見開かれた瞳に内心苦笑する。
今まで考えたことがなかったというよりも、想像すらしたことがなかったとでも言わんばかりのその様子に、彼女の中の自分は一体どういう存在なのかとわずかに不安になった。
こうして心のみの逢瀬を重ねて数ヶ月。
これほどまでに心を惹かれる相手はいないと断言できるのに、彼女の中ではそうではないのだろうか。
「俺だと、嫌…?」
一抹の不安を抱きつつそう訊ねてみれば、返ってきたのは激しい否定で安堵する。
よかったと笑みを浮かべればさっと頬が赤くなり、そんな純粋な仕草にも愛しさが募ってくる。
嫌われていないのはわかっていた。
彼女が浮かべる柔らかい笑顔。
自分を見つめる瞳には自惚れではなく親愛の情がこめられていて、彼女も少なからず自分のことを思ってくれているのだろうとは察していた。
だが、男にとって一世一代のプロポーズだ。
どれほどの確信があろうと不安がないわけではない。
「嫌じゃなくて…その、急だったからびっくりして…」
「あぁ、そうか」
真っ赤になって狼狽える彼女がとても愛しい。
そういえば2人の間でそれらしい話をしたことが一度もなかった。
アスランに生涯の伴侶とするならば彼女しかいないと思っての言葉だったが、心の準備もないままプロポーズされたとなれば、まだ16歳のキラは相当驚いたのだろう。
安心させるように小さな手を取れば、向けられた綺麗な菫。
深く澄んだ瞳はそのまま彼女の内面を表しているようで、やはり綺麗だと見惚れてしまう。
初めて会ったときに惹かれたのは、眠る姿。
次に惹かれたのは見事な菫色の瞳。
真実を見抜くような澄んだ輝きに一瞬で魂ごと捕われた。
その瞳がかすかに潤んで見えるのは気のせいではないだろう。
躊躇うように彷徨う視線は彼女の心情が如実に表れていて、アスランのプロポーズに困惑しているのはすぐにわかった。
「急すぎたかな?」
「そうじゃなくて、あの…すごく嬉しかったんだけど、僕の事情というか環境というか…えぇと何と言うかつまり僕のいる立場がちょっと複雑なものだから、僕の一存だけだと答えられないというか答えちゃいけないというか…」
「キラ。大丈夫だから落ち着いて」
話しながら混乱してきたらしいキラを宥めるようにそっと抱きしめると、一瞬緊張させたもののすぐにふわりとしなだれかかってくる。
そんな姿にたとえようもない愛しさを感じながら、大人しくなったキラの言葉を待てば、ようやくぽつぽつと事情を説明してくれた。
今まで暗黙の了解のように話されなかったキラの身分。
アスランにザフトの王太子としての役割があるように、キラにはオーブで課せられた役割があるのだと、そのとき初めて知った。
「斎姫?」
耳慣れない言葉にかすかに首を傾げれば、腕の中のキラが小さく頷いた。
「オーブの王族の中から1人だけ選ばれる、神に仕える巫女のことなんだけど。別に婚姻を禁止されてるわけじゃないんだ。実際巫女達の中でも結婚する人達は少なくないし。過去にも斎姫が代替わりして結婚するという例はなかったわけじゃないし…。ただ、ちょっと僕の場合特殊というか何というか…」
またもや彷徨わせる視線に内心不安が隠せない。
断られると思っていなかった――いや、思いたくなかった。
自分が想っているようにキラも又自分のことを想ってくれると信じていたから。
「オーブの斎姫を国外に嫁がせるわけにいかない、と?」
「う…ん。一応国の神事を司る要、だからなのかな。僕自身は何の力もない普通の人間なんだけどね」
ただでさえ他国との親交を持たない国だ。
小さな島国でありながらも開国以来数千年という長い期間、一度も侵略の憂き目にあったことがない奇蹟の国。
神に守られた国と呼ばれるだけあって、神殿の存在は大きなものなのだろう。
しかも、キラは神託によって斎姫に選ばれたという稀有の存在だという。
オーブがそう簡単に手放すとは思えないが、だからといってアスランが諦めることなどできるわけがない。
ようやく出会えた運命の相手。
一生を神殿の奥で過ごすことを定められた斎姫と、遠く海を隔てた大国の王太子。
通常ならば出会うはずのない2人。
常識では考えられないようなこの逢瀬は、ハウメアの悪戯なのだと言われた。
それならば、自分達の邂逅は神が定めたものなのではないか。
「キラ。俺を信じてほしい」
「アスラン?」
「たとえどれだけ反対されようと、俺は決して諦めない。必ず君を迎えに来る。だから俺を信じて待っていてくれないか?」
ザフトにとってオーブとは半ば神格化された国だ。
国交も結んでいないし、また結ぶ利益も特にない。
その国の秘された姫君を妻に迎えたいと言ったところで、すんなりと承諾を得られるとは思っていない。
むしろラクスとの婚約が内密に進んでいるとなれば反対される可能性の方が高いだろう。
ザフトと同盟を結びたいと望んでいる国は近隣にも多数ある。
それらを一蹴しておきながら、同盟を結ぶ価値のない遠国の姫との婚姻となれば、おそらく多少なりとも混乱を生じるはずだ。
オーブだけでなくザフトでも問題は山積であることは間違いない。
だが、どうあっても諦めることなどできない。
出会えたことが運命ならば必ず叶うはずだ。
「約束する」
「アスラン…」
ふわりと微笑む菫色の瞳に口吻を落とした。
- 09.07.28