自身を焼き尽くそうとした炎はフレイによって鎮められ、所々負っていた酷い火傷の痕も跡形もなく治されはしたものの、炎により燃えてしまった髪の毛だけはどうしようもなく、損傷の酷い部分のみは排除せざるを得なかった。
そのためミーアの腰まであった柔らかな髪は、現在肩につくかどうかという長さ。
髪は女の子の命なのにと哀しそうな顔をするキラには悪いが、短くなったお陰で生来の癖が若干強くなった髪は色こそ同じだけれどラクスのそれとは明らかに違っていて何となく嬉しい。
ふわふわと揺れる躑躅色の髪はミーアの年齢を見た目より若干幼く見せる作用があるのか、同じ顔立ちだというのにラクスと並ぶと何となく愛らしさが勝るようだ。
双子というよりは良く似た姉妹のようだ。
優雅に微笑むラクスと、慣れない場所で戸惑っているミーアという差なのかもしれないが、多分これがミーアの本質なのだろう。
世間から隔離されて、常に劣等感を抱くようにと育てられてきたミーアは、憎しみという殻を脱ぎ捨ててしまえば、残る本質は傷つきやすい弱い少女でしかなかった。
そんなミーアが最初に懐いたのは、やはりキラだった。
これは誰もが予想していたことだから別に驚くことはない。
ラクスもニコルも、そしてルナマリアもメイリンもキラのことが大好きなのだから。
ミーアがキラの魅力に惹かれたところで別におかしいことは何もないのだ。
だが…。
「ミーアさん」
「…………っ!!」
ラクスが声を掛けるだけで飛び上るほどに怯えてしまうのはどういうことだろうか。
そこまで怯えさせるようなことをした覚えは流石にないというのに。
怒らせた覚えならいくつかあるけれど。
まぁルナマリアやメイリンにも怯えて口をきこうとしないのだから、間違いなく敵だったラクスが穏やかに会話できるとは思っていなかったが。
普通に会話ができるまでもう少し時間がかかるだろうとラクスはため息をついた。
◇◆◇ ◇◆◇
あれ、こんな光景前にも見たぞ。
そう思ったアスランは決して間違っていない。
今と良く似た状況を見たのは僅か数日前。
長くてもひと月は経過していないはずだ。
リビングに集まる仲間たち。
場違いなほど穏やかな表情でティータイムを楽しんでいるのは良しとしよう。
長い時間緊迫した空気に包まれているのは精神衛生上良くないし、この邸内は安全なのだから多少羽目を外していたところで問題はない。
だが、明らかに出かける前より人数が増えているのはどういうことか。
「アスランにシンだ。お帰りなさい」
「あ、あぁ。ただいま」
「お茶飲む? それとももう休む?」
「…………」
正直見なかったこといして眠ってしまいたい気持ちはある。
だが黙って見過ごすことができない状況がいくつか起きているこの状況を無視することはアスランにはできなかった。
キラの隣の椅子に座り形の良い足を優雅に組んでいる赤い髪の精霊は勿論なのだが、2人掛けのソファーにキラと一緒に座って彼女の腕にしがみついて離れないラクスに良く似た少女の存在を激しく問い質したい。
「ラクス…」
「私に聞かないでくださいな」
あっさり説明放棄されて思わずこめかみを押さえた。
そんなラクスはニコルと2人掛けソファーに腰を下ろしてハーブティーを味わっている。
いつもはどのような時であれキラの近くに座るはずのラクスだが、今回ばかりは少しばかり距離を隔てている。
それがキラの隣にいる少女に対しての配慮だということは良くわかる。
何故ならキラの腕に子供のようにしがみついている少女は、キラ以外に対して過剰なまでに怯えているのだ。
敵対していた相手なのだから無理もないだろうが、敵と対峙したくらいで怯えるような小者だったらアスランもラクスも今まで苦労していないのだが。
だがその様子が演技にも見えず、アスランは初めてふるふると震えている少女へと視線を向けた。
見た目はラクスに瓜二つ。生まれた時から一緒にいるアスランですら驚くほど酷似していた。
髪の色が若干彼女の方が濃いのと肩に届く程度しか長さがないことくらいで、同じ格好をしていたらすぐには分からないのではないかと思う。
ここまで似ていると間違えるなという方が難しいだろう。
成程、これがラクスの偽者かと思えば、アスランの視線を受けて少女――ミーアがびくりと震えた。
「どうしたの、ミーア。大丈夫だよ」
「キラ……」
「大丈夫だよ。アスラン優しいから」
安心させるようにミーアの頭を撫でるキラは、その少女が今回の事件の黒幕だということに気付いているのかどうか。
どちらにしろキラの態度が変わるとは思えないが。
何しろキラにはシンという前科がある。
ここで驚いていては長の伴侶などやっていられない。特に相手はキラなのだから。
だが確認しなければならないことはある。
精霊王の傍にいるはずのフレイ・アルスターがこの場にいることと、黒幕の1人であるラクスの偽者が拾ってきた子犬のようにキラにへばりついていることなど、笑って済ませるレベルではない。
「ニコル」
「…後で説明します」
返答が苦笑まじりなのは、ニコル自身もこの状況を甘んじて受け入れているわけではないからだろう。
ラクスに絶対的に従っているニコルだが、彼自身もラクスやキラの奔放さに慣れているわけではないのだ。
「じゃあ、お茶用意するね。ミーア、ちょっとごめんね。離してもらっていいかな」
「………いや」
「ちょっとだけだから」
短く切りそろえた髪を優しく撫でながら言うものの、ミーアはキラの腕を掴んだままふるふると首を振った。
精神的に極限な状態に陥っていたミーアは、ようやく少し落ち着いたもののやはりまだ不安定で、キラが視界から消えることを極端に恐れるようになってしまった。
敵対していた相手の本拠地にいるのだから当然なのだが、それ以上に生まれたての雛のように刷り込みでもされてしまったかのように、ミーアにとってキラという存在が自分にとって絶対になってしまったらしかった。
ラクスもニコルも今更ミーアに危害を加えようと言う意識はないのだが、とにかく全てのものに怯えているミーアに言っても信じてもらえないのだ。
ラクスは元からミーアと話したいと思っていたのだが、これでは会話は成立しないと理解して離れた距離から様子を窺っている。
その表情が少し曇っているのは、大好きなキラの傍にいられないからだろう。
そんなミーアの行動に少しだけ困ったように笑ったキラは、あっさりと白旗を揚げた。
怯えているミーアを一人にするのが可哀相ということもあるのだが、キラは元々世話焼きで可愛いものが大好きだ。
今のミーアは正にキラのツボに嵌っているのだろう。
「メイリン。悪いけど、アスランとシンにお茶用意してもらっていいかな」
「了解でーす。ミントティーとダージリンだったらどっちがいいですか」
「ダージリンで」
「俺も」
「はいはーい。ダージリン2人前ですね。少々お待ちくださいませ」
ふんふんと鼻歌を歌いながら厨房に消えていくメイリンは、多分この場の微妙な空気には気づいていない。
ついでに言えば脱力しまくったシンが抱えている人物の姿も目に入っていないに違いない。
一応仲間だったんだけどなと呟いたシンの声は、悲しいかな綺麗に黙殺されてしまったのだが。
シンの肩には相変わらず気を失ったままのレイがいる。
結構な時間が経っているのだが未だに意識が戻る気配がない。
本気で容赦がなかったんだなと認識したシンは、一歩間違えれば自分がこの立場に立たされていたことを考えてぷるぷると首を振った。
怖いことは考えないようにしよう。
アスランは扉の前から動く気配のないシンへと視線を移す。
「シン、いつまでも抱えていては邪魔だろう。空いている部屋にでも置いてくればいい」
「空いてるって…いいんですか?」
「構わない。ハロを一体見張りに置いておく。いいですね、ラクス」
「えぇ。ネイビーちゃんに頼んでおきますわ。大人しくしていればネイビーちゃんはとってもいい子ですから」
それはつまり、目が覚めたレイが何か行動を起こしたら容赦がないということなのだなと、短い付き合いながらラクスの性格を把握したシンは内心で冷や汗を拭った。
自分とレイの立場が違うのはわかるのだが…。
(大人しくしててくれよ)
自分を利用していただろう元同胞の身の安全を願ってしまうのは何故だろうか。
- 12.09.15