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緑夢 01


麗らかな陽射し。
今日も暑くなりそうだが、朝のうちはまだ過ごしやすい。
早朝から犬の散歩やジョギングなど精力的に身体を動かすには丁度いい時間帯だ。
住宅地にあるこの公園はそんな朝の平和な日常を象徴するかのように適度な木々に覆われ、昼間ともなれば学校帰りの子供や幼児の散歩を兼ねた若い母親達の姿もよく見られる。
だが、まだ朝も早い午前6時。
いつもは賑やかな公園も、この時間帯ではさすがに人の姿もまばらで、住宅地の中心に位置する広大な公園には、時折散歩する人の姿が見える程度だ。
日課である犬の散歩でこの公園を訪れた男は、人の姿も少ないことから飼い犬のリードを手から放した。
拾った時は子犬だったこの犬もいまでは立派な成犬で、定年退職したばかりの自分では正直体力が追いつかない。
散歩中にリードを放すことはルール違反だが、自分の歩行速度に合わせてのんびり歩いている犬が不憫で、少しだけ思い切り走らせてやりたかったのだ。
飼い主の欲目ではなく、中々に頭のいい犬だから見知らぬ人には飛びつかないだろうと、男は公園に常設されているベンチに腰を下ろした。
楽しそうに走り回る飼い犬の姿を目で追いながら紫煙をくゆらせていると、昨夜の睡眠不足がたたっているのか瞼が重くなってきた。
気付けばうとうとと微睡んでいたらしい。
眠りに誘われていた意識を引き戻されたのは、飼い犬の鳴き声だった。
温厚な、それこそ初対面の相手でも滅多に吠えることをしない犬が、大きな声で吠え続けている。
何かを知らせるような予感に男は慌ててベンチから立ち上がった。
声はそう遠くない。
以前このような状況で駆けつけた時は、傷ついた子猫がいた。
今回も同じだろうと高をくくって近づいていく。

「どうした? 何か見つけたのか?」

自分に気付いた飼い犬がもどかしそうに足を引っ張るのによしよしと宥めてやりながら促されるままに近づいて、男は絶句した。



早朝の公園。
朝の日常。



目の前に広がる光景は、男の知っている世界とはかけ離れた世界だった――。





   ◇◆◇   ◇◆◇





公園を囲むように張られた『立入禁止』の紐。
入口には複数の警官が待機し、周囲にも数台のパトカーが駐車しており、嫌が応にも事件性を露呈している。
都心に近いこの町だが、静かで今まで事件らしい事件が起きたことがないことが自慢で、子供の元気な遊び声がよく聞こえてくる平和な町だった。
そんな町で起きた残虐な事件に、住人は戸惑いを隠せない。
勿論それは警察側でも同感で、捜査1課でもここ近年類を見ない衝撃的な事件であると言えた。

捜査1課警部補という肩書きを持つディアッカは、目の前の死体に目を向ける。

「すごい!」

警官としてより人としてどうかという台詞を吐く彼の目は死体に釘付けだ。
黄金の髪と紫紺の瞳を持つディアッカ・エルスマンは、派手な外見に反して敏腕で知られている。
洞察力も行動力も人並み以上、解決した難事件も多々ある実力者なのだが、如何せん常に飄々とした態度で本気か冗談か区別がつきにくい言動で周囲を混乱させる。
そのせいだろうか、同僚や部下からは人望篤いが上司の覚えは今ひとつである。
勿論本人がそれを気にしている様子は一向に見られない。
ディアッカはまじまじと死体を見つめる。

「手足はばらばら、内蔵飛び散り。さっすが生は違うよなぁ」

感心したような声にイザークの眉が顰められる。
学生時代からの付き合いだが、ディアッカのこの態度には未だに慣れることができない。
やる時はやる男だから共に行動しているが、これが外見言動通りの男だったら即殴っているところだ。
相手にしているだけ馬鹿らしい。
イザークは現場検証をしていた警官へと視線を移した。

「凶器は」
「ありません」

即答で返ってきた答えにイザークの眉間に皺が寄る。
ふざけた人間はディアッカ1人で十分だ。

「ないわけがないだろう!」
「本当にないんです」

怜悧な外見に反して熱い男であるイザークは署内でも有名だ。
一瞬で激昂するイザークに首をすくめながら、警官は負けじとばかりに言葉を返そうとしたが、その前に何者かがイザークの肩を掴んだ。ディアッカだ。

「四肢は力任せに引きちぎられて、内臓には牙の痕が多数。そして、死体に付着した獣毛。そして死体に刃物の痕は一つもなし。違うか?」
「そ…その通りです。詳しくは解剖してみるまで断定できませんが、この状況ではそうとしか…」
「なるほどね」
「猛獣に食い荒らされたっていうのか? この都心で?」
「さあね。俺は可能性を言っただけのことさ」

細部にわたって検分していたディアッカの目は確かだ。
どうやらスプラッタ映画を特等席で見ているようにしか見えなかったが、それなりに自分の仕事はしていたらしい。
だが気になるのはディアッカの行動よりも、目の前の死体だ。
嫌――正確には人間だったモノである。
周囲に乱雑に散らばる肉片、夥しい血痕。
熊か野犬に食い荒らされたような惨状は山中ならば可能性があるが、都心では珍しい。
頭部の損傷も激しく身元の確認できるような物は何一つ発見されていない。
これでは身元判明にも時間がかかるだろう。
事件か怨恨かという殺害動機ならまだ解決のしようもあるのだが。
到底人間業には見えない。

「だけど」

ふざけているかと思えば真面目。
真剣かと思えば戯れる。
長年付き合いがあるイザークでさえ全貌の読めない男は、楽しむかのようににやりと笑った。

「狼男なら、可能だぜ」





   ◇◆◇   ◇◆◇





都心から電車で1時間も走れば、そこは木々に囲まれた大自然だ。
環境破壊が叫ばれている昨今だがそれはあくまでも都心部のみの話で、こうやって郊外に出てしまえば空も綺麗だし空気は澄んでいるし、木々は元気だ。

「笑ってる」

部活動の一環でやってきたキラは森の様子を眺め、嬉しそうに呟いた。

「誰が?」
「木がね、笑ってるんだ」

歩き疲れた足を清流に浸していたキラは、隣に座るミリアリアにふんわりと笑いかけた。
愛らしいその笑顔に、ミリアリアは「あ、そう」と軽く返した。
あっさりと返答されてしまったキラは、そんなミリアリアに楽しそうに話しかける。

「本当だよ、都会の木とは精神状態が全然違うんだ。ほら、ミリアリアも見てごらん」
「見てもわからないよ。あたしにはオーラも見えないし、植物のキモチもわかんないもん」

キラ・ヤマト。
生物部のみならず学校内でもそれなりに有名なこの少年は、まるで美少女のような外見を持つが、れっきとした男の子だ。
自然を愛し動物を愛するキラは、温厚な性格も相まってか男女問わず人気が高い。
そして不思議な能力を持つ。
本人曰く、動植物の声が聞こえると言うのだ。
生憎ミリアリアは完全なるリアリストなのでその気持ちは理解できないが、キラは嘘をつくような人ではないので疑いはしない。
ただ、自分にはわからないだけだ。
自分の言葉を否定するわけではないミリアリアに、キラは残念だねと笑った。

「今日のオーラは元気だよ。勿論ミリアリアもね」
「ありがとう」

キラが人気があるのは、外見だけでなくこういう純粋なところが原因なのだとミリアリアは思う。
綺麗な綺麗なキラ。
そんなキラと友人でいられることはミリアリアの自慢だ。
男女での友情はありえないと友人達は言うけれど、自分とキラは別だと思う。

(だってこんなに可愛いしね)

どう見ても自分よりも可愛い外見だけど、不思議と劣等感が刺激されないのは、偏に彼自身が本当に可愛らしいからだ。
外見も性格も。
およそ争う気になどならないほどに。

「さ、そろそろ休憩終わるよ。集合しましょう」

楽しそうに木々を見上げるキラの肩を叩いて、ミリアリアは立ち上がった。


  • 07.09.22