「一応助っ人として私が行くんだけど、マネージャーはあまりやったことがないからわからないことも多いかも」
「大丈夫。皆で協力すれば何とかなるよ。それより私は全員知らない人ばかりだと思ってたから杏ちゃんが一緒で嬉しい」
先日友人になった橘杏からそう言われて、は嬉しそうににっこりと微笑む。
榊から聞いた話では参加校は4校。
どれもが曲者揃いの学校であるため練習密度は限りなく濃くなりそうだが、が心配しているのは練習内容ではない。
マネージャーが務めるべき補佐の部分である。
何しろ各校全国レベルの学校であるにも関わらずマネージャーがいないのだ。
勿論それらしき仕事をする人はいないわけではないが、彼らの本分はテニス部員である。
折角の合宿に練習もさせずに裏方仕事ばかりさせるのは申し訳ない。
これはもう自分が馬車馬のように働くしかないかと覚悟を決めただったから、杏の参加は正直言ってとても助かる。
青学からは1年生の女子が2名助っ人として参加してくれるそうだし、仮に他の1校がマネージャーを連れてこなくても何とかなるだろうと目算する。
普通に考えて1学校から部員10名前後+顧問が集まることを考えればマネージャー4人でも補佐は厳しいところだが、そこは何とかなるだろうと考えているあたりは非常に楽観的である。
そんなわけで合宿直前とはなったが、杏の家にお邪魔して合宿に向けてマネージャー業の打ち合わせに来たのだ。
勿論他人様の家にお邪魔するのに手ぶらということはない。
机の上には種類豊富なクッキーの姿。
『時間がなくてあまり凝ったものが作れなかった』とは言うが、市販品よりも美味しいクッキーに杏は感動している。
ちなみにこのクッキー、生地は既に作ってあり解凍して型抜きしただけの超手抜きクッキーなのだが、勿論が作るものなので最初の工程で手間暇が加えられているため味は文句なしの代物だ。
そこそこ小腹の空いた夕食前のこの時間、手を伸ばすなという方が無理である。
年頃の少女らしく体重増加が気にならないわけではないが、それでも止まらないのがの作る菓子の恐ろしいところだ。
だって美味しいんだから仕方ないじゃない、とはの作る菓子の相伴に預かる女性全ての意見だったりする。
「ところで、役割分担どうするの? お兄ちゃんは自分の学校の部員の面倒だけで十分って言うけど、準備も洗濯も食事の支度もみんなでやったほうが早いと思うんだよね」
「そうだね。青学の助っ人の子とも相談したほうがいいと思うんだけど、やっぱり個別に仕事するより合同の方が手間はかからないと思うの。事前に打ち合わせする時間は取れそうにないから、当日話し合いの場でも設けてもらいましょう」
「賛成」
杏はクッキーを咥えたまま大学ノートに大きく『仕事は合同で』と書き加えた。
正直これは凄く助かる。
何しろ50人前後のマネージャー業である。
出来る限りは自分のことは自分でやってもらうつもりではいるが、それでもタオルやユニフォームの食事の準備は今から考えるだけで頭が痛い。
何しろそんな大量の食事は作ったことがないのだ。
洗濯は洗濯機が行ってくれるが、料理はそういうわけにはいかない。
下準備から味付け・盛り付け・片づけまで全部行わなければならない。
しかも1週間という長期間の合宿なのだから栄養面だって気を遣わなければならないとなれば、中学生女子にはかなり難易度が高いだろう。
そもそも杏は料理がそれほど得意ではない。
実際橘家で料理が上手なのは一番に母、次いで兄、そして父。最後が杏だ。
杏の作るものは、時々失敗するがまぁ何とか食べられるだろうレベルで、一応中学2年女子としては若干恥ずかしいものの、決してできないわけではない。
むしろ一般的ではないだろうかと思うが、マネージャーとして数十人の胃袋を預かる身としては力不足である。
素直にそう言えば、がうふふと笑った。
「だからみんなで協力するんじゃない。苦手なことなんて誰だって1つや2つあるもの。気にしない気にしない」
「って時々すごく男前だよね」
感心したように杏が呟けば、がありがとうと笑う。
「それにしても、氷帝・不動峰・青学とあと1校はどこになるんだろう。お兄ちゃん教えてくれないんだもの」
「私もまだ聞いてないの。跡部部長も周助くんも教えてくれないし。ま、どこの学校が来ても私たちの仕事が変わるわけじゃないけどね」
「そうだね。アクの強くない学校がいいなぁ」
「確かに、トラブルは起こってほしくないもんねぇ」
ただでさえ強烈すぎる個性の持ち主である学校が揃っているのだ。
これ以上濃い学校はないだろうとと杏はお互い笑いあう。
そしてその他の細かい打ち合わせを行いと杏は別れたのだが、残りの1校がこれまたとんでもなく濃いキャラクター揃いの学校だったことを知らなかった2人は、合宿所で何度となく頭を抱えるのだが、2人がそれに気づくことは当然ながらなかったのである。
- 11.08.05