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水鏡の邂逅 03


(危ない危ない)

昼間の出来事を思い返して、キラは冷や汗を拭う。
どうにか上手く誤魔化せただろうか。
あの2人は目敏いから下手に嘘をつくとすぐにばれてしまうために、あまり嘘をつけないのだ。
だからキラが答えたのは、ある意味では真実だ。
外の世界を見るのは楽しい。
オーブの国民が楽しそうに日々を過ごしている姿は見ているだけで自分も幸せだし、オーブは気候の変化が顕著に現れるために毎日変化を遂げているから、その様子を眺めるのはキラの昔からの習慣でもある。
毎夜水鏡を見ているのはそれが理由ではないのだけれど。

(また…)

今夜も同じように水鏡が遠い国の姿を映し出す。
水鏡はオーブの守護神ハウメアの意思を映すと言われている。
では、この遠い異国は今後オーブと何らかの関わりを持つことになるのだろうか。
穏やかなオーブと違い活気溢れる国ザフト。
噂ほど好戦的な国には見えないし、何よりも辺境の島国を攻め入るほど領土が不足しているわけでもない。
何故かは気になるが、生憎それはキラが計りうることではない。
むしろこの見知らぬ国の様子はキラにとって十分すぎるほど興味を引かれるものなのだから。

城下町の活気溢れる様子も、港の賑わいもオーブとは違う。
時折小競り合い程度のことはあるけれど、だがそれもすぐ治まる。
犯罪も少ないし、国政もしっかりしている。
統治者は相当の実力者なのは間違いない。
水鏡は映し出す景色を少しずつ変えていき、そして見慣れた光景に変わる。
王都のある一室。
今日も藍色の髪の少年は机に向かったまま無表情に書類を眺めている。
この部屋の主は、どうやら1日の半分以上をこの部屋で過ごしているようだった。
最初は覗き見をしているようで気が進まなかったが、水鏡が執拗にその姿を映すためにどうしても気になってしまう。
躊躇いつつも覗き込めば彼は決まって執務中で、端整な顔を動かすことなく責務に励んでいる。
時折姿を見せる銀髪の友人らしき人物と話している時は多少表情が動くが、基本的にこの部屋を訪れる者は少なく、彼は常に1人で仕事をしているのだ。
その様子をキラは飽きることなく眺めている。
城下町にも港町にも心踊らされるものがあるが、この一室も不思議と目が離せない。
藍色の髪の少年が動くたび、キラの心は逸る。
どうしてだろう。彼はただ仕事をしているだけなのに。
殺風景過ぎるほど何もない執務室。黙々と仕事をしている姿は少年の実直さを象徴していて、見ているだけで飽きない。
ともすれば寝食すら忘れて仕事に没頭している彼の体調を気遣ったりしながらも、こうして彼の姿を眺めることがいつしかキラの楽しみになっていた。
着飾って舞踏会にでも出れば多くの貴婦人から黄色い声援を浴びるだろうに、どうやらそういうことは苦手のようで、一度だけ夜会にいる彼を見た時にはダンスの時間になった途端に逃げ出していってしまったほどである。

「ザフト帝国王太子、アスラン・ザラ、ね」

つい先日知ったばかりの名前を呟いて、キラはくすりと笑う。
不思議な縁だと思う。
自分は彼のことをこんなにも近くで見ることができるのに、彼は自分のことを何も知らない。
水面をそっと指でなぞれば小さな波紋が広がり映像を乱れさせる。
かすかに揺れる水面は、まるで自分の心みたいだ。
彼のことを思うと心が温かくなって、だけど切なさが胸に宿る。
彼は自分のことを知らない。それが、少しだけ寂しい。
知って欲しい、というわけではないのだけれど。
何故、水鏡は彼を映すのだろうか。
それが不思議でならない。

「アスラン…僕はキラ、だよ」

小さく呟く。
水鏡の向こうに囁くように。

すると――。



『―――?』


水面の彼がふと顔を上げた。

「?!」

何かを確認するかのように視線を彷徨わせた彼は、やがて小さくため息をついた。

『気のせい、か…?』

そう呟いた。
少年――アスランはだが腑に落ちない様子で首を傾げる。



『キラ……?』


不思議そうに呟いたその名に、キラの鼓動が強くなった。
聞こえたわけではないだろう。だが…。

(アスラン…)

何かが変わっていく。

そんな予感がした。


  • 07.10.18