曰く、
コーディネイター少子化の波を止めようと研究に研究を重ねていたタッド・エルスマンは、苦心の末素晴らしい薬の開発に成功した。
それを服用すれば長年子宝に恵まれなかった夫婦であろうとたちどころに妊娠、更に優秀な次世代のコーディネイターが生まれてくるという代物である。
コーディネイターの少子化、それは若者が思っているよりも深刻で、このまま進めばたとえ戦争で勝とうともいずれ滅び行く運命となってしまう程だ。
タッドが開発した薬は、まさにコーディネイターの救いと言って過言ではない。
ただ残念なことに、この薬が開発されたのはほんの数日前。
間違いなく効果があるとわかっているが、学会で発表するにはいくつもの症例をこなさなければならず、この薬が市場に出回るのは早くても5年はかかる。
だが戦争が激化していく昨今、そこまで待っていては妊娠確率の高い男女――特に戦争の被害により男性が減少している可能性が高く、そうなってしまってはいくら効能が素晴らしかろうとも最大の効果を発揮することはできない。
ましてや今次代を切望されている男子はまさに青年期。
5年経過すれば盛りを過ぎてしまうだろう。
そうなれば残された手段は1つだけ。
症例を集めると称してその薬を若い夫婦に飲ませて、妊娠を誘発させてしまおうというのである。
尤も薬を服用するのは子供を望んでいる夫婦、もしくはカップルに限定されるのだが。
「そして、この薬の素晴らしいところはそれだけではないんだ」
世紀の大発明であろう薬を開発したタッドは、常の仏頂面などどこへ消し飛んだのか、にこにこと満面の笑みを浮かべている。
実の息子としてはかなり気持ち悪いが、止める勇気はない。
更にはタッドが説明しているのは愛息子のディアッカではなく、その恋人イザーク・ジュール。
長々と説明している間ちらりともこちらを向こうとしない男に対して、わざわざつっこみを入れることすら面倒くさい。
とりあえず同席だけはしているが、これが隊長命令でなければとっとと席を外しているところだ。
そしてそんなディアッカの横では、見事な女体に変化してしまった身体のせいか落ち着かないイザークが、いたたまれない様子で腰を下ろしている。
何しろ恋人と裸で抱き合っているところを複数の人間に目撃されてしまったのだ。
況してやそのうちの1人は実の母親なのだから、恥ずかしがるなという方が無理だ。
我ながらよく気絶しなかったものだと感心する。
尤も、朝目が覚めたら女性になっていたというサプライズに比べれば比較にもならないだろうが。
事実タッドが目の前でいくら力説していようと、残念ながらイザークの耳には半分も入ってきていなかった。
自分の身に降りかかった珍事をどうするべきか考えることが最優先であり、そちらに意識を取られていたためと、自分の目の前で初々しい恋人同士のように寄り添う2人の同僚の姿が癇に障っていたためである。
自分と同じく女体になっているキラは、どうやら自分程には困っていないらしく、誰が用意したのかわからないミニスカートに履き替えているその姿はどこからどう見ても少女である。
しかも馴染んでいる様子が憎らしい。
(俺がこんな目に遭ったっていうのに、このノー天気馬鹿ップルめ!!)
できることならすぐにでも締め上げてやりたいのだが、目の前にいるのは最高評議会3人と尊敬すべき隊長ラウ・ル・クルーゼ。
限界ギリギリで耐えていることしかできない。
「聞いているかね、イザーク?」
「あ――、はい。聞いております」
思わず意識を別の方向へ飛ばしかけていたイザークに向けられた眼差しを受け姿勢を正せば、そんなイザークの様子に気を良くしたらしいタッドが意気揚々と話を続ける。
「よろしい。では、この薬のもう1つの効能を教えよう。この薬は確かに不妊に悩む男女を助けるだろう。だが、それだけではコーディネイターの未来を救う救世主とはならない。この薬はどんなカップルであろうと妊娠が可能になるんだ。私の言っていることがわかるかね、イザーク?」
「はあ…。どんなカップルであろうと、ですか…」
「そう。どんな、つまりそれがたとえ男同士であろうとも」
「?!」
にやりと笑ったタッドに、イザークはようやく彼らがわざわざ最前線にいるヴェサリウスへやってきたのか理由を悟った。
薬を開発したタッド。女性と変貌したイザーク。カップルならば誰だろうと妊娠させることが可能な薬。
この結論が導き出すのは――。
「まままさか、エルスマン議員がこの現状を!?」
「その通り。パトリックがキラ君に送ったチョコレート、エザリア女史が君に送ったマドレーヌ。その2つにこの薬を混ぜておいたのだよ。1人前を服用すればたちまち女性へと変身。無事出産を迎えれば元に戻るという寸法だ。どうだ、素晴らしいと思わないかね?」
「…………」
悦に入っているタッドを余所に、イザークの顔は蒼白だ。
日頃から少子化対策を唱えている3人だが、実は一日も早く孫の顔が見たいだけなのは承知している。
そしてイザークもディアッカも、そしてアスランもキラもそれを叶えてあげられないことも。
公にしていないけれど、さすがに実の親だ。
自分の息子の恋人くらい容易に想像がついているだろうに。
未来を担う若者の1人として、又慈しみ育ててくれた親に対して負い目がないと言ったら嘘になる。
申し訳ないとは思っている。
どのような罰も受けるつもりではいた。
だからと言ってこれはないだろう。
「エルスマン議員!! 人の身体を勝手に弄らないでいただきたい!!」
椅子を蹴り飛ばしかねない勢いで怒鳴ったイザークに、だがタッドはけろりとしていて。
「勝手ではないぞ。きちんとエザリアの了承は得ている」
「…………………は?」
言われた台詞を信じられず、イザークがゆっくりと敬愛する母へと視線を向けると、自分とよく似た理知的な眼差しがひたりと向けられていた。
常に聡明で完璧な女性。
感情に流されることなどなく、いつでも最善の道を探している母は、イザークにとって最も尊敬する女性だ。
彼女の言葉に間違いはなく、そんな彼女の理想の息子でありたいと願っていた。
エザリアはイザークへと視線を向けたまま口を開く。
「イザーク」
「……は、はい」
迷いのない眼差しを前に、イザークはわずかに萎縮する。
別に自分が悪いわけではないが、これはもう条件反射だ。
「母は、本当は女の子が欲しかったのです」
「は?」
言われた言葉が信じられず聞き返せば、返ってきたのは先ほどと同じ台詞で。
「母は女の子が欲しかったのです。娘と一緒にショッピングや旅行。年頃になった娘の恋愛の相談など、それはすべての母親の夢であり憧れ。私はそうやって娘を育てたかったのです。ですが生憎私にはイザークしか子宝に恵まれませんでした。だからこそ、その夢をイザークの嫁に託したというのに、お前ときたらいつまでたっても結婚する気配も見せず、婚姻統制に基づいて婚約者をあてがおうにも逃げ出す始末。果ては男の恋人を作ったから跡継ぎは諦めてくれなどと、そのような我儘が許されるとお思いですか。そんなことで家を、このプラントを守れるとでも言うつもりですか」
「あ、あの…母上…」
「ですが私も鬼ではありません。嫁を貰わないのならばそれで結構。ですが、跡継ぎとしての責務は果たしてもらいます。結婚をしなくてもいいから子供を作りなさい。お前の相手がディアッカしかいないというのなら、ディアッカとの間に子を成しなさい」
十分すぎるほど鬼だと思ったが、ここで口をはさめば解決するものもしない。
ぱくぱくと口を開けたきりのイザークに、さすがに哀れに思ったのかディアッカが肩を抱く。
その体温に安心すると同時に、向けられた眼差しに気付いて凍りつく。
心配しているのだろうと思った紫紺の眼差しは、自分の予想に反してとんでもなくきらきらと輝いていたのだ。
面白がっていると一目でわかる視線。
悪い予感に逃げようと思うが既に遅い。
傍目には仲睦まじく見える姿に、エザリアが心得たように頷いた。
「よろしいですね、ディアッカ、イザーク」
「は…母う…」
「了解しました。エザリア様。きっと貴女の期待に副う子供を作ってみせますよ」
「イザークによく似た女の子をお願いしますよ」
「任せてください」
「うむ、それでこそディアッカ・エルスマン。コーディネイターの使命が何たるかをよく分かっている」
「当然ですよ、議長。少子化対策に貢献するのは我々コーディネイターすべての義務ですからね」
「そうなるとキラ君とイザーク、どちらが早く孫の顔を見せてくれるか楽しみだのう」
「本当に」
おほほほあはははと笑いあう親達の姿に反抗する気力も失せたイザークは、がっくりうなだれたまま目の前の同僚へと視線を向ける。
実の親の暴走に巻き込まれたのは自分と同じ。
普段はいけ好かないやつだと思っているけれど、こういう時はさすがに頼りになるのではないかと思ったのだが、どうやら目の前のアスランもキラもそれほど反対しているようには見えない。
「キラにそっくりの女の子かぁ。可愛いだろうな」
「えー、僕はアスランにそっくりの女の子が欲しいよ。絶対美人になるよ」
「でも、どっちでもいいかな。キラとの子なら」
「アスランってば」
……むしろ間違いなく大賛成だ。
孤立無援のこの状況、クルーゼさえも面白そうに笑っているばかりで止めてくれる気配はない。
家出しようかな、とイザークは真剣に考えた。