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Continued Story 04


「でも、わっかんねえな」
「何がです?」

タケルの言葉にシンが怪訝そうに振り返る。
シンは途中で合流したカムイとタケルを伴い廊下を歩いている。
普通に歩いているように見えるが、テロリストがこの場所にいないことは確認済みだ。
何せつい先程2人ほど気絶させて縛って空き教室に転がしておいたのだから。
本当ならばシンが2人とも相手をするつもりだったのだが、1人を沈めている間にカムイがあっさりともう1人を捕縛していた。
あまりにもあっさりすぎてシンが拍子抜けしたほどだったが、そういえばカムイはいくつか武道を嗜んでいると聞いたことがある。
身のこなしや技の速さを考えると実力は四聖獣に匹敵するかもしれない。
そしてタケルは頭脳労働が得意と豪語するだけあって完全に傍観者だった。
それでもシン達の足手まといにならない場所に避難しているだけあって、状況判断には優れているらしい。
シンは今まで知っていたつもりでこの友人達についてあまり知らなかったのだと認識させられた。
もっともそれは悪い気分がするものではなかったけれど。
タケルは不思議そうに首を傾げるシンに言葉を続けた。

「シンってそんなに身のこなし素早くて腕も立つのに、何で階段踏み外したり何もないところで転んだりするわけ?」
「……」

そんなのシンが教えてほしいぐらいである。
シン自身はぼんやりしているつもりはないのだが、確かに階段でつまづいたりしてカムイやタケルに支えられたことは正直少なくない。
運動神経が悪いわけではないし、学校だからと演技をしているわけでもないのに、どうしてかシンは任務以外では少々抜けてしまうようだ。
以前にもゴウやレイに指摘されたこともあり気をつけているのだが、こればかりは意識してやっていない以上どうやっても治らない。

「…さて、ここまではいいとして、いつまでも小者ばかり相手にしていも時間の無駄ですよね」

あからさまにタケルの言葉を無視して、シンは扉の隙間からカフェテラスを観察する。
周辺に散らばっていた部下はほぼ捕まえたと言っていいだろう。
咄嗟の包囲状態を考えれば学校内で被害に遭っているのはシンがいた本校舎だけだろう。
学内には他にも第一校舎や特別校舎などがあるが、そちらは本校舎から離れているために被害にあっている可能性は低いと考えて良い。
元々追放を恐れて隠匿していた連中だ。
国内でも有数の規模を誇る大学を全占拠できるだけの人数がいるとも思えず、その人数に渡すだけの武器を所持しているとも思えない。
ユダが政権を担ってから武器の所持は厳しく管理されることになったのだ。
クーデターを起こすだけの武器を集めているとなればユダやシンの耳に入ってこないはずがない。
だからこそ危険なのはこの本校舎に残っている教授や生徒だけのはず。
それこそカフェテリアにいる人数だけだ。
対して敵は詳細な人数こそ不明だが、シン達が既に10人以上の男を捕えていることを考えれば、残る人数は少数だろう。
おそらくカフェテリア内部にいる人数だけではないだろうか。
せいぜい5〜6人。
多少腕に覚えがあるかもしれないが、所詮烏合の衆だ。
正式に訓練を受けたシンの敵ではない。

「さて、どうするか」
「そうですね…」

カムイとタケルを説得することは既に諦めた。
正直戦力が増えればその分だけ人質を危険から守ることができる。
タケルは戦力にならないが、人質を誘導するには最適な人物だ。
扉から様子を伺いながら頭の中で行動パターンを分析していると、不意にカフェテラスの中が騒がしくなった。
ふわりと翻るカーテンと、一瞬で広がった煙。

「何だ?」
「まさか…」

この状況は知っている。
煙で敵の目を霍乱し一瞬の隙をついて相手を倒すのは、シンの同僚2人が得意とする方法だ。
事件が報道されてから時間が経っていないために無理だと思っていたが、あの2人が来てくれたのだろう。
確認するまでもなく、シンは扉からカフェテラスへと侵入した。
室内は煙に巻かれているが、予想通り催涙弾ではなくただの煙幕だった。
吸い過ぎれば喉を痛めることはあるが、基本的に人体に害はない。
カチャリと激鉄を下ろす音と何かを殴打する音が同時に聞こえ確信した。
シンは2人に動かないように言及して煙の中へ身を投じた。
気配には聡いシンだ。
視界が利かなくても敵意を纏った人物だけを攻撃することは難しくない。
恐怖に震える人質の悲鳴を耳にしながら、動かないようにと静かに諭しシンは確実に敵を叩き伏せていく。
シンが倒したのは2人。
だが恐らくテロリストは全員捕縛されているだろう。
シンは同僚の腕を信頼している。

ゆっくりと消えていく煙にカフェテリアの窓が開いたのだと知る。
クリアになる視界には立っている人影が2つだけ。
人質は咄嗟に床に伏せるように指示していたのだろう。
抜かりのない彼らしい行動だ。
やがてすっかり煙の消えた室内には目立った外傷のない人質の姿と、床に倒れ動かないテロリスト。
そして彼らを見下ろす同僚の姿があった。
シンより若干年下の彼らは、一見すれば学生にしか見えない。
カムイが警戒してシンの腕を引くが、シンは大丈夫と小さく笑う。

「レイ、ガイ」

シンが声をかけると2人が振り返った。
1人は艶やかな美女。
もう1人は元気そうな少年だった。
学生ではないはずだ。
少年はともかくここまでの美女なら学内で話題にならないはずがない。
情報通だと自負しているタケルが知らないのだから、それは間違っていないはずだ。

「知り合い?」
「えぇ。私の家族です」

タケルの問いに柔らかい笑顔でシンが答える。
兄弟にはとても見えないが、家族と言われれば納得である。
タケルはシンが孤児であることを知っている。

「来てくれたのですね」
「勿論ですよ。シンに怪我がなくて何よりです」

そう言って花のような笑顔を浮かべたのはレイ。

「シンが人質の中にいるの知ってびっくりしたぜ」

悪戯っぽく笑ってそう言うのはガイ。
どちらもシンが幼い頃から心を許す同僚であり友人であり家族だ。

「カムイ、タケル。彼らはレイとガイと言って、兄弟のように育った私の家族です」

シンの表情はどこか嬉しそうだ。
家族と呼べることが嬉しいのだろうか。言われた2人もどことなく嬉しそうなので間違いないだろう。

「貴方たちがカムイとタケルですか。シンからよく聞いていました。とても頼りになる友人だと」

そう言ってレイが微笑む。
シンの清楚な笑顔とは違う、華やかな笑顔。
女性だと思ったが、身体のラインや声の調子からどうやら男性だったらしい。
勿体ないと呟くのはタケル。
美しい男性もいいけれど、美女の方が嬉しいと思ってしまうのは男心というやつだ。

「そういえばさシン、ユダに内緒で出かけただろ。機嫌悪かったぜ」

その言葉にシンの眉が下がる。
言えば多分反対されると思ったのだ。
シンにしてみればもう学校に復学するつもりはなかったのだ。
休学していればそれだけ学費もかかる。
奨学生として入学して学校を休学するなんてもってのほかだし、恐らく奨学金は打ち切られるだろう。
そうなれば無駄に学費を払い続けることになるかもしれない。
勿論学費を払うのはユダだ。休学届けを出す際にユダがそう手続きをしてしまったのだ。
戻るつもりのない学校なのだからいっそ辞めてしまえばいいと思ってユダに話したのは、ユダが即位してすぐのことだ。
シンにしてみれば当然のこと。
勉強は学校でなくても出来るし、学力だけならばシンは大学レベルの勉強などとっくの昔に終了している。
そう言ったのだがユダに却下されていたのだ。
ユダにとってははした金だろうけれど、シンにとって大学の費用は大金だ。
自分にそんな無駄金は出してほしくないと思い、ユダに内緒で退学届けを出しに来たのだが。
結果として事件に巻き込まれることになってしまった。

「あの…ユダは心配…」
「勿論してるぜ。自分が出るって言って聞かなかったから押し止めてくるのが大変だったんだからな。あー、でも、今頃は到着しちゃってるかも。うん」

軽く遠い目をするガイにシンは申し訳なさそうに視線を伏せる。
自分のことで多忙なユダを煩わせてしまったのかと思えば申し訳なさで一杯になる。
もっともガイが大変だったのは言葉の通りシンを心配するあまり暴走しそうなユダを押し留めることのみだったが。
ガイやレイはシンがこの程度の人数など問題にならないことを良く知っている。
ユダも当然シンの実力は知っているはずなのだが、信頼と愛情は別物らしい。
愛しいシンが危険な場所にいるということが既に耐えられなかったようだ。
「あいつら全員ぶっ潰す」という国家元首としてはありえない暴言を吐くユダを、ユダが出ていったら問題が悪化する、それはシンの本位ではない、シンは絶対自分たちがかすり傷一つなく連れて帰るから頼むから城で大人しく待っていてくれと宥めるのはそりゃあもう大変だった。
とりあえずユダがシンに次いで甘いマヤに監視を頼んでおいたけれど、さてどれくらい持つのかガイには分からない。
とりあえず足止めになればいいかな程度だったので、もしかしたらそろそろ到着するかもしれない。

「まぁ、頑張れ」

ポンと肩を叩いたのは今回の件に対する労いでは勿論ない。
むしろシンにとって受難なのは間違いなくこの後の展開だろう。
ユダに何も言わずに出かけていったシンがそもそも悪いのだ。
それさえなければここまで心配されることもないだろうに…多分。
せめてもの情けで、明日は休暇にしてあげよう。
窓の外に溢れるマスコミ、その中に頭一つ高い見慣れた姿があることを確認して、ガイはそう思った。


  • 10.10.08