Sub menu


Shepherd Moons 14


たとえそれが仮初でも――
君が笑ってくれるなら――







アプリリウスにある軍事空港。
多くの軍人が新たなる戦場に向けて出航するこの場所には、長期の休暇を終えたばかりのヴェサリウスクルーの姿があった。
勿論彼らとて好き好んで戦場へ赴くのではない。
予想外の休暇は彼らにとって歓迎できるものではあったが、やはりプラントの未来を憂えて軍へ志願した者が多数だから、出航命令が下るのを待ち望んでいたものたちが多い。
物資が積み込まれていく様子をモニターで眺め、1人また1人と乗組員がやってくるのを見ていると、徐々に身が引き締まる気がする。
出航時間をあと1時間を残すほどになれば、ほとんどの乗組員は持ち場についている。
赤服に身を纏ったパイロット達も家族との別れを済ませ、ゆっくりと搭乗してくる。
若年ながらも大きな功績を収めた若い4人組。
全員評議会議員の息子であるが、その実力はザフトでも認められていて。
今回の休暇は彼らの功績によるものが大きかった。
その彼らがゆっくりとブリッジにやってくる姿をモニターが捕らえる。
真新しい軍服に身を包んだ小柄な少年を伴いながら。



出航前のブリッジは緊張感に包まれながらも、クルーの表情は明るく高揚感に満ちている。
長期の休暇で心身ともにリフレッシュできたお陰なのだろう。
又、気持ち新たに戦場へ赴き、プラントの未来のため尽力しようという意気込みを感じさせる。
今回の出陣に伴い新たに増員された数名のパイロットに目をやり、アスランは複雑な心境を隠せなかった。
自分と同年代の少年達。
アカデミーを卒業したばかりの彼らは初任務ということで緊張が強いのだろうか、やや表情が強張っているが実力重視のクルーゼ隊に配属されたことが誇らしいのだろう。
浮かぶ表情は誇らしげだ。
その中に一際小さな少年の姿。
サイズの合わない赤服が、ただでさえ幼い身体を一層頼りないものにさせている。
その姿がやはり心配で何度となく視線をやれば、それに気付いた少年がはにかんだように微笑んだ。
頼りなげで儚い姿に内蔵する、消せない狂気。
どうしても消すことのできない不安感に、アスランは心中でため息を落とした。

ようやく成人したばかりにしか見えない少年の姿は新しく配属されたクルー達の中でも相当奇異に見えるらしく、乗艦した当初から好奇と困惑の視線が注がれている。
況してやそんな幼い姿でありながら纏う軍服は、紅。
MSパイロットの中でも相当の実力がなければ纏うことを許さない緋色は、目の前の少年にはおよそ似つかわしくなく、虫も殺さないような姿でそれだけの実力を持つのだろうかと訝しまれているのだろう。
当然だ、と思う。
だが、それが誤りであることも知っている。
ほとんどの乗組員には知らされていない事実。
仮に知ったとしても到底信じられないだろうと思う。

誰が信じるだろう。
この少年がその気になれば、プラントを滅ぼすことすら容易いのだということを――。
アスランの脳裏に先日の混乱が思い出される。
眠っていた狂気が確かに目覚めたその瞬間を――。





   ◇◆◇   ◇◆◇





「全システムを掌握されたのですか?!」

パトリックの緊迫した声に、アスランは愕然とした。
つい先ほどプラントのホストコンピューターにハッキングが行われ、生命維持装置を含むすべてのコンピューターシステムを乗っ取られたというパトリックの言葉は、いくら聡明なアスランでも俄かには信じ難い内容だった。
それもそのはず、コーディネイターの中でも優秀な人材が総力を尽くして開発したプラントのシステムだ。
何百万というコーディネイターの命を担う重要なシステムを、たとえどれほどの実力を持つハッカーであろうと易々と侵入できるはずがない。
ナチュラルの仕業でないことは明白だ。
考えられるのはコーディネイター。
それも相当の手練でなければ不可能だ。
ナチュラルとの戦争の最中、身中にそのような巨大な虫を飼っていたとは信じたくないが。
伝えられた内容の重大さに言葉を失くすアスランに、更に告げられた犯人の名前に戦慄が走る。

「キラ…が…」
《キラ君の要求は1つ。『アスランを退役させること。それができないのであれば自分も同行させること』。最も簡単なのはお前を退役させることだ。プラントの全国民の命とお前の軍属。秤にかけることではない》
「父上…ですが…」
《だが、キラ君はこうも言ってきた。もし自分にアスランとの同行を許可してくれれば、戦争を終わらせるためにすべての力を提供する』とな。最高評議会はこの提案を受け入れた》
「馬鹿な!」

キラの行動は子供の癇癪のそれだが、その頭脳は単なる子供と呼ぶには優秀すぎた。
苦手な教科には目もくれなかったキラだが、得意分野においてその実力は如何なく発揮されて、齢12歳にして地下では名の知れたハッカーになっていた。
勿論本人に悪気はまったくなく、その才能は主にコンピューターゲームの攻略にのみ注がれていたのだけれど。
確かにキラならばプラントのコンピューターにアクセスすることは可能だろう。
だが、メインシステムのすべてを掌握できるだけの実力とは思わなかった。

《わかるな、アスラン。キラ君は本気なのだ》

パトリックの苦渋の声が凍りついたアスランの耳に届く。
ハッキングは重罪だ。ましてプラントの全国民の命を盾に脅迫したとなれば、死刑は免れない。
本来ならば何としてもシステムの奪還と犯人逮捕に尽力するのだが、犯人がキラとなれば時間の猶予はない。
キラにとってこれは脅迫ではないのだから。
要求が通らないと分かれば、おそらく躊躇うことなく引き金を引くだろう。
それこそ12あるプラントの1つ1つを、まるで残酷な見世物のように潰していくに違いない。
普段のキラならば決してありえない行為。だが、今のキラは違う。
狂気と正気の狭間にいるようなキラだから、脅しも冗談も関係ない。
己の命すら惜しまないキラに、どうして見ず知らずの人間の命を守ろうと思えるだろうか。

おそらくキラは深く考えていないのだろう。
己の取った行動がどれほど残酷で危険なことか。
アスランと離れたくない。
偏にただそれだけを思ってのことなのだ。
幼子の純粋な思慕を、どうやって止められるというのか。

現実を拒絶して眠り続けたキラを起こしたのは、自分だ。
ならばその罪も共に背負うべきだろう。

アスランはゆっくりと瞳を伏せ、そして再び開かれた眼差しには強い決意が浮かんでいた。
守ると決めたのだ。
たとえどのようなことであっても、決してキラを手放さないと。
安全な場所で自分の帰りを待っていてほしいと思ったけれど、それが許されないのなら。

アスランが取る道は1つしかない。

新しい乗組員が自己紹介をしていく中、件の少年の番になる。
少年は無邪気な笑顔を浮かべる。

「新しく配属されることになりました、キラ・Y・ザラです。よろしくお願いします」

赤い軍服に身を包んだ新しいパイロット兼プログラマー。
慣れない手つきでザフトの敬礼をする幼い姿は、軍務につくということを本当に理解しているのかどうか。
12歳の思考では、ただ単に親しい友人と離れたくないという単純な理由からかも知れなかったが、それでも最終的に彼の配属が認められたのは、3年の記憶を欠如しても尚優秀なプログラミング能力があるからだ。
プラント全国民の命を人質に、アスランと共にいることを選んだ彼は、プラントで最凶のハッカーでもある。
どれほどのリスクを伴いながらも彼を狂気に落とすことはできないと、異例の人事が下った。
勿論納得できるものではなかったが、最高評議会も、又アスラン自身もその狂気を目の当たりにしている以上、彼をプラントに残していくことは無理だったのだ。
少なくともアスランが傍にいればキラが狂気に陥る確率は格段に減る。

選択肢は残されていなかった。

「よろしくね、アスラン」
「…あぁ」

記憶は戻ることはない。
だが、それでいいとアスランは思う。
キラが生きていく上で不必要だと判断した3年。
己がただの実験体であったという事実など、むしろないほうが幸せだ。
差し出された手を握り返すと、菫色の瞳がふんわりと緩んだ。
それに応えるようにアスランは微笑む。

この笑顔が壊れることのないよう。

ただ、それだけを祈りながら。


  • 07.09.12