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雪・月・華 02


促されるままに寝室へと通され気遣わしげな表情のまま蘭丸が襖を閉めれば、目の前にいるのは単姿の信長。
だが光秀は普段の姿のままだ。
袴に甲冑。
平素でも甲冑を脱がない光秀は、登城しても衣服を改めることをしない。
主君に二心を抱いているのではないかと咎められそうなものだが、当の信長本人が光秀の甲冑姿を武士の鑑よと誉める。
カチャリと鎧が硬質な音を立てる中、光秀はその場に腰を下ろした。

「随分と遅かったではないか」
「転寝をしておりました。遅くなりまして申し訳ございません」
「転寝とな。光秀には仕事が多すぎたか?」
「滅相もございません。光秀めの落ち度にございますれば。屋敷の空気が思いの他優しく、つい眠りに誘われてしまいました」

咎める声ではない。
むしろ光秀の態度を楽しんでいるような響きすらある。
昼間の信長ならば叱責の1つや2つ落ちているだろう。
どうやら今夜の信長は機嫌が良いらしい。

「顔を上げよ」

声に導かれるままに顔を上げれば、やはりどこか愉悦を含んだ信長の顔があった。
だがその顔が光秀を見るなり僅かに眉が顰められた。

「顔色が悪いな」
「…少々夢見が悪かったもので…」

蘭丸と同じことを言われて光秀は苦笑を浮かべた。
そんなに自分の顔色は悪いのだろうか。
いや確かにこの後のことを考えれば血色良くいられる自信はないのだが、普通だと思っているのに2人からそう言われるのは少々予想外だ。

「近う」
「……はっ」

あぁ、やはり、と光秀は内心でため息をついた。
疲れていると言っても無駄だということは重々承知の上だし、光秀の立場を考えれば信長のお召しを断ることなど許されないのも当然だ。
それでもどうしても馴染めない行為に対して足は竦む。
ゆっくりと立ち上がり躊躇いがちに歩を進めていけば、褥の手前で腕を強く引かれ光秀は信長の腕に絡め取られた。
力強い腕に拘束され、頬に直接触れる信長の体温に、光秀の身体が無意識に強張る。
思わずきつく目を閉じた光秀の耳に、信長の笑い声が響いた。
大きな手に顎を取られ上向かされれば交錯する視線。
光秀の内部に無遠慮に浸透してくるこの眼差しが、光秀は苦手だった。
怖いというのではない。逃げ場を失ってしまいどうしていいのかわからなくなるのだ。

「まだ、慣れぬか」
「…申し訳ございません」

信長の寝所に呼ばれるのはこれが初めてではない。
少なくとも片手では足りないだけの数は夜を共に過ごしている。
それでも光秀はこうして信長の寝所に呼ばれることに毎回恐怖と躊躇いを感じてしまうし、信長から与えられる寵にも慣れる様子はない。
光秀は自分の容貌がある意味男のそういった欲望を刺激してしまうのだということには薄々気付いていた。
今まで仕官していた家でも家臣からそういう類の誘いをかけられたことも少なくないし、他でもない主から堂々と命じられたこともあった。
それでも自分は閨働きをするために仕官したわけではないとはっきり拒絶していたし、細身の光秀を力ずくでどうこうしようとする輩は実力で排除してきた。
それなのに信長にはそれができなかった。――否、する暇を与えてもらえなかったと言った方が正しいか。
一度閨を共にしてしまえば、後は同じである。
むしろ閨を共にしてしまったからこそ、光秀は信長から逃れることができなくなってしまった。

「震えておるか。愛い奴よのう」
「………っ」

羞恥に頬を染め、この後起こるであろう情事に震える姿はどんな妓女でも真似できないほどの艶を持っている。
己の所作がどれだけ男を煽っているかわからないところが更に面白い。
組み敷いた身体は密着しており、それ故に光秀の震えは嫌でも信長に気付かれてしまう。
今にも逃げ出したいと思う身体を、何とか根性で踏みとどまっているという様子の光秀に、信長は面白そうに笑う。
その恐怖を煽るように、信長の手は光秀の衣服を剥いでいく。
するりと頬を撫でる指は酷く優しく、だがその瞳の奥では目の前の獲物をどう処理しようかと舌なめずりをしている。
正に捕食者そのものだ。

信長の無骨な指が光秀の肩から下へと下がっていき、男にはない柔らかいふくらみへと到達する。
手のひらに収まるほどのそれを揉みしだけば、光秀の白磁の頬が羞恥に染まった。


光秀はその身に秘密を飼っている。
決して知られてはならないと今は亡き母と固く交わした約束。
それは光秀の性別に他ならない。
明智家の嫡男である光秀は、母の思惑により性別を偽ることを強要された、れっきとした女性であった。
それを知るのは光秀と今は亡き母、そして乳母の僅か3名。
実父ですら光秀を男児と信じている。
本来ならば主を謀った罪で処刑されてもおかしくないほどの大罪だ。
だが信長は気付いた時こそ驚いたものの、面白いことよと公にしようとはしなかった。
光秀の処遇はそれまでとまったく変わらない。
どころか着実に戦で功績を挙げているために更に厚遇されていると言っても良い。
母との約束が守られていることは喜ばしいが、結果として光秀は信長に己の最大の弱みを握られてしまったに等しく、こうして伽を命じられても断ることができないために良かったかと言われれば微妙ではある。
元々性別を偽って生きてきた光秀だ。
男女のそういう事情には殊更疎く、又、他人と馴れ合ってうっかり秘密が露呈するような事態も困るために人付き合いというものを徹底して避けていたために、閨の作法などまるで知らなかった。
だからこそ信長によってもたらされる快楽は正に未知の領域で、本来の性格も相まって幾度身体を重ねたからといってその行為に慣れることがない。
尤も信長にしてみればいつまでたっても初々しい態度を見せる光秀だからこそ手を出したくなるのだと言うだろう。
それほど己の下で震え乱れる光秀の姿は美しいのだ。

陽に焼けていない肌は透けるように白く夜の帳の中にあって輝いて見え、細い肩や滑らかな曲線を描く腰、形良く引き締まった尻や張りのある胸は、多くの女性を知っている信長が何度見ても飽きないと思わせるほどに完璧な美を備えている。
細く長い足はまるで牝鹿のようにしなやかで、武働きもこなせるだけの筋力を持つ身体には無駄な肉が一切ついていない。
だが女性らしい丸みはきちんと残っているのだから不思議だ。

「相変わらず、見事な美しさよ」

知らず、感嘆のため息が漏れた。
白い肌はしっとりと手に吸い付くような肌理細かさで、淡く色づく胸の頂を軽く摘めば弾かれたように背をそらす感度の良さは男心をくすぐる。
何よりも悦楽に戸惑い声を押し殺す様は何とも言えず嗜虐心を煽る。
信長はこれまでに多くの女性や小姓と閨を共にしてきたが、彼女達が知れば驚くほどに光秀に対する愛撫は優しく丁寧なものだった。
それは慣れない光秀を怯えさせないようにという配慮もあったのかもしれないし、自分の愛撫にゆっくりと花開いていく光秀の艶姿を堪能したいという欲望からかもしれない。
丁寧で繊細で濃密な愛撫は、だからこそ余計に光秀を怯えさせているとわかっていながら、信長は殊更ゆっくりと光秀を煽っていく。
ひくり、とわななく唇を己のそれで塞ぎ、戸惑う舌を絡め吸い上げる。
そうすると光秀も拙い動きだが信長の口付けに応えるように舌を吸い返してくる。
決して少なくない交わりの中で、それでも光秀が覚えたのはこの口付けだけだ。
全てを教え込むのは相当時間がかかりそうだと思うが、何も知らない無垢な身体を自分好みに染め上げていく作業は思ったよりも楽しく、信長はそんな光秀を想像してうっすらと笑った。


  • 10.09.18