失意を抱いた旅立ちとなるはずだった出立が、これほど軽い足取りになってしまうのは単純だとしか言いようがないのだが、だが今以上の喜びを彼らは知らない。
「つらかったらいつでも言うんだぞ」
つい先日まで温室のような優しい世界で過ごしていた彼女にとって決して楽だとは言えない移動距離を思ってそう告げると、返ってくるのはおっとりとした柔らかい笑みで。
「大丈夫だよ、イザークは心配性なんだから」
全幅の信頼を浮かべたそれは、イザークが幼い頃から慈しんできたものと何一つ変わらない。
その表情を見ればニコルもディアッカも、そしてラクスも笑顔を浮かべている。
勿論、最愛の恋人をその手に取り戻したアスランに至っては、この3年間からは想像もつかないほどに蕩けきった笑顔を浮かべている。
そんな――威厳も何もなくなった顔を馬上から見ると、キラはその頬に手を触れた。
「痛い?」
「いや、大丈夫だ」
一族の誰よりも端整な顔の頬は、傍目から見てもわかるほどに赤く腫れている。
「それに――これくらいは甘受しないと彼女に申し訳ないし」
何しろ彼女の宝を奪っていくのだから。
そう告げれば言葉の意味に気付いたキラが困ったように笑う。
姉代わりだった赤髪の精霊は、キラがアスランに同行することを告げると何も言わずにアスランの頬を張り飛ばしたのだ。
元から相性が良くないとは思っていたものの、まさか問答無用で張り手が飛んでくるとは思わなかったアスランは、避けることができなかった。
油断していたわけではない。
むしろ多少の報復は覚悟していたのだが、予想外に素早い行動に反応が遅れてしまったのだ。
『あんたなんて嫌いだわ、アスラン・ザラ!』
怒りに赤い髪を揺らめかせた彼女は恐ろしいほど美しかったが、それよりもひどく寂しく見えた。
彼女もまたアスランと同様にキラを愛し慈しんでいた1人なのだと、再認識させられた。
そんな彼女にとって、自分は略奪者も同然なのだろう。
「フレイって結構力強いからしばらく腫れるよ?」
「――あぁ、そうかもしれないな。だが、いいんだ」
「でも――」
「姫さん、気にすんなって。嫉妬は男の勲章ってね」
「ディアッカ…それ少し違います」
「いいのいいの。あの嬢ちゃんにとってアスランはライバルなんだからさ。ま、アスランにとっては厄介な小姑みたいなもんだけどな」
「小姑?」
「そういうこと。だから気にすんなって。な、アスラン」
「まあな。キラの伴侶として避けられないものだ。甘んじて受け止めるさ」
それが、目の前の至高の宝玉を手に入れた者の宿命なのだから。
- 07.01.28