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再会 01


奥州筆頭伊達政宗の1日は早い。
陽が昇ると同時に起床、軽い鍛錬を済ませて朝食、その後は執務に精を出し、時間が空いたら城下を視察する。
午後にも鍛錬、情勢により会議が入ったりするものの基本的に夜は気心知れた部下たちと酒盛りをして過ごすことが多い。
伊達家の家督を継いでから数年が経過するが、概ね評判の良い領主である。
何よりも民の生活を案じ、必要とあれば自分の足で確認をする誠実さが、若いのに将来有望だと近隣で噂になるほどだ。
だが、そんな政宗もまだ19歳の若者である。
上手くいかないことに苛立ち、何もかも放り出してしまいたくなる時もある。
そういう時に気分転換と称してやってくる場所があった。
奥州の領内を一望できる、城の裏手にある高台である。
熊が出没する場所であり地元の人間はあまり入ろうとしない場所であるため、一人になれるので政宗は気に入っている。
高台から見える景色はとても美しく、特に夕陽が沈んでいく様は絶品だと思う。
以前に見た、あの世界の夕焼けと同じように美しい。
何よりもここは似ているのだ。
子供の頃迷い込んだあの世界で、初めて梵天丸が彼女と出会ったあの場所に。
同じでないことは眼下の景色からわかる。
電車の音も子供の遊ぶ声もしない。
長閑な静寂が広がる場所だ。
それでも、つい足は向いてしまう。
あの日見た景色と、あちらの世界で受け取った全てを思い出せるようにと。

「sentimentalって柄じゃねえんだが」

もしかしたらという期待がないわけではない。
彼女は言っていたではないか。
あの場所では幾度となく神隠しが起きていると。
だからあの時の梵天丸のように、自分があちらの世界に行けるかもしれないと思わないわけではない。
それに、もし仮にあちらの世界からやってきてしまった人がいたら庇護してやりたいと思う。
自分があの時、あの町の人々から無償の愛情を受け取った時のように。







   ◇◆◇   ◇◆◇







「政宗様。こちらでしたか」
「…小十郎か」

背後から馬の気配。
それと同時に聞きなれた声が政宗の耳に届いた。

「何か、お変わりはございましたか」
「No. 何もねえよ。いつもと同じだ」

政宗がこの高台にやってきているのを知っているのは小十郎だけだ。
彼にだけは政宗はあちらの世界から戻った時に全て話してある。
勿論信じるとは思っていなかったが。
今でも彼があの時の政宗の言葉を信じたかは不明だ。
それでも小十郎は政宗がこうして城を抜け出すことに対して文句を言うこともなく、時が経てばこうして迎えに来る。
ここに来ることが政宗にとって必要なことであるとわかっているからなのだろう。
護衛もなしにやってくることに賛成はしていないだろうが。

「間もなく午後の会議が始まります。――お戻りを」
「わかった、わかった。すぐに行く」

太陽が西に傾き始める。
政宗が一番好きな時間だ。
この時間は逢魔が時と呼ばれていてあまり縁起が良くはないのだが、それでも政宗はこの時間が一番好きだ。
夕刻はと出会えた時間だから。
陽が沈む前に政宗は踵を返した。
あちらの世界では街灯があったが、こちらには当然ながら存在しない。
夜の闇に包まれれば一寸先すら見えないのだから、陽が沈む前に城に戻らなければならないのだ。
そうして馬を繋いでおいた場所に歩み寄れば、その陰から人の気配がした。
刺客だろうかと一瞬気配を固くすれば、それに気付いた小十郎が政宗を守るように一歩前に立った。
だがその気配は酷く微弱で、敵対するような強いものではなかった。

「大丈夫だ」

小動物だろうかという程度にしかないそれに気色ばむ小十郎を制し、正体を確かめるべく足を進め――凍りついた。

「……っ」

栗色の長い髪。象牙のようになめらかな肌。
ほっそりした身体が纏っているのは、初めて見る漆黒の衣装。
色が白いからだろうか、漆黒に包まれている姿は意識を失っていることを抜きにしてもひどく儚い印象を与える。
細い手が大切そうに胸元に握りしめているのは位牌だろうか。
涙の痕が頬に残っていることから、おそらく身内のものだろうと推察できる。

「……っ」

何よりも忘れるはずのないその顔。
幼い頃は毎晩一緒に寝ていたのだ。
彼女の笑った顔も怒った顔も、そして安らかに眠る顔も全て覚えている。

「政宗様。この女は…」

警戒をあらわにした小十郎の言葉すら耳に入らない。
確かめるように歩を進め、そうして眠る女の頬にそっと手を伸ばす。
すべらかな肌の感触は政宗の記憶のものと寸分も変わりがない。



「母、上――」



忘れるはずなどない。



政宗に尽きることのない愛情を与えてくれた、最愛の母だ。


  • 12.01.05