なんてこったい/(^o^)\
今のテツナの心情を簡潔に文字にするとこんな感じである。
顔文字が入っているあたりでどれほどの混乱ぶりかご理解いただけると思う。
黒子テツナ、21歳。某国立大学文学部4年生。
在学中に有名文学賞を受賞したことが期となり、現在は学生と作家という二足の草鞋を何とか履きこなしているところである。
大学に行く必要もなく、新人作家としては珍しく数本の連載を抱えているテツナはここひと月というもの自室でパソコンの前に向かっている時間がほとんどで、脳内を占めるのは刻々と迫りくる締切の日にちだけだった。
そんなわけでテツナは己の異変に気付くのが遅れた。
致命的とまでは言わないけれど、確実に遅れてしまったのだ。
「そういえば、来てませんね………」
ふとそんなことを思い出したのは、最後の一作を書き終えてから一日経った後だった。
とりあえず精も根も尽き果てたテツナは担当に書き終えたばかりのデータを送信すると夢も見ずにぐっすりと眠った。
もう月に数本も締め切りを抱えるのはやめようと、何度目になるかわからない決意を胸に抱き久しぶりに感じる柔らかい布団の感触にうっとりと身を委ねながら目を覚まして、そしてカレンダーを見てふと思う。
最後に生理が来たのはいつだったのだろうと。
テツナは生理不順だ。
月に二度来る時もあれば、まるまるひと月来ないこともある。
28日周期なんて生まれてこの方体験したことない程の不順ぶりなのでそれほど珍しいことではないが、それにしても少し遅い気がする。
ダイエットのしすぎで生理が止まる女性がいるとは良く聞くが、テツナはダイエットをしたことがない。
特に不都合を感じるわけではないが、あまり遅れると次の生理が来た時に激痛で動けなくなるので一度診察をしてみようと婦人科へと赴いた。
待合室ではテツナとそう年の変わらない女性が大きくなったお腹を抱えて幸せそうに育児書を読んでいる。
母親についてきたのだろう小さな子供が看護士と一緒に絵本を読んでいたり、そこは幸せそうな空気に満ちていた。
今度は絵本や子供向けの童話などを書いてみるのも楽しいかもしれないと思いながら、テツナはアナウンスで呼ばれるままに診察室に向かった。――――そして驚くべき事実を知らされた。
「――――――――――はい?」
ごめんなさい、もう一度言ってもらっても良いですか。
テツナは目の前で優しい笑顔を浮かべる女医にそう言った。
女医は一瞬だけ不思議そうな顔をして、だけど聞き間違いではない言葉を再び口にした。
「おめでとうございます。妊娠3か月です」
生理不順かと思いきやまさかの妊娠発覚である。
テツナの頭は真っ白になった。
妊娠ということは性交渉を行った相手がいるということ。
基本的にそれは配偶者であったり恋人であったりするのだが、生憎テツナにそのような相手はいない。
考えられる相手がいないとは言えないが、だがそれはたった一度だけ。
酔ったはずみというか売り言葉に買い言葉というか、とにかく合意ではあるけれど交際や結婚を前提とした相手ではない。
さてどうしようと思うのは当然である。
医師はテツナの顔色を見、そして診察の前に作成されたアンケートへと目をやった。
そこにはしっかりと『未婚』と書かれている。ついでに『学生』とも。
おそらく医師の目にはテツナも無計画に避妊せずに性交渉に及んで妊娠した女性だと映っているのだろう、若干だが視線が厳しくなったのがわかる。
「――――で、どうします。出産を希望しますか、それとも堕胎しますか」
学生で未婚の相手なら堕胎の可能性が高いのだろう、そしてそれをこの女医は歓迎していない。
そんな態度だったからこそ、テツナはあっさりと覚悟を決めた。
「―――産みます。僕の子なんですから」
拳を握りしめて据わった目でそう告げたテツナは何とも男らしかったと、後に女医は笑って告げた。
「さて、どうしましょう」
女医の前で産むと啖呵切ったまでは良かったが、産むとなれば色々と片づけなければならないことがあった。
まずは母子手帳。
これは病院から出たその足で区役所に向かい貰ってきた。
おめでとうございますと言われて何だかとても擽ったかった。
そして家に帰ってきてからが問題だ。
何しろテツナは実家暮らし。
卒業してから一人暮らしをしようと思っていたが、今はまだ学生の身であるし自宅から大学まで近いということもあって家族と同居しているのである。
必然的に妊娠はばれるだろうし、流石に家族に黙って出産までこぎつけることができるとは思っていない。
帰宅して妊娠の旨を伝えると、哀しいかな両親は信じてくれなかった。
それもそうだろう。
異性の友人は多かったが、恋人の影も形も見えなかった娘が妊娠したと言ったところで俄かに信じることなどできるはずはない。
「エイプリールフールはまだ先だぞ」とか笑顔で言われると良心がちくちくと痛むけれど、こればかりは事実なので信じてもらわないと仕方がない。
テツナは先程受診してきた産婦人科のカードと母子手帳を見せ、そして自分が妊娠3か月なのだということを報告した。
ついでに父親の名前は言えないことと、結婚するつもりもなければ堕ろすつもりもないということも問い詰められる前に先に告げておいた。
とりあえず母親は落ち着いて見えたが、父親は絶句した挙句に現実逃避を決め込んで部屋に籠ってしまった。
まぁ報告はしたことだし認めてくれなければ家を出て一人で生活するまでですと、これまた非常に男らしい発言をして父親を嘆かせることになるのだが、せっかく芽生えた命を殺すという選択肢がテツナにないのだから当然だろう。
結局、一度決めたら絶対に諦めないという娘の性格を良く知っているため、泣く泣く出産に同意した父親である。
ちなみに母親は「テツナが間違ったことするはずないじゃないですか」と絶対の信頼を向けてくれたが、こういう時は怒っていいんじゃないかなと思ったテツヤは間違ってはいない。
無事(というには語弊があるが)両親から出産の許可も下り、テツナにとって障害となるものはほぼ無くなったかに見えた。
だが、最大の問題が残っている。
テツナが親しくしている友人たち――――キセキの連中だ。
恋人ではないけれどある意味恋人以上に濃い関係を続けている彼らに妊娠を隠しておくことは不可能に近い。
だがしかし、テツナは彼らに妊娠を告げるつもりはなかった。――――勿論、お腹の子供の父親が誰であるかすら。
というのも、彼らの中にいるからだ。
テツナの初めての相手であり、お腹の子供の父親でもある男が。
ばれれば間違いなく騒動に発展するだろう。
それはもう物凄いことが起こるに違いないと、テツナは過去の経験上から意地でも彼らに真実を伝えるつもりはなかった。
幸い彼らも大学4年生。
青峰と紫原はプロのバスケット選手としてNBAに在籍しており日本には不在であるため隠すのは簡単。
黄瀬も最近は本業だけでなくドラマやCM撮影などに忙しいらしく連絡がないため難しくはないだろう。
緑間は医学部に進んでいるために学業が忙しく、大学入学してから正月とクリスマスくらいしか会っていないためにこちらも問題はないかと思われる。
最大の難関である赤司は、東京から遠く離れた京都在住だ。
会えないとは言っても頻繁にメールの遣り取りはやっているから、あと数か月くらい顔を見せなくても問題にはならないだろうとテツナは計算した。
だが、万が一彼らに妊娠がばれた場合のためにカモフラージュが必要だろう。
ということでテツナは妊娠発覚時に問い詰められるだろうお腹の子の父親となってもらえる人物を探した。
そうして白羽の矢が立ったのは、もう誰だか見当がついていることだろう。
「ということで、僕と結婚してお父さんになってよ、火神くん」
「………………………………………………………………はあ?」
高校時代の光から久しぶりにまとまった休暇が取れたから日本に遊びにきたという火神の腕を引っ張ってマジバへとやってきたテツナは、大好物のバニラシェイクを飲もうともせず火神に向かって最大級の爆弾を投下した。
火神は凍りついている。それも当然だろう。
何せほぼ1年ぶりに再会した友人兼元マネージャー兼影である少女からいきなりのプロポーズである。
キセキの連中が嫉妬するほど仲が良いとはいっても、2人の関係はあくまでも相棒。
手を繋いだり抱き上げたりなんてことは日常茶飯事だったけれど、恋愛感情はお互いになかったはずなのだが。
ぐるぐると思考が空回りする火神に向かって、テツナは言葉の間違いに気が付いた。
「あ、勿論演技ですので。何かあった時のために僕の結婚相手のフリをしてしてもらいたいだけです」
「それを先に言いやがれ!!」
脱力感と同時に湧き上がってくるのは間違いなく怒りである。
学生時代からテツナのぶっ飛んだ発言には慣れているつもりだったが、今回は久しぶりだったから対応に戸惑った。
そして落ち着いてテツナの言葉を理解してみれば、とてもじゃないが安易に承諾できるものではない。
「つまり、お前は妊娠してるってことか?」
「はい、もうすぐ4か月ですね」
「こんなところでシェイクなんて飲んでていいのかよ。悪阻とか…」
「あ、僕軽い方みたいなんで問題なしです。勿論飲み過ぎは禁止ですが、産婦人科の先生からも『あなたは少しカロリーを摂取しなさい』と言われてまして」
「あー、お前ほっそいもんな」
「やかましいです」
「で、相手は誰だ? 青峰か、黄瀬かそれとも…」
「…それって言わないといけないことですか」
「少なくとも俺には聞く権利があると思うぜ」
「そうですか。言いたくないんですけどね………赤司くんです」
「何がどうしてそうなった?」
火神が呟いた言葉は、まったくもってその通りであった。
テツナとキセキの繋がりは強く太く、それはもう切っても切れないワイヤー並みにしぶといものだったが、唯一赤司とだけは距離があったと火神は記憶している。
それはテツナにとっても同様で、常に完璧で他者を導く立場の赤司とテツナは中学在学時にも決して親しいとは言えない関係だった。
勿論会話は交わしていたけれど、その9割は部活のことに関してで、2人の関係は誰がどう見ても主将とマネージャー以外の何者でもなかった。
お互い別の高校に進み、他のキセキと同じように試合で会うことも多くなり、他のキセキと同様に親しくなったような気はするが、それでも2人きりで会うような関係ではなかった。
テツナにとって赤司とは遠い存在でしかなかったのだ。
それがどうして妊娠に至るような関係になったかと言われれば、正直テツナも未だに良くわかっていない。
出版社との打ち合わせが終わった帰り道で、用事があって帰省していた赤司と再会した。
偶然の再会にじゃあちょっと軽く食事でもと赤司が言い、たまたま空腹を覚えていたテツナがその誘いに乗ったのが全ての始まりだった。
20歳を過ぎているしということでアルコールを頼んだのが不味かったのだろうか。
美味しい料理と赤司が薦める極上のワインで気持ちが浮かれていたのかもしれない。
とにかく普段より饒舌になったテツナは赤司との食事を楽しく終わらせた。
そこで帰れば良かったのだが、その後飲み足りないという赤司に付き合ってホテルのラウンジへと赴いた。
テツナにとって未知の場所である高級ホテルのバーラウンジは夜景の眺めも美しく、こういうシチュエーションは今度の小説に使えそうだと作家根性で周囲を観察しながら、テツナはグラスを傾けた。
普段からほとんどアルコールを飲まないテツナは、目の前のカクテルの度数がいくらかなんて知らない。
甘く口当たりの良いアルコールを何杯飲んだだろう。
1杯か2杯だと思うが、それでもテツナにとっては十分過ぎる摂取量であったことは間違いない。
次第に感情のコントロールができなくなり、赤司が告げた些細な一言がテツナの琴線に触れた。
何を言われたのか覚えていないのだが、とにかくテツナはその場で赤司に何事かを怒鳴り、そうしてテーブルの上に5千円札を叩きつけるとバーを後にしたのだ。
そこまでは覚えている。
そうして翌朝、目が覚めたテツナは見知らぬホテルのベッドで裸で眠っていたのだ。
隣には同じく裸の赤司。
むき出しの肩は予想外に広く、見事に均整の取れた肢体が目の前にあって驚いた。
声を出さなかったのは奇跡に近い。というか驚き過ぎて声が出なかっただけなのだが。
改めて己の身体を見てみれば、胸とか腹とか太腿とかに散らばる赤い所有の印。
身体を動かそうとすれば節々が痛むし、それ以上に身体の奥に感じる違和感が凄かった。
特に腰の痛みなんてもう言葉にするのも恥ずかしいくらいで、これはもう間違いなく一線超えてしまったのだと即座に理解した。
どうして喧嘩になった相手とベッドインしているのかテツナにも不思議で仕方なかったが、眠っている赤司を起こして問い質す度胸はテツナにはなかった。
ミスディレクションをフル活用してベッドを抜け出すと、服を身に着けてホテルを飛び出した。
そのままタクシーに乗ってまさかの朝帰りを初体験したのだが、両親が旅行で留守だったので無断外泊に気づかれることはなかったのが幸いだ。
そして家に帰って気づいたのだが、赤司がつけたと思わしきキスマークは先程発見しただけでなく首筋やら背中やらにもたくさん残されていてテツナは悶絶した。
初めてが酒の勢いで、しかも相手が友人ってどうなんだと嘆いたところで、やってしまったことは戻らない。
幸い赤司からその後も連絡なかったからあっちは覚えていなかったんだと納得したのだが、まさかたった一度の関係で子供が出来るとは思ってもいなかった。
大凡の事情を掻い摘んで説明すると、火神の表情が曇った。
「それってあいつには…」
「言ってませんけど何か?」
「いやいや、それっておかしいだろ。何で父親の赤司に言わないんだよ」
「言いたくないからです」
「ドヤ顔で言うことじゃねえだろ」
「喧嘩のついで酔ったはずみか覚えてないけど、うっかり昔の友人とベッドインしちゃった挙句に子供ができちゃいましたなんて絶対に言いたくありません。『本当に僕の子かい?』とか言われたら僕はどうしたらいいんですか。イグナイトじゃすまさない自信があります」
「よし、納得」
じろりと据わった目で睨まれて火神は白旗を揚げた。
高校からの付き合いだとは言え、テツナの強情さは良く知っている。
こういう目をしたテツナに自分の意見を覆させることは火神には不可能だ。
「まぁ、何だ。俺が出来ることならいくらでも協力くらいしてやるさ。父親が必要なら結婚したっていい。とりあえず、お前が後悔しないような選択肢を選べよ」
「火神くん…っ。素敵です。思わず惚れてしまいそうです。惚れないけど」
「どっちだよ」
キラキラと輝いた目で見るテツナに苦悩の色は見えない。
実際それほど悩んでいないのだろう。
黒子テツナは驚くほど逆境に強いのだ。
とはいえこのままで良いわけがないのも事実。
定期健診があるというテツナに別れを告げて、火神は携帯を取り出した。
連絡先は知っていたけれど、実際にかけたことはない。
通話は5コール目で繋がった。不機嫌そうな声に思わず苦笑する。
相手が火神を良く思っていないことは知っていたが、まさかここまでとは。
「忙しいとこ悪いけどさ、今すぐ東京に来てあいつに会わないと一生後悔することになるぜ」
怒りまくるテツナの姿を想像しながら、火神は電話の相手にそう一言だけ告げて通話を終了させた。
- 14.05.11