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血の絆 12


2人が森に消えてから数時間。そろそろ終わった頃合いだろうと迎えに赴けば、そこにいたのは抱き潰されくったりと意識を失った最愛の弟と、そんな弟を抱きしめ満足そうに笑む『人間』のままのユダだった。
大気に溶けてしまったとは言え未だ残る濃密な情事の気配に、確実にコトは起きたのだとわかるのに、目の前にいる男は未だ人間のまま。
その代わりと言っては何だがシンは爪の先まで余すところなくユダの生気に染まっていた。
嘘だろう。ルカは思わず呟いた。吸血鬼を人間が抱き潰す、そんなことがありえるのか。
いくらシンが穏やかな性格とは言っても化生の存在だ。しかもルカと同じく希少種の吸血鬼。半妖とは言え父親は純血種でその血統も能力も異形の中ではかなりの上位に位置する化け物だ。
どれほど優れた人間であろうと勝てるはずがない。兎が獅子に勝てないのと同様だ。種族が違うのだ。当然だろう。
そんなシンが化生としての本能を発揮することもできずに潰された。人間であるユダによって。
目の前にいるのは本当に人間なのだろうか。ルカはこの男が自分以上の化生の存在であるように思えた。人間に対して驚くべき酷薄な感情も、1つのものに対する激しい執着も、人間よりも自分達によほど近い。だからこそルカが気に入ったのだが、少し甘く見ていたのかもしれない。
まさかシンに己の本能すら目覚めさせないレベルで執着していたとは。
我が弟ながらとんでもない男に惚れられたものだ。
それにしても…。

「お前は馬鹿か」

思わず第一声がそれでも仕方ない。
眷属になれ、シンの血を飲めとあれだけ言っておいたにも関わらずこの体たらくだ。怒っても良いだろう。特に大事な弟を初体験で抱き潰すような野獣には。

「『シンの意思』で血を飲ませてもらえと言っておいただろう。抱き潰してどうする。意識がなければただの毒だと言ったのを忘れたとは言わせないぞ」
「い、いやそれは」
「シンの身体は悦かったか。そうかそうか。理性も何もかも吹き飛ぶ程には相性が良かったようだで何よりだ。だが、兄としては初めてのシンを気遣う余裕も少しくらい残しておいてもらいたかったな」
「…面目ない」

言葉に棘があるのは仕方ない。この件に関して元凶は目の前のこの男なのだから。
もう少し理性を働かせろこの性欲魔人と罵っても良いくらいだ。言わないが。
お陰で万年ガス欠状態だったシンは余すところなく生気に満ち溢れて眠っているだけなのに輝かんばかりの美しさだ。今にも消えてしまいそうなシンしか見てなかったルカにとって消滅の心配がなくなったシンの姿を見ることが出来ただけでも僥倖である。
何よりもユダの腕に抱かれて眠るシンの顔が見たこともなく幸せそうで兄としてはやはり喜ばしい。

「さて、このまま帰るという手もありだが二度手間は面倒だ」

シンの性格を考えると素面の状態で儀式を行わせるのは難しい。ここはどのような形であっても儀式は終わらせておきたい。

「シン、シン。起きなさい」

ユダの腕の中にいるシンの頬を数回軽く叩く。

「ん……」

うっすらと開かれた瞳は鮮やかな黄金。情事の名残を残す潤んだ瞳の焦点は合っておらずおそらく夢うつつの状態なのだろう。それでも一応起きているから大丈夫だろう。

「ル、カ…?」
「ああ、私だ。シン。ほら、君の伴侶が血を欲しがっているぞ」
「伴侶…ユダ……?」
「そうだ。君の唯一の伴侶だ」
「私の、唯一の、伴侶…」

ルカの言葉を反芻するように呟き、ゆるりと視線が動く。己を腕に抱くユダの認め今にも閉じそうだった瞳に甘い色が浮かぶ。

「ユダ…」

子供のようにへにゃりと笑うシンがユダに手を差し伸べる。乞われるままに唇を寄せ花弁のような唇に触れる。ふっくらと柔らかいそれを啄めば満足そうに笑うその姿はあまりにも無垢で、甘く蕩けた瞳さえなければ天使のようだ。

「ほら。早くしないとユダが困ってしまうよ」

唇を寄せたままかくん、と船を漕ぎ始めたシンにルカが再度囁きかける。目を開けているのもつらいのだろう。元凶であるユダに何度目になるかわからない非難の視線を向けつつも弟のためにとルカは言葉を紡ぐ。

「君の伴侶に血を分けるのは大事なことだ。私もレイに分け与えているだろう。さあ、手を出して」
「はい…」

ルカの言葉に疑うことなくシンはルカへと手を差し伸べる。白魚のようなと呼ぶのに相応しいシンの繊細な指先にルカがすっと己の爪を滑らせる。音もなく切れたそこから赤い雫が溢れ手首へと流れていく。

「ユダ、どうぞ」

情欲の名残を残したままの瞳をうっとりと緩ませて目の前に差し出されたそれをユダは躊躇なく口に含んだ。鉄錆の味がすると思われたそれは予想に反して蜜のように甘かった。少量の血液を丹念に舐め取り舌先で味わい唾液と共に嚥下する。喉を通り抜ける熱はアルコールのそれと良く似ていて、それよりももっと甘露だった。

「これは…!」

全身に広がる熱を感じるように目を閉じて大きく息を吸う。
自分以外の生き物の気配や空気の流れが今までと比べものにならないほどはっきりと感じ取れる。集中すれば遙か遠くの人間の気配まで探れるだろう。五感だけでなく全身が全く別の何かへと転じたのだと理解するには十分だ。
何よりも己の中に感じる強い契約に思わず口角が上がる。暖かく息づくそれはシンのものだ。心臓に絡みつくように刻まれたそれはシンの所有印。己がシンの眷属であり伴侶であることを証明するものだ。これが欲しかった。
開いた瞳は以前よりも深い色味を増した碧。外見は何も変わらない。ただ纏う気の密度が増しただけだ。
腕の中にはとうとう睡魔に負けてしまったシンがユダの胸に凭れかかるように安らかな寝息を立てている。

「間に合ったか?」
「あぁ」

あと数秒遅ければ眷属になるどころか猛毒によって死亡していたところだが間一髪だったらしい。

「何ともいえない間抜けな契約だったが、これで晴れて私の『義弟』だな」

呆れた口調でそう言うものの、ルカとて眷属を迎えたのはただの一度。しかも自分達以外の同族に会ったこともないのでどこかの世界にはこんな契約が行われた事例もあったかもしれない。知りたいとは思わないけど。

「そうだな。末永くよろしく頼むよ。『お義兄さん』」
「そうだな。先は長いんだ。家族4人仲良くやっていこう」

こうしてユダとシンの契約は終了したのだが夢うつつの状態だったシンは当然ながらこの顛末を覚えておらず、気が付いたら己に眷属が出来ていて更に永遠の伴侶として契約を交わしていたことに驚き、「一体いつの間に!? いえ、ユダの伴侶になれるのは嬉しいのでそれはいいんですけど!! でも何も覚えてないなんて!!」と頭を抱えることになるのだが、シンが真実を知ることはない。




  • 17.09.14