「父さん、お客様。というか、多分あなたの被害者」
「うん?」
呑気に新聞を読んでいた父・拓真はの声に視線を上げた。
母親譲りの外見を持つと40歳を超えても若々しい拓真は、彼の外見年齢のせいで親子というより兄妹にしか見えない。
何よりも拓真自身が大学生の子供がいる年齢には見えないのだ。
だが彼はれっきとしたの父親である。戸籍上も遺伝子上も。
外見年齢25歳の彼は、実年齢40歳の誕生日を迎えた壮年である。人体の神秘と彼を知る人は口を揃える。
漆黒の双眸でとその背後に立つ青年――どうやらディルムッド・オディナと言うらしい――を凝視する。
感情豊かな拓真ではあるけれど、こうして表情を消すと端正な顔立ちのせいか作り物めいて見える。
鑑賞するだけなら絶品である。あくまでも鑑賞だけなら、だが。
拓真の眼差しはとディルムッドを何度か往復し、そしてそれがやんわりと細められる。
「いやぁ、随分なイケメンさんだねぇ。の彼氏かい?」
「あんたのお客だっつってんでしょうが」
「僕の?」
こてんと邪気なく首を傾げる姿は恐ろしいほどに似合っている。
この仕草で多くの女性及び男性を煙に巻いていることを知っているは騙されないが。
40を過ぎて一人称が「僕」というはどうかと思うが、この外見に惑わされている近所の奥様方が「拓真さんはそれでいいのよ」とか擁護に回るものだから言うだけ無駄である。
そしてそんな父の行動には慣れきっているはともかくとして、いきなりわけのわからない場所にやってきた青年改めディルムッドは拓真の視線を戸惑いと共に受け止めている。
はそんな2人を放ってキッチンへと移動した。
突然降ってわいた青年には悪いが、十中八九犯人は父だろうとは踏んでいる。
彼の前科はありすぎるために容疑を絞るのは簡単だった。
非現実的な現象にも慣れてしまっため、突然目の前に人が現れてもそんなに驚かなかった自分がちょっとだけ悲しい。
だって本当に慣れているのだ。
目の前に人、もしくは人外な化け物及び式神が突然現れるのは。
何せ父の職業は神主とは表向きで、実際のところは陰陽師。
それも力が強大過ぎて本家が匙を投げたほど優秀且つ厄介な陰陽師なのだ。
本家では「安倍晴明の再来」とか言われているらしいが、安倍晴明はこんなに傍迷惑な人間ではなかったと信じたいは、自他共に認める歴女である。
すっかり他人事と決めて傍観者に徹するつもりであると違い、拓真とディルムッドは相変わらず対峙中だ。
対峙というよりはディルムッドが蛇に睨まれた蛙みたいになっているのは気のせいだと思いたい。
「君、誰?」
「お……私は、ディルムッド・オディナ。フィオナ騎士団が1人です」
「フィオナ……騎士……あぁ、君が《輝く貌》と呼ばれたディルムッド君か」
今日の朝食は和食にしようと思っていたのだが、目の前の青年はどう見ても日本人ではない。
こちらにやってきたのも恐らくは偶然だろう、日本食は不慣れどころか未知の食べ物の可能性がある。
いきなり味噌汁とか納豆とか出して口に合わなかったら申し訳ないので洋食に変更することにした。
幸いパンは昨日買ってきたばかりだ。
イギリスパンをトーストにしてクロワッサンとブリオッシュはそのまま出して、あとはハムエッグでも作ろう。
スープはコーンポタージュがあるはずだし、グリーンサラダもあれば彩としても問題なし。
デザートにリンゴとヨーグルトを用意すれば栄養だって満点である。
朝の忙しい時間に洋食は準備が簡単で非常に助かる。
「ところで、何で槍だけなんだい。君は確か剣も扱えたよね」
「今回はランサーとして召喚されたため剣は具現できないようです」
「ランサー?」
「はい。聖杯戦争のサーヴァントの1人。槍兵です」
「なるほど。ところ――――で、――――は……」
「――――く、――――かと……」
何やら意味不明な発言が聞こえてきたけれど、とりあえず無視。
父が召喚した式神に比べたらまだ彼の発言も行動も立ち居振る舞いも常識の範囲内と勝手に完結して、は出来上がった料理をテーブルに運んでいく。
2人分も3人分も大差ない。
テーブルセッティングがほぼ終わりに近づいた頃に焼きあがったトーストとクロワッサンやブリオッシュをバスケットに乗せてテーブルの中央に置く。
その横に小皿に移し替えたバターやジャムを置けば準備は終了である。
後は冷めない内に食べるだけ。
やはり洋食は簡単で良い。
「はいはい、2人共。会話は終了しましたか。終わってなかったらとりあえず一時中断して朝食ですよ」
「丁度良いタイミングだね、。こっちは無事解決したところだ」
「それはおめでとう。じゃあ席について。そちらのお客様は……ディルムッドさんだったね。良ければ一緒にどうぞ」
「いえ、俺は……」
「一緒に食事を摂ることもコミュニケーションの1つだよ、ランサー」
「ではご相伴に預かります」
拓真がディルムッドを『ランサー』と呼んだことに気付いたものの、これまた気にしてはいけない。
気にしたら関わり合いにならなければいけないではないか。
彼らの言葉を敢えて聞き流して、は調理器具を洗う。
気になっていた手の傷は、何だか益々濃くなっているような気がするのだけど、とりあえず放置。
何かの紋章みたいだとか思ってはいけない。
傷と同時にディルムッドが現れたことを考えたら嫌な予感しかしないのだから。
「では、いただきます」
「いただきます」
「……いただきます」
2人が両手を合わせるのを不思議そうに見ていたディルムッドは、それが食事の際の合図なのだと知り慌ててそれに倣う。
外国の人なのだから日本の習慣に合わせなくて良いのに律儀な人だなぁと思いながら、は温めたクロワッサンをバスケットから取り一口食べる。
さくっとした食感と鼻に抜けるバターの香りが良い感じである。
幼馴染が勧めてくれたパン屋で買ってきたものだが、これはなかなかに当たりだ。
今度は他のパンも買ってみよう。
そして幼馴染にはお礼を言わなければ。
昨日作ったジャムを差し入れがてら会いに行ってこようなどと考えていると、時間はあっという間に経過していく。
基本的に食事の際は会話はなしというのが家のルールである。
なので拓真が無言なのは気にならなかったし、客人であるディルムッドも饒舌な方ではなさそうなので静かなのも当然だろう。
平和な朝食って素晴らしいと思うは、朝から起きた面倒な出来事を一切忘れることにした。
◇◆◇ ◇◆◇
だがしかし、そこで全てを忘れさせてくれないのが父クオリティだった。
「ところで」
静かな食卓に声が響いたのは、食事も終了に差し掛かろうというところ。
ちなみに食事の量から言って当然のことながらはとっくに終了していて食後の紅茶を楽しんでいた。
今日の紅茶はアッサム。我ながら美味しく淹れられたと自画自賛である。
「ランサーのことだけどね」
「ランサー? あぁ、ディルムッドさんのことね。何、やっぱり父さんが原因だったんだ」
「まぁ原因というか元凶なんだけど」
あははと軽く笑う拓真と苦笑しかできないディルムッド。
うん、まぁ、やはりねとか思っていたことは言わない。
「ディルムッドさん、遠慮なく殴っていいから。ぼっこぼこにしていいから」
「いや、流石にそれは……」
「そうだよ酷いよ。それに元凶は僕だけど、ランサーが帰れない原因はにあるんだから」
「何でよ」
人を犯行の片棒担いだみたいな言い方はやめてほしい。
事と次第によっては父とはい名誉棄損で訴えるぞ。
「それ」
「ん?」
憮然とした表情の拓真がの左手を指さす。
相変わらず少しずつ濃くなっている傷跡。
痛みはないけれど熱はある。
包帯だけでなく湿布も貼るべきだろうか。
でも傷口に湿布って化膿しそうな気がして嫌だなぁ。
「令呪です」
「…………………………………はい?」
「つまり、彼をこの世界に留めているのは、の手に宿った令呪のせいなんだって」
「何で……」
「令呪は主従関係の証だってさ。ランサーはその令呪の持ち主に使役されるサーヴァントってこと」
「サー、ヴァント……?」
「はい。誠心誠意を持ってお仕えします」
「いやいや、意味わからない」
「まぁつまりは、式神みたいなものだと思えばいいよ。とっても便利」
「思えるかぁ!!」
爽やかな笑顔でそう言ってのけた拓真に、今日の夕食は拓真の嫌いな献立にしてやると心に決めたは決して間違っていないはずだ。
- 12.09.04