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目撃者黒子が口止めと称してあれこれされる話12


その光景を見て頭が真っ白になった。
屈強な男がテツヤを組み敷いている。
小柄な身体に馬乗りになり、細い首を思い切り締め上げ、抵抗を封じるように二度三度とその頭を床に叩き付け。
口の端から血を流しながら抵抗する姿は必死だったが、如何せん非力なテツヤでは標準体重を軽く超えている壮年の男を振り払うことはできず、男の腕を掴んでいた細い指が力なく離れていくのを見た黄瀬は、考えるよりも先に身体が動いていた。

「黒子っち!!」

後先考えずに行動したのは、おそらく生まれて初めてのことだったと思う。
テツヤを組み敷いている男を力任せに蹴り飛ばす。
酒盛りしている男たちは抵抗される前に暗器で始末した。
敵陣に乗り込む際に相手の手駒を減らすのは常套手段だ。黄瀬はその手の行動に慣れているため初歩的なミスは犯さない。
2人の男は黄瀬に気付いた気配すらなく絶命した。
動かない男たちを一瞥してから黄瀬はテツヤへと駆け寄った。
血の気の失せた顔、くっきりと指の痕が残った細い首、ジャケットで隠れているものの無残に引き裂かれた制服のシャツ。
黄瀬のマンションを出てからテツヤがどのような目に遭ったか想像に難くない有様に、自業自得だと分かっていながら怒りが抑えられない。

「黒子っち―――?」

ピクリとも動かない様子に声をかけてみるものの返事がない。
人形のよう、というよりは生気を感じられない姿に口元に顔を寄せてみると呼吸が止まっていた。
慌てて脈を計ればこちらも計測できず、ジャケットをはだけて裸の胸に耳を寄せてみればかろうじて心臓だけが動いていた。

「っ!」

動いたのは条件反射だった。
気道を確保し唇から空気を肺に送り込む。職業柄人体についてはそれなりに詳しい。特に詳しいのは命を奪うことだが、人命救助とて知識として把握していた。使ったことはなかったけれど。
定期的に肺に空気を送り込み脈を計測する。心臓は止まっていなかったから心臓マッサージは必要ないだろうとただ只管自発呼吸が行えるようになるまで繰り返した。
一分、長くても二分はかからなかっただろう、蒼白な唇から小さな吐息を感じて黄瀬はようやく安堵の息をついた。
苦しそうに咳き込みながらうっすらと開いた空色の瞳は涙の膜に覆われていたけれど、ほんの一瞬だけ確かに自分の姿を映しだした、ように見えた。
小さな唇が何かを言おうと動くが、声にはならない。まだ意識がはっきりしていないのだろう。

「ごめんね、巻き込んで。もう大丈夫だから、家に帰ろう」

意識があるのかないのか、ホロリと一粒の涙を流して目を閉じたテツヤにそう囁きながらすっかり汚れてしまった髪を優しく撫でた。
その身を穢して心を踏み躙って、更には命の危機まで味わわせてしまうなんて、自分はどこまでこの少年の人生を狂わせれば気が済むのだろう。
本来ならば陽だまりの中で笑っているであろう少年が、このような薄暗い埠頭倉庫の一画で死に掛けることなどあるはずなかったというのに。
原因は黄瀬だ。黄瀬が全て悪い。
初は口止めのつもりだった。だが二回目の邂逅を望んだのは間違いなく黄瀬で、それは明らかにルールに反していた。
非力な少年だからと言葉巧みに唆して、何の覚悟もないままに住む世界の違う子供を巻き込んだことは、本来ならば許されざる行為だ。
反省も後悔もしたと思った。だからテツヤを己から解放したのだが、全ては遅かったということだ。
ここまで巻き込まれたテツヤをどうやったら解放できるか、そんなことを考えていたからだろうか普段ならばすぐにわかるはずの人の気配に気づくのが遅れた。
カチリ、と撃鉄を下ろす音を耳が拾った。慌てて視線をやれば己が倒したはずの男が震える手で銃口を向けていた。
倒したと思った男だがそういえばとどめは刺していなかった。
一撃で絶命しただろうと思って放置してしまったのだ。心臓を破裂する勢いで蹴り上げたのだが、思った以上に男がタフだったのか目測が誤ったのかはこの際問題ではない。
重要なのは銃口がこちらを向いていることであり、その範囲には動けないテツヤがいることだ。

「―――ちっ」

一発目の銃弾は明後日の方向に飛んで行ったが、狙いを修正した銃口がテツヤに向けられた。
反撃をする時間はなかった。
咄嗟にテツヤの身体を守るように覆いかぶさり、その直後に左肩に激しい痛みと衝撃を感じて意識を失った。

気が付いたらは灰崎と赤司による断罪だ。

赤司が提示した条件に対して、黄瀬は迷うことなく己の命を差し出すことを選んだ。
いくら外道だと言われても、流石にこれ以上テツヤの人生を狂わせるつもりはなかったからだ。
汚れきった自分の命の一つや二つではテツヤの贖罪にもならないだろうと思ったが未練はなかった。
ただ一つ、テツヤに直接謝れないのが申し訳ないなと思った。それだけだった。







だというのに、今。
黄瀬は病院のベッドに横たわっている。
黄瀬の言葉に満足した赤司によってテツヤ共々運ばれたのは、普段から懇意にしている病院だった。
頭を打っているテツヤは精密検査のため別室へ、黄瀬は手術室に運ばれることもなく診察室で非常に乱暴な手つきで銃創を縫合された。
幸いにも近い距離から撃たれたために弾丸は体内に留まらず貫通しており、更には重要な血管も骨も避けていたために処理はすぐに終了した。
医師からは器用なものだと感心されたが、流石にあの非常時に弾の貫通場所まで選べるはずがなく全くの偶然だったのだが。

今回の件は全て、赤司の忠告を無視して強引なヘッドハンティング及び店の経営を行っていたのが原因だ。
赤司は好んで敵を作るようなタイプではない。だからこそ事業拡大に慎重を期すよう厳命されていたのだが、黄瀬は効率よく収益を増やすために界隈で人気が高いと評判のホステスや黒服を高額で引き抜いたのだ。しかも彼女たちの顧客もごっそりと引き抜くというかなり悪どい手法だ。
普段ならばそのような手口は使わない。黄瀬としても無用なトラブルを起こしたくない。
だが今回は手段を選べない理由があった。
従業員が予想以上に集まらなかったのだ。
赤司の会社が予想以上に軌道に乗っているのを面白く思わなかった同種の企業が手を組んで邪魔をしていたと気づいたのは、オープン予定からひと月を切った頃だった。
出る杭は打たれるというのはどこの世界でも一緒だ。特に赤司は裏との繋がりも強かったから表立っての妨害こそなかったものの、こういう小さな邪魔は幾度となく行われていた。
それでも業績を伸ばしているものだから相手も強引な手を使ったのだろう。諸事情で苛ついていた黄瀬は相手から売られた喧嘩をしっかりと買った。倍返しどころか三倍返しの法則で。

黄瀬は妨害していた店のホステスを籠絡し、有能な黒服ばかりを給料倍額で引き抜いた。
結果、相手の店は軒並み潰れ、黄瀬が手がけた店は全て黒字スタートとなったのだが、自分たちの面子を潰された男たちが黄瀬を恨むとは思っていたものの、その標的にテツヤまでもが巻き込まれることになったのは本気で誤算だった。
赤司が怒るのも当然だろう。
やり方が悪い、もっと効率良く出来ただろう、下らない喧嘩を言い値で買うような奴があるか、この駄犬が。
黄瀬がぐいぐいと傷口を縫われている間、耳元で延々と説教され続けた台詞は今でも脳内で響いている。
本気で懲りた。もう二度と馬鹿なことはしないと心に刻み込む程には、赤司の説教はつらかった。
それにしても、と黄瀬は思う。
己の命を差し出したというのに、どうして自分はまだ生きているのだろうか。
赤司は冗談を言わない。寄越せというのならば確実に奪っていくはずだ。
なのに黄瀬は病院に運ばれ、丁寧とは言えないけれど適切な治療を施され、完全防音の個室に入院させられている。これは今までの待遇と何ら変わりがない。

「本当に、何でっスかねぇ、緑間っ、ち………」

扉が開いた音が聞こえたので担当医が来たのだと思いそう訊ねたのだが、そこにいたのは検査衣姿の黒子だった。

「え? 黒子っち?」

誰かに連れてこられたのだろうか、居心地悪そうではあるが出ていく気配はない。
相変らずの無表情だが、いつも見ていた悲痛さはそこにはなかった。
テツヤはしばらく入口に佇んでいたが、やがて意を決したように近づいてきた。
無駄に広い特別室だが黄瀬が動けないため距離は確実に縮まっていく。
あと数歩でベッドサイドという距離になってようやくテツヤの歩みが止まった。
何となく黄瀬の反応を伺っているように見えるのは気のせいだろうか。
あと二・三歩の距離。二メートルはないだろうその距離は、だが二人の心を隔てている距離のようで酷く遠く感じる。

「………座る?」

黄瀬としても何と声をかけて良いか分からないので間抜けだと思いつつもそう訊ねてみたのだが、テツヤは首を振って拒絶した。当然と言えば当然のことなのだが、今まで従順なテツヤしか知らなかったから少しだけ寂しかった。
テツヤの検査衣は自分が着ているパジャマタイプではなく浴衣タイプだ。
様々な検査を行ったので着脱しやすいものを選んだのかもしれないが、ただでさえ細い身体なのにゆったりとした検査衣のせいで更に華奢に見えるし、検査衣から覗く白く細い足がやけに眩しく感じられて黄瀬には目の毒だ。
テツヤの頭と首には包帯が巻かれていた。言うまでもなくあの時に負ったものだ。

「……痛い?」
「いえ、今は」

今はということはあの時は相当痛かったということだろう。
黄瀬が驚くくらい大きな音がしていたのだ。骨に異常がなかったのが不思議な程に。
テツヤの検査結果を黄瀬は知らない。
だがテツヤがこうして一人で出歩いているということは問題なしということだろう。
この病院の医師も赤司も、そういうことに関してはかなり厳しいのだ。
テツヤは動かない。視線は先程から黄瀬の左腕に注がれている。
黄瀬がテツヤの怪我が気になるように、テツヤも黄瀬の怪我が気になるのだろう。
黄瀬の左腕は現在三角巾で固定されたままなのだ。
テツヤの柳眉が痛ましそうに下がる。
あぁ、心配してくれたのかと思えば、胸の奥にほっこりと暖かい何かが灯った。
テツヤの笑顔を見る時やテツヤの寝顔を眺めている時に時々感じた、暖かくて優しい何か。
今ではその答えはもうわかっているけれど、こんな些細な仕草に感じるなんてもう末期なんだなと自嘲が浮かんだ。

「……赤司さんに会いました」
「そう」
「色々、聞きました」
「……そう」
「だから、僕怒ってるんです」
「当然だよね。俺だったらぶっ殺してるよ」

利用するだけ利用して、男としてのプライドも人間としての尊厳も奪い尽くした男―――黄瀬涼太。
その男の仕出かしたことが原因で自分の命が危なかったのだ。テツヤには黄瀬を詰る権利がある。
「どうする? 黒子っちの好きなようにしていいよ。でも、悪いけど命はあげられないんだ。俺の命は既に赤司っちに権利譲渡しちゃってるからさ。その代わり死なない程度ならいくら痛めつけてもいいよ。俺は黒子っちにそれだけのことしちゃったし、こんなんじゃ足りないかもしれないけど」
「―――――――わかりました」

テツヤが小さく頷いた。
ベッドサイドに歩み寄り、そのままベッドの上に乗り上げた。
白い指がゆっくりと黄瀬の首に回される。
殺されるのは困るなと思いつつ、至近距離から注がれる静かな眼差しに気付いて無意識に笑みが浮かんだ。
殺したいと思う程黄瀬の存在がテツヤに刻まれているのだと思えば、それはとても嬉しいことに感じたのだ。
握力の弱いテツヤがどのくらい力を籠めれば黄瀬の命は奪えるのだろうか。
なるべくなら長い時間がかかれば良い。そうすれば少しでも長くこの愛しい顔を見ていられるから。

「目を、閉じないんですか?」
「勿体なくて」
「……変な人ですね」
「うん。自覚してる」
「仕方ないですね」

諦めたようにそう呟いたテツヤの顔が近づいてくる。
焦点が合わない程に近くなったテツヤの大きな目がゆっくりと伏せられ。




彼は初めて自らの意志で黄瀬に口づけをした。










   ◇◆◇   ◇◆◇










啄むように軽く二度三度と触れたそれは、少し離れて今度はふっくらとした下唇に重ねられた。
輪郭を確認するように少しずつ触れてきては、時折舌先で愛撫される。
性急さはないけれど、それは確かに黄瀬がテツヤにしていた口づけだった。
テツヤが愛らしい仕草を見せた時に頻繁にやっていたバードキス。
濃厚なキスよりも羞恥が勝るらしくてテツヤはそのたびに頬を真っ赤に染めて俯いてしまっていた。そんな仕草が更に可愛くて何度も何度もキスをした。それこそ情事の最中だろうが街中だろうが構わずに。
可愛い、愛しいと愛情を込めて与えていたキスをテツヤから返される。勿論テツヤにその意図はないのかもしれないけれど、突然の好意に黄瀬は混乱した。
何度も瞬きを繰り返し、必要とあらば自由になる右手で太腿をつねったりしてみたが現実だった。
首に回っていた手は気が付いたら両頬に添えられていた。
唇に、鼻に、瞼に、蟀谷に、テツヤは何度もキスを落としていく。その意図がわからない。

「黒子っち……?」
「黙っててください」

ぴしゃりと遮られて黄瀬は大人しく黙る。
そんな黄瀬に満足したようにテツヤは愛撫(もう愛撫と言っても良いだろう、これは)を再開する。
耳朶を甘噛みし、ゆっくりと喉を滑り落ちていく柔らかな感触に、若いとは言えなくとも三十路前の身体は謙虚に反応を示した。
拙い動作なのは相変わらずだ。だが命令されて嫌々行うキスよりも動きは自然で、行動に躊躇いがない。
テツヤの手が黄瀬の検査衣を滑り、前身頃の紐をするりと解いた。
本人は意図していないのだろうが焦らすような行為にごくりと喉が鳴った。ちゅ、ちゅ、と負傷していない右肩から二の腕、更には胸へと口づけを落とされる。
だが、テツヤの手がスラックスの中に忍び込んできたことに気付いた黄瀬は慌ててテツヤを引き剥がした。
きょとんと首を傾げる姿は可愛い。非常に可愛い。このまま貪りたいくらいには可愛いが、流石に状況が飲みこめない。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って。黒子っち! 何なの?! 何してんの?!」
「黙っててくださいって言いました。あと、動かないでください。傷口開いちゃいますよ」
「そんなのどうでもいいから! てか、俺のこと憎いんじゃないの?!」
「好きなようにしていいって言われたから好きなようにしているだけです」
「いやいやいやいや!」
「それとも前言撤回するんですか?」
「いや、それはまぁ撤回しないけど」
「じゃあ、大人しくしていてください。悪いようにはしませんから」

悪いようにはしないどころか、これは黄瀬にとっても願ったりな状況なのだが、如何せん頭が追いつかない。
テツヤは好色ではない。むしろ性欲は淡白と言っても良い。
確かに黄瀬が色々仕込んだり目覚めさせたりしたとは思うが、所構わず欲情するような節操なしではないはずだ。
一瞬催淫剤でも盛られたのかと思ったが、テツヤの目にはしっかりと理性が残されていた。ということはこれは紛れもなくテツヤの意志によるものだ。良く分からないが。
何よりも動けないのがつらい。
申し訳程度にかかっていた布団を剥がれ、スラックスを脱がせて下半身を愛撫される。
既に反応を見せ始めていたそれを両手で扱かれ、先端に口づけされ、張り出した部分や裏筋を厭らしく舐められれば男としての本能はあまりにもあっけなかった。
テツヤは口が小さいから黄瀬のものを咥えることはできない。先端を咥えたりチロチロと舌を這わせて敏感な場所を攻めるくらいしかできないが、すっかりその行為に慣れた身体には十分過ぎる快感だ。
やがてテツヤは黄瀬に跨ると、ゆっくりと黄瀬の怒張をその身に埋めていった。

「う……、くっ」

自分の方は最初から準備をしてあったのか、黄瀬の予想に反してテツヤの後孔は思ったよりもすんなりと黄瀬を受け入れていく。
何度も受け入れてきたせいか力の抜き方をわかっているのだろう、最初こそ抵抗を感じたものの一番太い部分が収まってしまえば後は腰を下ろしていくだけだ。
きゅうきゅうと締め付ける内部は慣れてくると淫らに蠢いて黄瀬に言い様のない快感を与えてくれる。実際動かなくても挿れているだけでテツヤの内部はとても気持ちが良い。

「うわ……凄……」
「黙ってて……ん、ください」

根元まで収められたそれが再び抜かれていく。ギリギリまで引き抜かれたそれが再び奥まで導かれていく。黄瀬が教えた通りに、テツヤが感じる場所を自分で擦れるように、ただ只管腰を揺する姿の淫らなことと言ったらない。
大きな瞳に欲を滲ませ一心に腰を振るテツヤの口からは抑え切れない喘ぎ声が切れ切れに聞こえてくる。挑発するように唇を舐める姿に黄瀬の中で何かがフツリと音を立てたのが分かった。
テツヤの腰が再び沈もうとする瞬間に、思い切り突き上げた。

「ひ、あっ」
「ここ抉られるの大好きだね」
「や…、動かないでください、って…言った、のにぃ」
「据え膳喰わぬは何とやらって言うし」
「傷口、開いちゃう、のに……馬鹿ぁ」

確かに下手をすれば傷口は再び開くだろう。だが、それを考えたところで目の前の据え膳を美味しく頂くことを止める理由にはならない。職業柄痛みと怪我には慣れているのだ。
逃げようとする腰を片手で抑えて下からガツガツと突き上げれば、調教された身体はあっさりと陥落する。あっけなく射精したテツヤを己の抱きやすい体勢に抱え直して律動を再開した。

「ひゃ、あぁっ、深い…」

傷口に触れないように全身で縋りつけないテツヤは不安定な体勢で下から突かれている。
声を抑えるつもりはないのだろう、今まで以上に艶やかな嬌声に黄瀬の理性は崩壊した。快感が深ければ深い程複雑な動きをするテツヤのナカは本当に名器だとつくづく思う。
中で放った後も逃がさないと締め付けてくる内部を押し拡げるように抜き差しを繰り返せば、淫らな粘液が結合部から大きく響く。
肉と肉がぶつかる音、淫らな体液が混ざる音、熱い吐息と甘い甘い喘ぎ声。
全ての淫音がテツヤと黄瀬を煽る材料となり更なる行為に没頭していく。最早傷の痛みなど気にならなかった。繋がった箇所から感じる熱と快楽、それだけが全てだった。
三度目の射精を迎えた身体をベッドに横たえて、上から伸し掛かるように後孔を貫いた。
普段ならば限界だと怯えるテツヤは甘い悲鳴を上げて黄瀬を迎え入れた。情欲に塗れた眼差しがキスを誘う。求められるままに口づけを交わし、吐息すら奪う勢いで腰を打ちつけた。
高校生の求める恋愛なんて黄瀬は知らない。世の中の酸いも甘いも知り尽くした黄瀬が与えることのできる愛情は親が子供に向ける無償の愛でも、甘酸っぱいおままごとのような恋愛ではない。
貪り喰らい尽くすような情欲に塗れた愛だけだ。
突いて抉って貪ってお互いの体温を分け合って、身体の最も深いところで繋がって、全身どころか身体の内部まで余すところなく所有印を刻み付けるような愛しか黄瀬は知らない。
だが思い返してみればそのような恋愛も独占欲も、今までの人生で抱いたことはなかったような気がする。
どのような手段を使っても手に入れたいと願ったのはただ一人、卑怯だと罵られようが嫌だと泣かれようがその手を離すことが出来なかったのは、黒子テツヤただ一人しかいなかった。
狭い入口をこじ開けるように押し開いて、黄瀬涼太という雄を刻み付けた。
痛みではなく、決して忘れることのできない快楽を徹底的に教え込み、己から離れていかないように縛り付けた。
はにかむように笑う顔が可愛いくて、何度も見たくて甘やかした。
穏やかに眠る姿が愛しくて、誰にも見せないように腕の中に抱き込んで眠りについた。

そんな相手はテツヤしかいないのだ。


「黒子っち、黒子っち……っ」
「はぁ、ん……涼、太、さん」
「黒子っち、大好き」
「僕、も……ぉ……っ」

ポロポロと涙を流しながら縋りついてくる身体を抱きしめて、黄瀬はテツヤの中に幾度も精を注ぎ込んだ。










   ◇◆◇   ◇◆◇










ひとしきり抱いてテツヤの身体が限界を迎えたことに気付いた黄瀬がようやく行為を止めたのは、行為に及んでから何時間が経過してからだったかわからない。
ただ、高かった太陽はすっかり沈んで夜の帳が下りていたし、流石の黄瀬もそれなりの疲労感を感じていたから相当の時間が経過していたことは間違いない。
その間飲まず食わず。貪っていたのは互いの唾液と肉体だけというとんでもなく爛れた時間ではあったけれど、お互いの感情が赴くままに求め合ったのだから後悔はない。
ドロドロに汚れたベッドを見ると担当医の緑間が相当怒るだろうということだけは推測できたが、それもまあ勘弁してもらおう。こちらは下手すれば人生最後の逢瀬になるかもしれないのだから。
腕の中には小さな身体。黄瀬の胸に凭れるように顔を埋めている。
眠っているのだろうかと思ったが、髪を撫でる手が時折耳を掠めれば擽ったそうに身を捩るのでどうやら息を整えているだけらしい。体力は限界だと思うけれど。

「黒子っち」
「何ですか?」
「大好き」
「…………僕もです」

恥ずかしいのかぐりぐりと頭を胸に押し付けてくる仕草が堪らなく可愛い。
抱き込んで頬や瞼にキスを落とす。相変わらず恥ずかしそうに、だけど嬉しそうにふわりと笑う姿が愛しくてようやく収まった劣情が再び甦ってきそうな勢いだ。
動物の親愛のように鼻を摺合せ唇を啄み、抱きしめた身体から感じる甘い匂いに酔う。
これが最後というのはやはり寂しい。

「あー、死にたくないなあ」

思わず呟いていた。ようやく想いが通じ合い、これからが二人の世界なのにと思えばあの時あっさりと己の命を赤司に差し出したのは勿体ないことをした。
だけどテツヤの命と天秤に掛けられれば何度でも同じことをしたとは思うのだが。
黄瀬の独白に微睡始めていたテツヤの目がぱちりと開かれた。

「……どういうことですか、それ」
「あー……」

隠し通せることではないため素直に白状した。
先程も話した通り黄瀬の命は赤司が握っていること、そう遠くない未来に黄瀬は赤司によって死を命じられるだろうこと、今現在自由なのはおそらく効果的な利用場所を探しているだろうこと。

「赤司っちが合理的なのは今に始まったことじゃないからね。おそらくどこかの取引の時に使われるんじゃないかと。それとも目障りな企業のボスの暗殺依頼とかかな。鉄砲玉にされるか捨て駒にされるかわかんないけど、まあ、そういうことだから」

赤司は無駄が嫌いだ。
ただ捨てるにしても最も効果的な方法を選ぶ。今までもそうやって不要な人間を「処分」してきた経緯を知っているから、いざ自分の番になっても不思議はない。
過去を思い返せば赤司が兄の用に慕っていた虹村という男も赤司は切り捨てた。
理由は定かではないが赤司に逆らったとも虹村のやり方に不満を持っていたとも言われている。
黄瀬自身は虹村とはそれほど親しくなかったから特に聞いたことはなかった。
黄瀬以上に親しかった青峰が大人しく赤司に従っているのだから虹村が不興を買ったのだろうと思っている。
そういえば灰崎だけは赤司が切り捨てたというよりは、「灰崎」が「赤司」を切り捨てたように思えたが、それならば今回どうして繋がっているのか不思議だ。お互いビジネスライクとして割り切ったということなのだろうか。

果たして黄瀬の命はどう使われるのだろうか。どちらにしろ碌な死に方はしないだろうということだけは容易に想像がつく。
だがテツヤは相変わらず不思議そうに首を傾げている。
あまりにもテツヤが生きている世界と違いすぎて理解できなかったのだろうかと訝しんだのは一瞬、すぐに聞こえたテツヤの言葉に耳を疑った。
「涼太さんの命は、つい先程僕が頂きましたけど」
「…………………………………………………は?」
「赤司さんが今回のお詫びとしてくれるって言うので貰いました」

何それという言葉はかろうじて呑み込んだ。
先程からテツヤには驚かされてばかりだ。嬉しくないわけではないけれど。
詳しく聞けば、どうやら灰崎は赤司から黄瀬を狙う輩からテツヤを守るように依頼を受けていたらしい。
理由は二つ。一般人のテツヤをこちらの事情に巻き込むことを良しとしなかったためと、テツヤが赤司の情人である降旗の友人だったためだ。
偶然にも別口から灰崎に黄瀬に関する依頼を受けていたので、仲間になるふりをして男たちからテツヤを守っていたらしい。
本来ならばテツヤには傷一つつける予定ではなかったのだが、灰崎の監視が甘かったせいでテツヤが危険な目に遭った。
この件に関しては灰崎に非はなく、勝手に抜け出そうとしたテツヤが悪かっただけなのだが、それも元はと言えば降旗が豆知識と称して教えた鍵の解除が原因だということで、赤司としては身内の人間が元凶ということもあってかなり気を使ってくれたらしい。
そういう経緯もあって命の譲渡が行われたのだろう。
勿論テツヤが黄瀬のことを恨んでいれば赤司はあっさりと黄瀬を切り捨てて、テツヤへの贖罪は他の方法が取られただろうことは容易に想像できる。
実際赤司は黄瀬の命を譲渡したテツヤにどうしたいか聞いていた。
あれだけの非道を行ってきた黄瀬だ。テツヤが許せなくても無理はない。
己の手で息の根を止めたいというのなら赤司はあらゆる手段で協力しただろうし、逆に関係を修復したいと言えば喜んで手を貸しただろう。
だがテツヤが答えたのはただ一言。

「気持ちを知りたい」

たったそれだけだった。
黄瀬の気持ちなのかテツヤ自身の気持ちなのか、赤司は問わなかった。
おそらくテツヤ自身も良くわかっていないということに気付いたのだろう。
気持ちを知ってどうするか、それらは全てテツヤに委ねることにした。
そうして黄瀬が使用している病室を告げ、赤司と降旗は帰っていった。
幸いどちらも命に別状はない。
多少の無茶をしたとしても問題はないという診断だったから、後のことはテツヤ自身の判断に任せることにしたのだ。
そうしてテツヤが取った行動がどうしてあのような形だったかは不明だ。
黄瀬としては自発的に誘惑するテツヤの姿を見られたし異論はないのだが。
ちなみにこの病室は二十四時間は誰も入ってこないから好きにして良いという許可は赤司から得ていたとのことだ。
どうやら赤司はテツヤを気に入ったらしい。
降旗の友人ということも勿論だが、赤司に対して一歩も引かなかったことが要因だ。
実際テツヤは赤司の好みだと黄瀬はわかっている。
今は降旗という情人がいるから食指が動かされることはないだろうが、彼が想い人を手に入れる前だったらどうかはわからない。
何せ黄瀬が嵌った程の相手だ。同じく一癖も二癖もある男達が気に入らないはずがないのだ。
そういえば青峰も気に入っていたようだし灰崎も同様だ。
この様子なら緑間や紫原も気に入るのではないだろうか。尤も彼らには決まった相手がいるから手を出してくるようなことはないだろうが。
あまり面白くない事実だが、今回は助かったので気にしないことにするしかない。

「あんたって厄介な男にばかり好かれるんだね」

俺を筆頭にと告げれば、テツヤはくすりと笑った。

「本当にそうですね。でも僕もそんな人に惚れてしまったので何も言えません」

ぎゅうっと抱きついてそう宣言する年下の恋人に、感極まった黄瀬が飛びかかったのは言うまでもないだろう。


  • 14.01.24