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裸足の女神 03


突然現れた美形の男性が自分のサーヴァント(下僕)だと言われて納得できる人がいたら連れてきてほしい。
元凶が自分の父であるため批判も非難も言うだけ無駄という悲しい現実を前にが行ったことと言えば、なるべく細かく現実を把握すること。
そのせいで講義を1つ捨てることになってしまったが、優先順位を考えれば仕方ない。

朝食が済むと仕事と称して社に向かった父を冷ややかな視線で見送って(だが彼が気にする様子はなかった)、はディルムッドとテーブルで向かい合っていた。
テーブルの上には一冊のノート。
分からないことは書いて覚えるという勉強方法が身に着いている学生らしく、質問や疑問は全てノートに羅列しているのだ。
ディルムッドに説明を求め、そうして疑問を感じたことを更に詳しく追及していったお陰で、全貌とまではいかないが自分が置かれている環境は何となく理解できた。

そうしてわかったことがある。
召喚魔法を行ったのが父・拓真であること。
勿論聖杯戦争に参加するためではない。
彼は欲しいものは自分の力で手に入れる男だ。
どうせ英霊という存在に興味があったとか何かだろう。
彼の思考回路はには理解できないので考えるだけ無駄だ。
とにかくそんな適当な理由でディルムッドは召喚され、何故だか契約がと結ばれてしまった。
このことについてディルムッドは良くわからないらしい。
無理もない、彼だって被害者だ。
パスは繋がっているし現界できるし問題ありませんと言ってのけるディルムッドの楽観的な性格は、もしかしたら召喚した父の影響を受けているかもしれない。ちょっと嫌だ。

「えと、ということはつまりディルムッドさんは英霊と呼ばれる存在で、ケルト神話で語られている1人ということでよいのかな?」
「はい。神話とは若干違う事実もありますが、概ねは間違っていないかと」
「ふむふむ。で、その英霊が召喚されるのは聖杯戦争の時だけで、7人のマスターが聖杯を手に入れるためにサーヴァントと一緒に戦うと」
「その通りです。戦い方はマスターによって個人差がありますし、英霊の特色もありますので乱戦になることは珍しくありません」
「まぁ戦争って言うだけあるもんね。正義とか大義とかあまり関係ないこともあるでしょうて」

溜息をついて書き散らかしたノートを見る。
7人のマスターと7人のサーヴァント。
『セイバー』『アーチャー』『ランサー』『ライダー』『キャスター』『バーサーカー』『アサシン』の7人は英霊と呼ばれるだけあって相応の戦闘能力があるらしい。

「俺は本来2本の槍と2本の剣を扱っていましたが、今回はランサーとして召喚されたため剣は使用できないようです」
「いや、別に戦うつもりはないからいいんだけど」

聖杯戦争の仕組みはわかった。
だが、最も気になることは相変わらず不明のままだ。
はディルムッドを見る。
生真面目な気質らしく、ソファーがあるのに床に膝をついたままの状態でいるため、対面するとしては非常に居心地が悪い。
令呪とやらを使って命令してみようかなと思うが、そこまですることでもないだろう。
この状況が続けば実力行使でどうにかするつもりではあるが。

「英霊ってことは普通の人間よりも格は上のはずだよね。それなのに聖杯戦争とはいえサーヴァントとして使役されるっておかしくない? 何か誓約でもあるの?」
「誓約というか…サーヴァントはマスターに仕えるのは当然のことなのでそう言われてしまうと…」
「う〜ん、だって、縁もゆかりもない人に呼び出されて手足のように使われるなんて、普通嫌じゃない。私だったら大人しく仕えるなんて無理だし、それが父さんだったらどんな手を使ってでも逃げたいと思うけど」

あの父に使われるなんて悲劇としか言えない。
父が使役する式神の酷使っぷりは幼い頃から目にしているのだ。
尤も式神は感情がないから気にしているようには見えないが。
ディルムッドはの素朴且つ直球な疑問に苦笑を浮かべた。

「そのように思うサーヴァントも決して少なくありません。英霊と言えど感情を持つ個体ですし、どうしても合わないマスターの場合、強引に契約を切るという方法もないわけではありませんので」
「………ちなみに、その方法って」
「令呪を使い切るか破棄させるか、あるいはマスターを殺害してしまえば終わりです」
「…………うわ」

無表情で言われると更に怖い。
まぁ確かに気持ちとしては理解できる。
マスターとしては勘弁してもらいたいけれど。
もしディルムッドが現状に不満を持って契約を破棄したい場合は、の手に宿った令呪を破棄させるかを殺害すれば自由になれるのかと考えればかなり怖い。
何せの令呪はどんな呪いかわからないが(間違いなく父のせい)やたらと強い繋がりがあるらしく、通常ならば3つ使えば消えてしまうであろう令呪が無制限に使い放題らしいのだ。
つまり令呪を使い切る可能性はゼロ。
この様子では破棄すらできるかどうか怪しいものだ。
となるとディルムッドが主を変えるにはが死ぬ以外に方法がないのだ。
流石にまだ20歳で人生終わらせるつもりはない。
が考えていることが分かったのだろう、ディルムッドが双眸を和らげて微笑んだ。

「安心してください。俺は貴女に対して不満を抱いておりませんから」
「そ、それはよかった、です」
「えぇ。今回はとても良いマスターと巡り会えたと感謝しているほどです」

前回は酷かったのでとあっさり続けるディルムッドの言葉に、の記憶に何かが引っかかった。

「……もしかしてディルムッドさんは、前回のマスターと合わなかったとか?」
「合わないというか、むしろ最悪の相性だったかと」
「何でそんなこと笑顔でさらっと答えるのよぉぉ!」

この人怖い。
すっごい綺麗な笑顔ですっごいことを言い切った。
というか、思い出してしまった。
10年前に見た夢のことを。そして全く同じ夢を今朝も見たことを。
あの時消滅していったのは、もしかしなくてもこの英霊だったような気がするのだが。
全てのものに呪詛を撒き散らして消滅した槍兵。
あの時と今ではまるきり別人の表情だが、多分間違いないだろう。
あれが聖杯戦争というものなのだ。
ディルムッドはその戦いで負けた。それもマスターに裏切られる形で。
確かにあの人に比べたらの方がましだろう。
できれば比較しないでもらえると有難い。

「えぇと、私は聖杯戦争にも聖杯にも全く興味がないんだけど、そんな私がマスターでディルムッドさんは本当にいいの?」
「勿論です。我が望みは主に忠誠を誓うこと。それさえ叶えば十分です。その主が貴女であるのならこれ以上のことはない」
「そ、そうですか」

嘘を言っているようには思えない。
主に忠誠を誓うだなんて望みは何とも漠然としているけれど、本人が願っているのだからそれで良いのだろう。
忠誠を誓うも何も特にやってもらうことはないのだが、それを言って彼の喜びに水を差すこともない。
とりあえず下宿人が増えたと思えばいいわけだ。
食事は必要ないらしいけれど、一緒に暮らしていくのだから我が家のルールに従ってもらうのは当然であると、は今後の食事に1人分追加することを決定した。
反対したらマスター命令とでも言えばいい。
何なら令呪使ったって構わないと思うは、令呪がどれだけ貴重なものか理解していない。
いや、理解していたとしても使うだろう。
何せ使い放題だ。有難みも何もない。

「じゃあ、そんな感じで。俄かマスターだけど、どうぞよろしく」

ペコリと頭を下げてよろしくの意味を込めて手を差し出した。所謂握手である。
だがディルムッドはその手を掴むと恭しくの手の甲にキスを落とす。

「……っ?!」

思わず飛び上るくらい驚いたが、彼は外人と心の中で呟いて平静を装う。
外国人、しかも元は騎士だったのだからこのくらい当然なのだろう。何せ彼にとっては忠誠を誓うマスターなんだし。
だけど照れるのは仕方ない。
だってディルムッドはびっくりするくらいの美形なのだから。
しかも手を離してくれない。
強引に振りほどくのも失礼かと思って待っているのに、一向に離す気配がないのだ。
それどころか優雅な仕草で立ち上がるともう片方の手がの腰に伸びてくるではないか。

「あああああの、ディルムッド、さん?」

するりと腰に伸ばされた手がの身体をディルムッドへと引き寄せる。
密着するほど、というより、まさに密着した状態でようやくの手を離した彼の右手はそのままの頬へと移動した。

「どうぞ、ディルムッドと。御身は我が主ですので敬称は不要です」
「じゃ、じゃあ、ディルムッド」
「何でしょうか」
「ちょおっとばかり距離が近いような気がしますのですけれども」
「そうですね」

キラキラの笑顔で肯定される。
だが手は離れない。
一体彼は何がしたいんだと慌てながらもは何とか距離を保とうと背をそらす。
ディルムッドはそんなを静かに見つめている。
そうしてふ、と笑った。

「あぁ、やはり」

そう言われてようやく解放されたは、最早何が何やらわからない。

「貴女には魅了が通用しないようで助かりました」
「魅了……?」
「はい。この目の下の黒子には精霊から受けた魅了の術がかかっているのですが、どうやら効かない様子」
「あ、そういえば何か違和感を感じると思ったら、それまじないだったんだ」

父の影響だろうか本人の資質だろうか、とりあえず陰陽師の卵であるには術やまじないの類はあまり効かないのだが、どうやらそれが功を奏したようだ。
確かに、誰かれ構わず魅了したら大変だろう、特に異性だと。恋愛感情は厄介だ。
だが、いくら確認するためだとは言っても、いきなり抱き寄せるのは止めてほしい。
だって年頃の女性なのだから。
羞恥に赤くなる頬を押さえていれば、ディルムッドが小さく笑った。
じろりと睨むに向けられるのは、正に輝かんばかりの貌。

「やはり、可愛らしい」
「………もうっ」

からかわれたのだとわかってはむくれるが、結局のところそんなディルムッドを許してしまう自分がいた。
つくづく美形というものは得である。


  • 12.09.25