ゼウスの国外逃亡と廃嫡された大公の子息ユダの即位は異例の報道として世界中を驚かせた。
ルシファーがもたらしたゼウスの汚職の証拠は国連を動かし、国を揺るがすほどの大きな事件になっていたのだが、ルシファーが国連の密命を得て入国を果たしたことを察知したゼウスが雲隠れするように逃亡。
国外へ脱出したことだけは確かなのだが、どこをどう探してもゼウスの動向は掴むことはできず、又、汚職の内容は各国にも多少なりとも影響あるもので、できることなら隠しておきたいという他国の要望もあってか、ゼウスの大公位を剥奪、息子のユダが国連の総意を受けて即位することで一連の終結がついた。
元から圧倒的な国民の支持を受けているユダの即位は、絶大な歓迎の中で執り行われた。
即位式もそこそこに新しい楽園を築くという国是を掲げたユダの姿は凛々しくも雄々しくも映り、多くの国から彼の治世に期待を抱くという評価を得た。
そんな新たな国主であるユダを補佐するのは当然弟でありゼウスと対立していた当時からの腹心でもあるルカであるが、カメラに映らない後方で新大公を守るべく控えている4人の姿も当然そこにはあった。
大公と同じくまだ若年と呼べるであろう見目麗しい青年の姿に気づいた者はどれほどか、ひっそりとまるで影になるように控えている青年達の素性を知る者はまだ誰もいない。
◇◆◇ ◇◆◇
「あれ? シンはどこへ行きましたか?」
いつもの執務室の中。
親友の姿が見えないことに気づいたレイは、僅かに首を傾げた。
必ずと言っていいほどユダの傍に控えているはずの彼が、今朝から姿を見せていない。
非番というわけではないだろう。
彼らは皆休日返上で働いているし、余程のことがない限り休憩も碌に取らないのが現状だ。
特にシンはともすれば寝食すら忘れて仕事に没頭するユダをフォローする立場にあるので、今この時期にユダの傍を離れるとも考えにくい。
体調不良というわけでもないだろうし、と親友に関してだけは過保護になってしまうレイは不在の理由を考えようとしていたが、答えは隣からあっさりと返ってきた。
「シンは大学だ」
「大学って…今この時期にですか?」
シンが現役の学生であることはレイも知っている。
暗殺者だった当時の素性を隠すための世を忍ぶ仮の姿というやつだったのだが、元々勉強好きのシンである。
かなり好んで大学に通っていたことはレイ自身も知っていたし、まだ学びたいことが沢山あることも勿論知っていた。
単位のことを考えればいつまでも休学していられないのも当然、おそらくは復学の手続きか、それとも休学の理由を説明に行っているのだろうとは思うけれど、日々をユダの為に働けることへの喜びに満ちていたシンの姿を思い出せば、この忙しい時期にわざわざ大学へ出かける理由も思いつかない。
手続き一つならば電話でもすむし、そうでなくてももう少し後でも大丈夫なのではないだろうか。
確かにそろそろ復学しないと単位が足りないという話はしたけれど、シンが優先するのは大学よりもユダだろうというのがレイの頭にはあったので、シンがわざわざ大学へ赴いた理由がよくわからないのだ。
そんなレイの思考がわかったのか、ゴウが苦笑した。
「退学届けを出してくるそうだ」
「退学って、シンが?!」
「あぁ。ユダの補佐官として働くことが決まったのだからいつまでも大学に通っている状況ではないということらしい。ユダは卒業するように諭したのだが、シンの決意は固かった。善は急げと朝一番で出かけたということだ。正午には戻ると書置きが置いてあったから間もなく戻ってくるだろう」
やれやれと肩をすくめたのはルカだ。
シンとは一緒に暮らしていたこともあるせいか、彼の思考はよく理解しているらしい。
「まぁシンらしいと言えばらしいですよね。どうせ大学に戻るよりユダの傍にいたいというのが本音でしょうけど」
「おや、レイもそう思うか」
「はい。そんなの見てれば丸分かりですよ。あんなに可愛らしいシンなんて、僕だって滅多に見たことないんですから」
シンがユダに惹かれていたのは知っていた。
生まれた時から一緒にいるのだ。
そのくらい気づかなくてどうして親友を名乗っていられよう。
だから今回の結果はシンにとっては勿論だが、レイにとっても喜ばしいことだった。
いつも何か憂いを秘めた表情をしていた親友が頬を染めて幸せそうに笑う姿なんて、ほとんど見たことがなかったのだから。
片時も離れていたくない気持ちもわかる。
そのためなら大好きだった大学を中退することも厭わないのだろう。
本当にシンらしい。
「でも、そうするとあと1時間ほどですか。大学側が素直に解放してくれればいいですけどね」
何せシンは優秀な学生だったのだ。
大学の奨学制度を利用していたということは、成績が学年でも常に上位だということ。
教授から論文の助力を乞われることも多々あった経緯を考えると、大学側がそう簡単に手放すとは思えないのだが。
まぁシンの決意は固いだろうから、どれだけ引き止められようともいざとなったらあっさり見捨てて帰ってきてしまうだろうけれど。
昼には戻るということは、もう間もなく時間だ。
帰ってきたらいきさつを聞いてみるのも面白いかもしれない、などと思いながら何とはなしにテレビのスイッチをつけた。
もう間もなく正午のニュースが始まるだろうと思ったのだ。
連日ユダ即位のニュースばかりが報道されて少々食傷気味だったのだが、国際情勢を知るためには情報は多いほうがいい。
またユダを神の愛し子の如く褒め称えるニュースだろうかと思いながら、だがその場にいた全員は映った画面に視線を奪われた。
『――臨時ニュースが入りました。本日午前11時40分。オリンポス国立大学に武装した集団が侵入。構内に残っていた教授と生徒数十人を人質に立てこもっております。犯人は過日廃止したカジノを経営していたマフィアの一味と見られており――』
犯人グループから届いた映像だろう、大学のカフェテラスに集められた生徒達の中に見慣れた淡い水色の髪を認め、ユダの手の中でペンが砕けた。
- 10.02.11