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花霞の逢瀬 03


どれだけの時間そうしていただろうか。
少女との会話はひどく心が安らいで、出会ったばかりだというのが信じられないほど打ち解けていた。
だが、何事にも終わりはあるわけで、特にこの不可思議な状況の中、この邂逅が永遠に続くはずはなかった。

ふと――。

目の前の光景がぼんやり霞がかって見えて、アスランは思わず瞬きをした。
最初は錯覚かと思った。
だがどうやらそうではないようで。
今まで色鮮やかだった景色が霧に包まれていくかのように消えていくのを認識した途端、アスランの口から知らずため息がついて出た。
ふと隣のキラを見ると、その双眸が大きく見開かれている。
別れの予感を感じているだけではないということに気付き、また、見据えているのはアスラン自身だと察して己を見下ろすと、自身の身体までもが景色に同化するかのように消えかけていた。

「これは――」
「…多分、アスランの目が覚めるんだと思う」
「キラ?」
「これは夢だから。だから…」

お別れだね、と呟く声はか細く。
見上げる菫色の瞳はかすかに潤んでいる。

「別れ…」

告げられた言葉がひどく切ない。
夢の中のわずかな邂逅。
不思議な縁だと感じた。それがひどく嬉しかった。
このまま別れたら、次はいつ会えるかなんて保障はない。
神の気紛れなのだとしたら尚のことだ。
アスランは消え行く己の身体を見下ろし、かろうじて実体を残している右手に嵌められた指輪を素早く抜き取った。
消えないでくれと願いながら、それをキラに差し出す。
幸いなことに実体を残したままキラの手の平に落ちたそれにわずかな願いを込めながら、アスランは目の前の少女を見つめる。

「預かっていてくれ。――次に会う時まで」

か細い約束。だがそれに縋りつきたい思いを受け取ってくれたのか、目の前の少女が嬉しそうに頷いた。
大切そうに指輪を両手で包み込む姿に安堵し、アスランの意識は霞の中に消えていった。

残されたキラの手元には消滅を免れた小さな約束の証が一つ。
黄金細工が見事なそれにはザフトの紋章が刻まれており、アスランの身分を証明する重要なものだった。
キラはその事実を知らない。
だが、こうして出会えた記念に――また、再会の約束として預けられたそれを愛しそうに抱きしめた。

「アスラン…」

風に乗ってこの声が届けばいい。
そう願いながら――。





   ◇◆◇   ◇◆◇





「――ラン、アスラン!」

大きく身体を揺さぶられて、アスランは否応なく覚醒を促された。
目を開ければそこは自分の執務室で、目の前には幼馴染であり補佐であるラスティの橙色の髪の色。

「寝るなら部屋に戻れよ。今からそんな仕事漬けになってどうするんだ」

呆れたような幼馴染の声を、だがアスランはこのときほとんど聞いていなかった。

(やはり、夢だったのか…)

わかってはいたが、やはり落胆は隠せないもので。
あの奇蹟のように美しい少女は夢の中の住人だったのだと再確認してしまえば、心に言いようのない虚しさが募る。
一目で心を奪われた。
あの美しい姿に、見上げる菫色の瞳に、そしてあどけない笑顔に。
どのような美姫を前にしても微塵も動かなかった自分の心が、可笑しいほどに幾度となく波立って。
隣にいるだけで心が満たされるような幸福は、おそらく生まれてから一度も経験したことのないものだった。
理想の女性に会えたと思ったのに、それがすべて夢だったとわかった落胆は大きい。
とてもじゃないがラスティの小言など聞いていられる状況ではない。
そんなアスランの心境などまったくお構いなしに懇々と小言を言っているラスティだったが、不意にあることに気付いて言葉を止めた。

「あれ?」

不思議そうな声に視線を向ければ、ラスティはアスランの手を指差していて。

「指輪、どこにやったんだお前?」

その声に促されるまま視線を移すと、成人の儀以降片時も外すことのなかった指輪が姿を消していた。
右手の中指に嵌められていた、ザフト帝国次期王位継承者である証の指輪。
それがなくなっていた。
慌てて椅子から立ち上がれば、はらりと机に舞い散る小さな薄紅色の花弁。

「?!」

オーブの国花であり、オーブのみに自生するという桜の花弁。
いくら貿易が盛んなザフトでも決して手に入らないそれに、アスランの目が大きく見開かれる。
失われた指輪。身体に付着していた桜の花弁。
それが導き出すものとは…。

「夢じゃ、ない…?」


  • 08.04.11