――愛している...
そう囁く声は誰のものだろう。
耳に響くそれは凍てついた心を甘く溶かし、消えかけた意識をほんのわずかだが浮上させた。
(誰…?)
かすかに聞こえてくる声。
それは直接耳に囁かれてくるものではないけれど、それ以上に深い意識の底で眠りについた心にまで届くほど強い想いを含んでいた。
(どこかで聞いた…)
囁きは甘く、そして残酷なまでに強い想いを伝えてくる。
(誰だろう…思い出せない…)
随分長い間思考を拒否していたようで、大切な記憶までがごっそりと抜け落ちていることにようやく気が付いた。
声の主はおろか自分のことすら曖昧で、囁く声を愛しいと思ったと同様に何故その声を愛しく思うのか理解できない。
だが…。
確かに自分はその声の持ち主を知っているのだ。
理屈ではない。おそらくは記憶よりもずっと深い場所でその声を覚えていたのだろう。
そう、自分は確かに知っているのだ。
(あぁ、そうだ…)
一つのピースが見つかれば、後の記憶など辿るのは容易いこと。
(僕は知っている…)
愛しい人。
何を犠牲にしても、誰を傷つけても。
自分自身よりも大切なあの人…。
――愛している
心が震えるほど愛しい、泣きたくなるほど切ないその言葉。
「僕も愛してるよ……」
◇◆◇ ◇◆◇
少年の瞳に透明な雫が浮かぶ。
頬を伝って流れるはずのそれは、だが漂う水に同化してすぐに消えた。
それゆえ誰も気付かない。
これが、終焉の序曲だということに。
- 06.08.02