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Fairy tale 序章 01


深い、深い闇があった。
すべてのものが月光に照らされているこの場所で、それはほんの微弱な光すらも侵入を拒んでいるかのように、一寸先すらも見えないほどの暗黒だった。
不思議な光景だった。
天界の一つであるこの天妖界は、別名影月界と呼ばれるほど、月光――すなわち月の恩恵を受けている。
天妖界の力の源は――光。
それも激しく照りつける太陽の陽光ではなく、すべてのものを穏やかに包み込む月光である。
光があれば影ができるという法則は、自然界のみならず天界でも当然の現象であり、それ自体は不思議な光景ではなかった。
だが、あくまでも影は影であり、光を脅かすほどの存在とはなり得ようがない。
闇が光を拒絶する。
月光の化身と呼ばれる人物が統治するこの世界で、その光景はあまりにも異様だった。
そしてその闇が、物体の影などにより自然に生じたものでないということも、その異様さを際立たせていた。
統治者の象徴ともいえる月光を脅かすほどの力など、この世界に存在しない。
だが、それが今、目の前にある。
そのことがどのような意味を持つか、彼らは知っていた。

いつどこで、どのような方法でこの場所に現れたのだろうか。
つい先程までその場所には確かに人影など存在していなかった。
突然その場所に降り立ったのは、総勢5人の少年たちだった。
すくなくとも外見上は。
この世界では、必ずしも外見年齢と実際の年齢が比例するわけではないので、一見しただけでは彼らの年齢を窺い知ることは不可能だ。
だが彼らの身に纏う雰囲気から、外見通りの年齢でないことだけは確かだった。
悠然と闇を見下ろしているその顔は自信に満ちていて、彼らの実力の甚大さを物語っている。
原因の闇に近すぎず、また遠すぎない距離にある切り立った崖の上に、彼らは立っていた。
決して目立たないような場所ではない。崖下に広がっているのは、高木一つ見当たらないほどの草原。
彼らの他に人の姿は見当たらない。
当然である。ここは人の生活する区域からは遠く離れた場所であり、昼間ならまだしも夜も深まったこの時間に、好んで訪れる人がいるような場所ではなかった。
さらに上空から降り注いでくる冷ややかな光。
それが満月ともなれば遮るものすらない崖の上に立っている彼らの姿など、すぐに見つかってしまう。
だが彼らは上手くその存在を消していた。
正確には、自分たちの気配を、である。
彼らは自分たちの姿を隠そうとなどしていないのだ。
こちらに注意を向けてもいない存在に対して、自分たちがどれだけ姿を晒していようとも、それは問題ではない。
問題になりようがないのだ。相手は見てなどいないのだから。
闇の中に籠もって光を恐れているような相手に、わざわざ姿を隠す必要などないだろう。
問題は相手に気配を察知されないことだ。
だからは彼らは気配だけど消している。
目的を達成するためには、まだ相手に気付かれるわけにはいかないのだ。

「いかにも怪しいですって、自分から暴露してるよなー、これって」

切り立った崖の上で、1人の少年が腕を組んだまま呑気に呟いた。
気の強そうな外見をした、だがどこか無邪気さを纏っている。
赤い髪を吹き付ける風になびかせて、挑戦的な笑みを口元に浮かべた。

「にゃんか、俺たちの敵じゃないって感じだね」
「決め付けるのは、まだ早いよ」

楽天的な言葉を窘めるように、静かな声が告げた。

「ただの魔族だけなら、彼女がわざわざ僕たちに命じるはずがないだろう。英二は物事を軽く見すぎる傾向があるから注意しないと。何かあってから後悔しても遅いよ?」
「わかってるよっ、不二のいじわる」

英二はぷくっと頬をふくらませた。そんな仕草はひどく彼に似合っていて、不二は思わず口元に笑みを浮かべた。
色素の薄い髪に、同色の瞳。穏やかな顔立ちから想像できないほど強大な実力を持つ不二は、物事を多方面から見ることに長けていた。
英二は直情的なタイプで、よく言えば一途悪く言えば短絡思考な持ち主である。
対照的な2人だが、実はかなり仲がいい。

「わかったぞ」

先程から闇の様子を凝視していた1人がそう言って顔を上げた。

「どうだ、大石?」
「やっぱりあれは結界だ。それもただの魔族が作ったにしては高度な。俺たちが作るものと大差はないだろう。つまり、それだけ実力のある奴が作ったってことになる」
「じゃあ、あれを消すのは簡単にはいかないということか…」

大石の隣に立つ長身の男が、そう呟く。

「いや、そんなことはないぞ手塚」
「だが…」
「確かに結界自体は強力なものだけど、維持する力は働いてない。作った当初と違い、居間なら簡単な衝撃だけで崩れるだろう」

たとえどんなに強固な結界を作り上げたとしても、それを維持しなければ結界の強度は弱まっていく。
そうなれば外部からわずかな力が加わっただけで、その結果伊は力の平行を失い消えうせてしまうのだ。
結界を作ることのできる人物ならば、当然知っているべき基本中の基本だ。
それが行われていないということは、大石の言う通りこの結界を作った人物はもうこの場にいないのだろう。

「ってことは、あの中にいる奴らは、俺たちの敵じゃないってことだね」
「断言はできないけどな」

ほぼ間違いはないだろう、と大石が答える。

「んじゃあ、さっさと片付けちゃいますか」

英二が大きく伸びをして自分の足元で呑気に座っている少年の頭を叩いた。

「さーておチビ。出番出番! この結界を吹っ飛ばしてくんろー」
「何で俺なんすか?」

頭を叩かれたことかおチビと呼ばれたことか、それとも突然指名されたことか。不機嫌そうにリョーマは英二を見上げる。

「そーんなの、理由は簡単。俺たち4人って命令だったのに、おチビが勝手についてきたからでっす」

にゃはは、と笑って英二が告げると、他の3人も同意した。

「ちぇ…」

仕方なく立ち上がり、リョーマは右手を天にかざした。
その手のひらの上で大気が渦を巻き、やがてそれは炎へと姿を変える。

「行っけえー!! 《炎龍》!!」

リョーマの声に応えるかのように、手のひらの炎がさらに勢いを増す。
竜巻状になり、リョーマの手から放たれたそれは、意思を持つかのように大きくうねると、目標を定めて闇の中へと飛び込んだ。
大石の言葉通り、闇は炎をはねつけようと一瞬だけ大きく歪んだが、形ばかりとなっていた結界はその衝撃に耐えられず、いともたやすく弾け飛んだ。
激しい爆発音。
恐怖、驚愕、怒り。
その場にいた人物たちの感情が波動となって5人に伝わってきた。
彼らは慌てて飛び出してくる黒い影を視界に捉えると、その後を追った。