まただ。
コツコツとヒールがアスファルトを蹴る音のみが響く静かな夜道で、自分以外の足音に気が付いたテツナは誰にも悟られない程度に小さなため息を吐いた。
バイトの帰り道で、ここ数か月テツナを悩ませているのがこの足音だ。――――正確には足音の主なのだが。
大学入学と同時に始めたバイトは週に三日、そのうちの二日が今日と同じく22時までのシフトになっている。自宅に帰りつくまでにかかる時間は大体30分、つまり22時30分になるこの時間帯がテツナの帰宅時刻なのだが、いつからだろうか、気が付いたらテツナの後をついてくるように足音が聞こえてくるのだ。
気になって振り返ってみても姿は見えない。
最初のうちは気のせいだろうと思っていたのだが、どうも自分の気のせいでないのだと実感したのは、音が聞こえるようになってからひと月ほど経過してからのことである。
テツナが住むマンションは住宅街にあるせいか夜22時を過ぎると人通りが一気に減る。
若い女性の一人歩きには不向きと言えなくもないが、周囲は住宅街なので別段治安が悪いわけではない。
その証拠のようにテツナの住んでいるマンションは単身の女性が結構多いのだ。
勿論それを狙って不埒な考えを抱く不審者が皆無というわけではないが、閑静な住宅街であることやそれほど離れていない距離に警察署があることなどから、引越してきてから今までに犯罪らしい犯罪は遭遇したことも聞いたことがない。
だから今まで何度も後を窺う足音を聞いてはいても身の危険を感じたことはなかった。尤も自分の背後に見知らぬ人物がいるのを放置したまま一人暮らしのマンションに戻るほど無防備でないため、途中にあるコンビニで時間を潰したりなどの自衛もいくつか取ってはいたのだが。
気のせいでないと実感したのは、駅前のスーパーで買い忘れがあったのに気づいて駅へと戻ろうとした時に、慌てて路地裏に逃げていく後ろ姿を目撃したからだ。
それまで気配すらしていなかったのにいきなり見えた男性らしき姿に驚くと同時に、背後で聞こえていた足音がピタリと止んだのだから間違いない。
生憎顔を見ることはできなかったが、背の高い男性の後ろ姿はテツナの警戒心を引き上げるのには十分過ぎるほどだ。
今日もかすかな足音を聞きつけたテツナは、その人物を追い払うためにコンビニへと足を向けるのが日課になった。
地域密着型のコンビニは常連客が多い。
特に店に来る時間帯もあってかテツナもすぐに常連となり、週に二回定期的に顔を出すため古株のアルバイトとは既に顔見知りの関係である。
「最近寒くなってきましたね」などと挨拶程度の会話を交わすのもいつものことで、お気に入りのペットボトル飲料を手に取り会計を済ませると、周囲に人の姿がないのを確認してから徒歩一分のマンションへと小走りに向かった。幸い足音はついてこなかった。
テツナがこの地に引っ越してきてもうすぐ二年になる。
引っ越しの理由は、大学進学と同時に父の海外赴任が決定したからだ。
本来ならテツナは自宅から大学に通う予定だったのだが、母が父の赴任先に同行すること、転勤を機に祖母がケアハウスに入居を決めてしまったことなどから自宅を手放すこととなり、代わりにと両親が用意したのが現在住んでいるマンションである。
一時帰国する両親が寝泊りする場所も必要ということで、1人暮らしにも関わらず間取りは2LDK。
掃除が大変だが狭いよりは広い方が居心地が良いのは確かなので文句はない。
何しろ駅から徒歩10分、住宅街にあるため住環境は抜群。単身者は勿論、新婚夫婦も多いこのマンションが最も力を入れているのはセキュリティで、24時間常駐の管理人やトリプルセキュリティなど不審者対策も万全なのである。文句のつけようがない。
「年頃の娘の一人暮らしだからセキュリティがしっかりしているマンションにしよう」と探してくれた父には大感謝である。
どうやら分譲だったらしいこのマンションの購入費用がどこから出たのかだけは物凄く不思議だが、祖父の遺産が残っていたのだと父が言うのだからそうなのだろう。
祖母のケアハウス入居費用も結構な金額だと思うのだが、家計を預かる母が大丈夫だと言うのだから信じるしかないのだ。
一介の大学生には贅沢過ぎるくらいだが、海外赴任を終えた両親が住むまでの管理を任されたのだと思うことにしている。
郵便物を受け取りエレベーターで住んでいる階へ行き、カードキーでロックを解除しようとして目の前の光景に眉を顰めた。
(――――――また、ですか)
セキュリティは万全。入居者以外はエントランスまでしか入れない。
そのエントランスにも管理人が常駐しているため不審者はすぐに見つかる。
だというのにテツナの部屋の扉の前には白い花が一輪。
ここ最近毎日置いてあるそれはテツナ以外の誰かが置いていったものだ。
最初のうちは隣人が購入した花が落ちたのかとも考えたが、毎日続くとそれも違うと思うようになる。しかもテツナの部屋は角部屋だ。通り過ぎる際に落ちたと思うのは不自然なのだ。
誰かが意図的に置く以外に方法がない。では誰がどのような目的で。
一瞬駅から後をつけてくる人物だろうかと考え、そしてすぐに否定する。
何度も言うが、このマンションに入るのはそう簡単ではないのだ。
考えても答えの出ない問題に、テツナは本日何度目になるかわからないため息をついてそれを拾い上げる。
このままにしておくわけにもいかないし、何といっても花には罪がない。
一輪の薔薇を手にテツナは室内に消えた。
その後ろ姿を見つめる眼差しには最後まで気づかなかった。
◇◆◇ ◇◆◇
乾杯という声と同時にグラスがぶつかる音が周囲に響く。
その声でようやくここがサークルの打ち上げ会場なのだと思い出したテツナは、慌ててグラスを持ち両隣の友人とグラスを合わせた。
テツナのグラスに注がれているのは烏龍茶だ。皆はビールだったりサワーだったりするのだが、大学2年生とは言え誕生日を迎えていないテツナはまだ未成年なのでアルコールではない。
「黒子さんは何飲んでるの? は? ウーロン? 未成年だから? 真面目だねぇ」
そんなことを言われても未成年に飲酒させたとばれたらお店の方が営業停止になってしまうのだから致し方ない。
サークルの先輩たちは良い人が多いのだが、飲酒は20歳を過ぎてからという法律をどうやら忘れてしまっているのが難点だ。
勿論テツナも今まで一度も飲酒をしたことがないわけではない。
お正月の御屠蘇や雛祭りの白酒など、ほんの少し舐める程度でしかないがアルコールを摂取したことがあると言えばある。だが、あまり美味しいとは感じなかったし、何より放っておいても社会人になれば嫌でも飲む機会があるのだから無理して飲む必要はないだろうと思っている。
だから周囲から付き合いが悪いと言われてもコンパやサークルの飲み会でも決してアルコールは飲んでいない。
家系的に酒に強いとは思えないので親しくない人がいる場所で飲むつもりは最初からないのだ。万が一何かあっても困るので。
そもそもテツナは最初から今回の飲み会に参加するつもりはなかったのだ。
このサークルに参加したのもゼミの友人にどうしてもと頼まれたからであって、テツナ自身が興味を持ったからではない。
ミステリー愛好会と言うからどのような活動をするのかと思ったのは最初の二回だけ。
最初の一年こそかろうじて愛好会の名に相応しい活動だったと言えるかもしれないが、最上級生が引退してから一気に活動内容が変わってしまったのだ。
今では週に一度か二度集まって酒を飲むというただの飲みサーになってしまったのだから、テツナの足が自然と遠のいてしまったのも無理はない。
名前だけでいいからと言われて承諾してしまったのがいけなかったのか、本来なら参加しない予定だったのに『久しぶりに全員で集まりたいから』という理由だけで連れてこられた飲み会はやはり楽しいとは言い難く、テツナはグラスの烏龍茶をちびちびと飲みつつどうやって抜け出そうか、そのタイミングばかりを計っていた。
親しくない相手との飲み会ほど苦痛なものはない。
一時間だけという約束だったのだが開始してからまだ15分。先は長そうだ。
「ねえねえ、黒子さんてさ、高校の時に運動部のマネージャーやってたって本当?」
不意に隣から声をかけられて振り向けば、そこにいたのは友人――ではなく、今年大学5年目になる先輩だった。
社交性があり人望もあるのだが、サークル活動にばかりかまけて学業が疎かになっている典型的なタイプで、どちらかと言えばテツナの苦手なタイプだ。
だがいくら苦手とは言え上級生である。中高と体育会系の部活に所属していたテツナは邪険にすることもできずに小さく頷いた。
「はい、一応6年間やってました」
「マジ?! 黒子さんって見るからに文学少女って感じなのに、偉いねぇ」
「はぁ」
運動部らしくないとは良く言われていたが、テツナの記憶が正しければこの先輩とこの会話をするのはこれで十回目だ。
飲み会に参加するたびに同じことを言われるのだが、どうやら相手は酒が抜けると記憶も抜け落ちてしまうらしく、こうして毎回毎回同じことを聞かされる。
友人曰く「会話の糸口を探してるだけだよ」と言うのだが、二年近く同じ内容の会話しかできない時点で糸口も何もあったもんじゃないと思うのだが。
「でも、黒子さんがマネかぁ。いいなぁ。『先輩、タオルどうぞ』とか、『差し入れ作ってみたんです』とか言われてみたいなぁ」
「………………………」
まるでテンプレのように二年間同じセリフを聞かされるというのも中々にうんざりである。
どういうわけかテツナはこの3歳年上の先輩に気に入られてしまったらしい。
今まで周囲にいないタイプだから珍しいのだろうか、それとも一見大人しく見えるので容易く落とせると思ったのだろうか。
どちらも不明だがサークル入部以来彼がテツナに構うのは周知の事実となっている。
生憎テツナは大人しそうな外見とは裏腹に中身は非常に漢らしいので彼の理想とはほど遠いのだが、何かのフィルターがかかってしまっているのか彼が気づく様子は見られない。
テツナの白けた空気に気付いているのかいないのか、相手は更なる妄想を語ってくる。
「選手とマネージャーって関係、何かエロいよな。二人っきりの居残り練習とか…………うわ、ヤバい」
何故この先輩はテツナにばかり話しかけてくるのか、そうしてどうして毎回同じ会話なのか。
本気でわからない。というかそろそろセクハラ認定してもいいんじゃないかと思う。
テツナは正直この先輩が好きではない。はっきり言ってしまえば苦手なタイプだ。できるならお近づきになりたくないし、こうして会話をしているのも苦痛に感じる程だ。
会話のキャッチボールが続かないのだから無理もないが、何故だか周囲はテツナが恥ずかしがって話そうとしないのだと認識しているのが始末に悪い。
唯一テツナが彼を苦手だと知っている友人に助けを求めようと反対側の隣を見るが、彼女も彼女で隣に座る自称「サークル一のイケメン」と会話をするのが忙しいらしく助けてくれる気配はない。
何の苦行かと耐えること約一時間。当初の予定通りテツナが帰ろうと席を立つと、ぐい、とバッグを掴まれた。
「何なに、黒子さん。荷物持ってどこ行くのー?」
「帰ります。最初から一時間だけって約束だったので」
「えー。楽しくなるのはこれからじゃん。もっといなよ。明日は休みなんだからオールだってできるよ」
「いえ、最初から参加する予定ではなかったですし、それにあまり遅くならないうちに帰りたいので」
「あ、じゃあ、俺が送っていってあげるよ。女の子が夜道を一人で帰るなんて危ないからさ」
「結構です。今日はお疲れ様でした。お先に失礼します」
「冷たい」とか「薄情」とかぶつぶつ言ってくる先輩からバッグを取り返して、テツナは幹事に参加費を渡すと店を出た。
店内は暖房が程良く効いていて寒さを感じなかったが、さすがに夜も更けてくると寒さは厳しい。
バッグの中からマフラーを取り出して首に巻く。気管支が丈夫でないテツナには必須なのだ。
先月のバイト代で買ったオフホワイトのマフラーはかなり奮発してカシミアだ。お財布には優しくなかったが首筋に当たる感触が柔らかくて気に入っている。
ふわりと薫るのは梅香。京都に旅行してきたという友人から貰った匂い袋と一緒に収納しておいたので香りが移ったらしい。香水よりも自然な香りは不思議と心を落ち着けてくれるので嬉しい。
香りが消えたら同じものを買うのも良いかもしれない。
仄かに薫る和風の香りが服や髪に移ってしまった酒と煙草を相殺してくれるようでつい口元が緩んだ。
時刻は夜の8時。週末ということもあって人通りは賑やかだ。
学校からそれほど離れていないこの店は、テツナの住むマンションの隣の駅にある。
電車を乗って帰るのが早いが、歩いて帰れない距離ではない。
おそらく30分もあれば家に帰れるため、仕事帰りのサラリーマンやOLも多いため、例の不審者も現れないだろう。
これなら帰りにスーパーに寄ることもできそうだ。
冷蔵庫の中にある食材を思い出して買い足すものを脳内でリストアップしながらテツナが歩き始めると、背後からぐいっとマフラーを掴まれた。
「っ?!」
驚いて振り返ると店内で別れたはずの先輩がコートを着て立っていた。
アルコールのせいで赤くなった顔で、テツナのマフラーを握りしめてヘラリと笑う。
「先輩……?」
「送ってくよ」
「いえ、ですから大丈夫です」
「送ってくって。だって黒子さん、最近変な奴にストーカーされてるんだろ?」
「……どうして、それを」
「佐々木さんに聞いた。危ないから送っていってくださいって言われたら断れないよね」
佐々木とはテツナをこのサークルに誘った友人だ。
確かに彼女にはここ最近の異変を少しだけ話したことがあったが、それ以上にテツナがこの先輩を苦手だと知っているので間違ってもテツナを送っていくように進言などありえない。
「ありがとうございます。ですが申し訳ないので結構です。一人で帰ります」
明らかに狂言だと分かる先輩に警戒しつつやんわりと拒絶を示したが、テツナが遠慮していると解釈した先輩の口撃は止まらない。
「遠慮しなくていいって。男が一緒だと安全だよ」
「ですから―――」
「そうだ。いっそのこと俺と付き合っちゃおうよ。彼氏が彼女を家まで送っていくって常識だし、俺がいたらストーカーだって諦めるだろう。とりあえずお茶くらい出してもらえるよね」
何がいっそのことだか意味がわからなかったが、相手は酔っ払いだ。
まともに取り合う価値もないし、たとえどのような状況であれ好きでもない人と交際なんてありえない。テツナは即座に否定した。
「お断りします」
「大丈夫だって。そんなすぐに手を出したりしないって。まあ密室で二人きりになって黒子さんの気持ちが変わったら話は別だけど」
「ありえません」
どうしよう、日本語が通じない。
テツナの家は男子禁制というわけではないが、こういう人を招き入れたいとは思わない。
それどころか自宅の住所すら知られたくないのだが、ここまではっきり言ってどうしてわかってくれないのだろうと不思議になる。
異性の友人はいるがこのようにしつこい相手は初めてでどうしたら良いかわからない。
友人のように鳩尾に掌底を叩き込むのは流石によろしくないだろう。
「ほら、早く帰らないと遅くなっちゃうよ。お礼は珈琲でも淹れてくれればいいからさ」
「ですからっ」
「帰るのが嫌ならどこかで休憩していこうか」
「話を聞いてください!」
「あ、その過剰な反応、黒子さんて処女だろ。そうだ、そうだ。絶対そうに違いない。だから警戒してるんだ。お固いなぁ。もっと軽〜く考えなくちゃ駄目だよ。どうせ誰かにあげちゃうんだから、上手い男選んだ方が良いよ。あ、俺は自信あるよ」
強い力で腕を引っ張られてテツナはたたらを踏みつつもどうにか踏みとどまる。
このまま大人しく送られるつもりも、どこかで休憩するつもりもない。
人の話を聞かない人だとは思っていたけど、まさかここまで強引とは思わなかったテツナは力一杯抵抗する。
週末の賑やかな繁華街で若い男女が揉めている姿は珍しくないが、流石に強引さが目立つため周囲の視線も訝しいものになっていた。
先輩の視線が一気に険しくなる。どうやらテツナを大人しい少女だと勘違いしていたことにようやく気付いたらしい。
「ほらっ、男に恥をかかせるんじゃねえよ!」
「痛っ」
力任せに腕を引かれテツナの肩が悲鳴を上げる。
思わず漏れた悲鳴に周囲の視線が更に険しくなる。
こんな形で注目されることになるのは不本意だが、このまま大人しくついていくのは絶対に嫌だ。
こうなったら自ら警察でも呼んでやろうかとテツナが顔を上げた時、不意に痛みが消える。
同時に視界を埋め尽くした漆黒のコートに目を瞬かせた。
「みっともない真似はやめたらどうだ」
不機嫌そうな声がすぐ近くから聞こえて視線を上げれば、先輩とテツナの間に見知らぬ男性が立っていた。
テツナの腕を掴んでいた先輩の腕は男性によって背後に捩じ上げられ、そのせいか先輩は先程テツナに見せていた威圧的な態度などどこへ行ったのかと思う程情けない顔をしていた。
「女性に暴力など褒められたことじゃないな」
「他人には関係ね――――痛てててて! 痛い、痛いっ!」
身長ならば先輩の方が若干高いだろう、体格も相手の方が細身だ。だが男性は何の苦もなく腕を捻り上げている。反対に先輩は酷く痛そうに男性の腕から逃げようと暴れていた。
特に力を入れているようには見えないがあまりにも叫ぶので、つい男性のコートを引っ張った。
「あの、そのくらいにしていただけますか。何だか注目を集めてしまっているようなので」
「それもそうだね」
言うなりあっさりと手を離した男性は足元に蹲る先輩へと冷ややかな視線を向けている。
男性の腕から解放されて自由になった先輩はテツナに目をくれることなく人混みの中を走り去っていってしまった。「覚えてろよ!」なんてチンピラにありがちな捨て台詞を残して。
「大丈夫かい?」
テツナはそこでようやく自分を助けてくれた人物の顔を見た。
赤褐色の髪と赤と琥珀のオッドアイ。イケメンというよりは端整、美麗。
美形と言う一言では言い表せない、見たこともない品の良い外見をした男性がテツナの使い古されたバッグを手に立っていた。
先輩のせいで床に落としてしまったテツナのバッグを拾い、汚れを払って渡してくれる。
何て紳士なんだろうか。少なくともテツナの今までの人生でこんな紳士的な態度の人はいなかった。
テツナより5〜6歳年上に見えるが、これが社会人の落ち着きというやつなのだろうか。否、おそらくこの男性が特別なのだろう。
慌ててお礼を告げるとふわりと微笑む。そんな姿もどこか余裕がある。
「大学生?」
「はい」
「だとすると、先程の男性は学校の先輩か何かかな? それともサークル?」
「サークルの先輩です。悪い人ではないと思ったんですけど……」
「お酒が入ると人格変わる人もいるからね。――ただ、あまり性質の良くない人みたいだから、今後は少し距離を置いた方が良いだろう」
「そうします。本当にありがとうございました」
「いや。大したことはしていないよ」
そんな会話をしてもう一度頭を下げて家路に急いだ。
「寒いから風邪を引かないようにね」
「はい」
名前も知らない相手なのにそんな風に労わってくれるのが何故だか嬉しかった。
- 14.11.29