないのでもう一度荷物見直してくださいね」

まるで引率の教師のような台詞を言いながら積み込んだ荷物を確認しているのは、当然ながらこの合宿に参加する氷帝学園紅一点、である。
小動物のような外見、おっとりとした性格の彼女は、大人しそうに見えて実際大人しいのだが、それ以上に非常に優秀なマネージャーである。
しかも面倒見が良く、料理が上手。
だけど締めるところはきっちり締めるという、見る目の厳しい跡部景吾が太鼓判を押すほどの実力の持ち主だが、だからこそ連れていきたくないというのが本音だ。

何しろ参加校は曲者揃い。
純粋培養で育ったであろうがどんなトラブルに巻き込まれるかわからないのである。
気に入られなければそれで良し、だが彼女は間違いなく気に入られるだろう。
有能なマネージャーはどの学校でも垂涎の的だ。
間違いなく彼女は狙われる。
女性として、というよりマネージャーとして。
勧誘の嵐に遭うのはほぼ確実である。
少しでも気を抜けば転校の手続きが終わってましたという事態だとて決して大げさな話ではない。
何しろ相手は曲者揃いなのだから。
ちなみに最初から彼女をゲットしている氷帝学園であるが、もし彼が他校の生徒だったらどんな手を使ってでも氷帝に引き込んでいただろうという自信はある。
だからこそ他の学校も同じだろうと考えているのだが、さすがにそれはないだろうという声は哀しいことにどこからも上がらず、そして彼らの杞憂はものの見事に的中してしまうのである。







   ◇◆◇   ◇◆◇







!」
「杏ちゃん!」

バスから降りるなり駆け寄ってきた杏を抱きとめてが微笑む。
ちなみに杏が走ってきているのに気づいたが自分もと走り出そうとしたのだが、『が走れば必ず転ぶ』という事実を知っている跡部が彼女の首根っこを掴むという暴挙を行い阻止した。
事情を知らない他校からは驚いた視線を向けられたが、哀しいかな氷帝では珍しいことではない。
偶々跡部が隣に立っていただけであって、例えば隣にいたのが鳳であろうと宍戸であろうと、果ては日吉であろうと同じことをしただろう。
に運動神経は備わっていないのだ。

「今日から1週間よろしくね」
「こちらこそ、頼りにしてます」

熱烈な挨拶だが、彼女たちの再会が僅か20時間ぶりだということを知っている人物はいない。
今回の合同合宿所は都内にある公営施設を借りている。
氷帝だけなら跡部家が所有する別荘なりレジャー施設なりを使用するのだが、何しろ4校合同である。
部員の人数だけでも40人近くに及ぶため、流石の跡部もそこまでの人数を収容できる別荘は持っていない。
ホテルならばあるのだが、いくら何でも40人前後の部屋を用意させるわけにはいかない。
跡部グループとて慈善事業を行っているわけではないのだ。
そのため用意したのは公営のスポーツ施設である。
跡部家の設備ほどではないが、スポーツ振興のために作られた合宿所であるため運動するには最適だ。
欠点は常駐する職員がほとんどいないため、自分達のことは全て自分達で行わなければならないところである。
それでも設備や広さなどを考慮すれば、合宿としては上々の施設だ。
立地条件か出発時間か、先に着いていたのは不動峰と青学。
青学は少し前に到着したためか、現在は各部屋に荷物を運んでいるためこの場にはいない。
参加校は全部で4校。そのうちマネージャーがいるのは氷帝だけで、いくらが有能なマネージャーだとは言っても、短期集中型の強化合宿で全メンバーの世話など不可能だ。
まず間違いなく倒れる。
そのため不動峰からは部長である橘桔平の妹である杏、そして青学からは顧問である竜崎スミレの孫娘とその友人がマネージャー助っ人として参加してくれることになっている。
実際問題としてマネージャーとして使えるかどうかは不明だが、男だらけの中でたった一人になることを考えたら十分ありがたい。
残る1校からは2〜3人連れてくるとの連絡があったため、何とかなるのではないかとは思っている。

「そうだ。女子は2人部屋なんだって。だから私とは同室なの」
「本当。杏ちゃんと一緒だと嬉しい。いっぱいおしゃべりしようね」
「うん!」

荷物を置いて施設を確認していると、準備が終わったらしい青学の2人の少女が慌てて走ってくるのが見えた。
到着はの方が遅かったのだが、手際の良さでいつの間にか逆転したらしい。
息も切れ切れに謝罪する彼女たちに挨拶を済ませ、マネージャー業の分担をどうしようか話していると残った1校が到着したと跡部から連絡が入った。

「残りの1校ってどこなんですか?」
「立海大附属だ」
「立海大って、確か全国大会連覇の・・・」
「そうだ。曲者揃いだから必要以上に近づくんじゃねえぞ」
「? はい」

『立海大附属』と名の入ったバスがロータリーに入ってくる。
王者立海大は有名だ。
今年からマネージャーになったは詳しくないが、不敗伝説は跡部や手塚から聞いたことがある。
どんな人物なのだろうと思ったが、バスを降りてきたのは色とりどりの髪をした少年たち。
氷帝や青学、ついでに不動峰もなかなかに個性的な人物ばかりだが、彼らはそれを上回るのではないだろうか。

「うわぁ・・・個性的」
「声、でけえよ」
「あ、すみません。でも、何だか不思議な人たちですね」
「どういう意味だ、それ」
「う〜ん、何となくですけど、油断できないなぁと」
「お前の観察眼は相変わらずだな」

は跡部のようなインサイトがあるわけではない。
彼女が感じることは全て本能的なものであり、そしてそれは大体において間違っていない。
小動物には小動物なりの防衛本能があるのだろうと跡部は失礼なことを思った。

そんな彼らが見つめる先。
黄色い声と共に中学生女子としてはありえない化粧を施した女性が2名バスから降りてきた。
改造された制服。不自然なほどに盛られた睫毛、長く伸ばされ綺麗にデコレーションされた爪。
あからさまに不機嫌な顔をする部員の腕にしがみつくように歩いている、おそらくは助っ人マネージャーらしき少女達の姿を見て、跡部が眉を顰めた。
隣では「うわぁ、凄い」とどこかずれた感想を呟いている

この合宿が無事で済むはずがない。
跡部はこれから起こるであろう嵐に今から頭を痛めた。


  • 11.08.18