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君のための歌 02


アーモリー・ワン。
そう呼ばれるこの場所は、1年ほどに建築された新しいプラントであるが、最新鋭の技術を投入して造られたこの工業プラントは他の追従を許さないほど充実した工業設備が揃っている。
2年前の戦争による復興を目指して建築された工業用プラントではあるが、その実態は各所に格納庫が林立する――所謂軍事工場であった。
先の大戦から2年――多くの痛みを伴いつつも中立を擁する第三勢力の参入により、プラント対大西洋連邦との戦いは停戦となったわけだが、コーディネイターとナチュラルとの軋轢は未だに深く、表向き和平を結んだとは言え長く根付いた確執がそう簡単になくなるわけではない。
特にコーディネイターにしてみれば過去の大戦で多くの同胞を失っており、ナチュラル――地球連邦軍に対して警戒の色を隠そうとしない。
先の大戦では地球軍によに二度にわたって核攻撃がなされた。その結果何十万という同胞が殺されたのだから、いきなりすべての確執を忘れて歩み寄れと言われて甘受できないのも無理はないが、かといって停戦が結ばれた現在も尚軍事開発を行っているという事実は、平和を望む者たちにとって歓迎できるものではなかった。

そして――オーブ首長国代表カガリ・ユラ・アスハもその1人であった。
宇宙港に降り立ったカガリは、目の前に広がる物々しい光景に対してあからさまに眉を顰めた。
左右に広がる格納庫――そこに納められているのはシャトルではない。
何十、いや、おそらくは何百と安置されているだろうそれはMS――戦闘を目的に造られたまぎれもない兵器である。
格納庫の隣に見えるのは武器庫だろうか弾薬庫だろうか、そこだけやけに警備の数が多く嫌でも目を引く。

まるで見せ付けるように――。

「戦争でも始めるつもりなのか、プラントは」

心中で呟いたつもりだったがどうやら言葉にしてしまったらしい。
カガリの言葉に随員が顔色を変え、プラント側の係官は思わず窺った代表のきつい眼差しに怯えた様子を見せた。
わずか18歳という年齢ではあるが、カガリは先の大戦で自らMSを駆り数多の戦陣を潜り抜けてきた武勇の持ち主である。
女性だとか若年だという侮りを許さない毅然とした眼差しは、直接向けられたわけではないものの、戦闘を経験していない係官を怯えあがらせるには十分だったようだ。

「いや…何でもない。単なる独り言だ」

己の失言を反省するものの、今更どう取り繕えばいいのかわからずに視線を背後に向けると、随員の1人がその視線を受けて眉を寄せた。
明らかに咎める様子の彼にカガリはわずかに肩をすくめてみせる。――不可抗力、というやつなのだ。少しは多めに見てもらいたい。

「申し訳ありません。代表も長旅で少々疲れている様子。どこかで休息をとらせていただきたいのですが」
「あ…はい、部屋を用意してあります。こちらへどうぞ」

お世辞にも愛想がよいとは言えない随員の言葉だが、それまでの凍り付いてしまった空気を溶かすには絶好のタイミングだった。
安心したように嘆息をし、何事もなかったかのように案内を進めていく係官をちらりと見、カガリは背後の随員に目配せをする。
サングラスの奥の眼差しがわずかだが険を帯びて主人を見る。

「…言葉には気をつけろ。特にここではな。自分の地位と今の状況を忘れるな」
「分かっている。…すまない」
「いや…気をつけてくれればそれでいい」

まだ若い随員はそう言ってカガリの肩を軽く叩く。
それは一介の随員が主人に見せる態度ではない。
だがカガリはそれを気にした様子を見せず、むしろそんな随員に信頼を寄せているようにも見える。
そんな2人にプラントの係官達の好奇の目が向けられるが、彼らは何事もなかったかのようにスロープを進んでいく。
若い代表の護衛に付き従っている随員の中でも最年少ではないかと推察される若い随員――アレックス・ディノは、2年前にカガリが連れて来た随員である。
屈強な男性が多い随員の中、彼はまだ18歳という随員の中でも最年少であり、無骨なサングラスで顔を隠しているがその精悍な顔立ちは十分に窺える。
滅多に表情を変えることのない代表が時折背後に控えるアレックスに視線を向け、アレックスがそれを受けてわずかに頷く。
そんな仕草が何度となく見られる中、2人の仲が――口さがない者達だけだが――揶揄めいた艶聞が囁かれてしまうのも無理はないことだった。

だが――そんな醜聞とも言える軽口など2人はまるで気にもとめていないようで、好奇の視線など関せずにカガリは前を見つめて、そしてアレックスはカガリの背後で周囲に視線を配っている。
眼下に連なる格納庫の数に、サングラスの下の眼差しが険しく細められる。

武力を縮小し二度と戦争を起こさないという2年前の停戦条件に明らかに反している。
祭典用で非武装だと言ってはいるが、すぐ傍に武器庫があるようではその言葉もどこまでが真実かわからない。
目の前に見えるのは数体のジンでも、ずらりと並ぶ格納庫の中に一体いくつのMSが配置されているか、簡単に数えるだけでも百はくだらない。
ましてや間もなく新造艦の進水式が行われる。
最新鋭の武器を備えた戦艦を今この時期に作るということがどういう意味を持つのか。

(議長は何を考えているんだ…)

前任の議長であったアイリーン・カナーバの後釜に座ったのは、30代のまだ若き青年。
確か名をギルバート・デュランダルと言ったか。
先の大戦の折には特に名を聞かなかったのだが、この1〜2年でその頭角を現してきたために、その実力はアレックスもよく知らない。
穏やかな物腰の青年だが、若年にして最高評議会を手中に収めてしまうほどの実力を持っているために、おそらくは油断のならない人物なのだろう。
繊細にして大胆。そんな雰囲気を思わせる男だ。

(まあ、極秘の会議をこの場所でと指定してきたぐらいだからな)

これを大胆と呼ばずに何と呼べばいいのか。
デュランダル議長を見たのは就任挨拶の映像ただ一度のみ。
学者然とした佇まいよりも、鋭い眼差しが印象的だった。
一目で怜悧だと察することができる人物を思い出して、アレックスはわずかに唇を噛む。
カガリは先の大戦の際に陣頭指揮を取ったとは言え、所詮18歳の少女に過ぎない。
首長国代表という肩書きを持っているが、それが諸国に担ぎ上げられた結果であることを他でもないカガリ自身がよく知っている。
そんな――実権などないに等しいお飾りの代表と、戦後の痛手を迅速に立て直したデュランダル議長とでは――哀しいかなアレックスから見ても器の差は歴然だった。
今回の会談が吉と出るか凶と出るかはわからないものの、時期尚早だという感は否めない。
せめてあと数年、最低でも1年は経過していればカガリも少しは太刀打ちできただろうに。
それでも代表が是非にと唱えプラント側から非公式ながらも正式な使者が来てしまえば、一護衛に過ぎないアレックスが異を唱えることなどできるはずがない。
だが…。

(カガリには、まだ荷が勝ちすぎる)

眼前に広がる物々しい警備を一瞥しながらアレックスは独白した。
戦後の急速な復興。コーディネイターの技術を駆使して開発されたプラントの数々。
そして着実に量産されていくMSや母艦の数々。
増えていく軍事力、増長されていくナチュラルとコーディネイターとの軋轢。
果たして今回の会談でどれだけの成果が得られるだろうか。

眼下には多数のザフト兵士や民間人の姿。
今回新造艦の進水式が行われるということもあり、本来ならば工業用プラントだというのにエアポートに集まる来訪者の数は多い。
そんな中、一目でセレブ――特権階級と分かる紳士淑女然とした男女が優雅に談笑している姿が目に止まった。
新しい軍艦が完成するということがどういう懸案を抱かせるか想像もしていないのだろう、誇らしげに笑うコーディネイターの姿に複雑な感情を隠せない。
アレックスには平和の軋む音が聞こえるような気がした。
これでは何のために自分達が命がけで戦ったのかわからないではないか。
あの、優しくて弱い親友がどんな想いで剣を手にしたのか――。

(キラ…)

今はいない線の細い親友に思いを馳せ――アレックスは眼下に佇む少年少女に目を留めて息を呑んだ。


「――っ!?」


見間違いかもしれない。だが――。

わずかに見えた亜麻色の輝き、その隙間から見えたのは――。

迷わず足が動いていた。

「ア…アレックス!?」
「すまない! 先に行っていてくれ!!」

護衛対象であるカガリにそう言い捨てると、アレックスは素早い動作でスロープを飛び降り駆け出していった。

「まったくあいつは…」

カガリは大げさにため息をつき、そして何事もなかったかのように歩き出した。


  • 07.01.18