自らの行動の代償は、地獄のような責め苦だった。
優しさなど欠片もない、破壊するかのような痛みと屈辱。
愛し愛されて行われるべき行為は、負の感情が原動となればこれほどにも非道な行為はないだろう。
スザクがそれを選んだのは、おそらくルルーシュが最も屈辱と感じるからだ。
そしてそれは間違ってはいなかった。
僅かに残った矜持で悲鳴を上げずには済んだものの、その時感じた屈辱と恐怖はは潜在意識の奥まで残り、シャルルによって記憶を書き換えられてからも悪夢という形でルルーシュを強く苛んでいた。
逃げ場をなくした自分が獰猛な獣に喰われる夢を見るようになり、そのせいで不眠を患った。
記憶を取り戻してからもそれは変わらず、違うところと言えば獣の姿がスザクの姿に変わったことくらいだ。
姿を見るだけでも恐怖を抱く、声を聞くだけでも身体が震える。
それでも怯えを見せれば記憶が戻っているとスザクに露呈する恐れがある以上、必死でそれを隠してきた。
元々神経の細いルルーシュだ。
その行動が知らずルルーシュの精神を苛んでいたことにルルーシュ自身気づいていたのかどうか。
本人が気づいていないだけで、ルルーシュは限界にきていたのだ。
それに気づいていたのは、共犯者である魔女とあと1人――。
彼女を守る騎士のみだった。
◇◆◇ ◇◆◇
夢の中にいるのだという自覚はあったが、どうやったら目覚めることができるかはわからなかった。
ただ、この時間を耐えていればいつかは終わるのだと、半ば諦めの境地で受け入れるしかなかったルルーシュは、今回もそうして永遠にも感じる時間を過ごす覚悟を決めていた。
いつものことだ。
そう思いながら、逃げられない現状を耐えるべく身を硬くした。
だが。
ふわり、と何かが顔に触れた。
スザクのものではない、知らない何か。
慈しみすら感じる優しいそれは今まで感じたことのないもので、ルルーシュは戸惑った。
幾度となく繰り返された悪夢で、スザクはただの一度もこのように自分に触れたことなどなかった。
願望だろうかと一瞬思い、そんなことを考えてしまった自分に自嘲った。
――それでは自分が救いを求めているようではないか。
許されないことをしたのだ。
だから、これは罰なのだ。
それなのに解放されたいなどと思うほうがおかしい。
そう思うのにぬくもりはルルーシュの額から離れない。
ゆっくりと頬へと移動してくるそれは、まるで慰撫するかのように優しく、ルルーシュの心にまで浸透してくるかのようだった。
暗黒に塗り潰されていた世界からふわりと救い上げるかのようなぬくもりに誘われるまま、ルルーシュはゆっくりと目を開けた。
視界に広がるのは鮮やかな金髪。そして深い海の色。
「あ、目が覚めましたか」
カウチに寝そべる自分を覆いかぶさるように覗き込んでいたのは、見違えるほど大きくなった幼馴染。
「ジノ…」
「魘されていたので気になってしまって…御無礼かと思ったんですが」
そう言いながら無骨な手が再びルルーシュの額の汗を拭っていく。
一体どれだけ眠っていたのだろうか。
悪夢を見ている時は時間の経過などわからないのだ。
半日とも思えるほどの時間がほんの数十分だったことも少なくない。
視界に入る時計に目をやれば、やはり時間は一時間程度。
多忙な日常から慢性的な不眠を抱えるルルーシュは、どこでも眠れるという特技を持っていたが、睡眠時間が快適なものでないルルーシュにとってその時間は決して安らげるためのものではない。
今も身体の疲労は取れておらず、むしろ全身を苛む疲労感は眠る前よりもひどくなっている。
だがそれを目の前の男に悟らせるわけにはいかなかった。
明らかな不審を浮かべているこの男を誤魔化せるとは思えないが。
「…何があったんですか」
「何、とはどういう意味だ」
質問に答えるつもりのないルルーシュに、ジノの瞳がきつく煌めく。
「スザク、と」
微かに震えた肩に気づかないジノではない。
「名前を呼ばれました。彼との間に何が」
「生徒会の夢でも見ていたんでしょう。覚えていませんが」
「『やめろ』『嫌だ』。うわごとのようにそう言ってましたけど、それでも生徒会の夢だと?」
「生徒会のふざけた行事だったんじゃないですか。スザクが会長の遊びに付き合って俺に迷惑をかけるのはいつものことでしたから」
「ルルーシュ様」
鋭い声とともにきつく手を握られた。
偽りを許さない強い眼差しがルルーシュを射抜く。
この瞳は苦手だ。
幼い頃と何一つ変わらないから。
変わってしまった自分を痛感させられるから。
真剣な眼差しを受け止められず、ルルーシュは視線を伏せた。
「ご存知ですか? ルルーシュ様は嘘をつくとき必ず視線を下げるんですよ」
「っ?!」
そんなことはないと言おうとして再びぶつかった視線には、だが彼の言葉が真実だという確信に満ちた光があって。
昔からルルーシュに関してだけは妙に鼻の効くところがあったジノだから、もしかしたら本当なのかも知れない。
ただでさえ寝起きの頭は弱っていることもあって余計上手く働かず、更には家族以外で唯一心を許した人物から問い詰められて動揺しないわけがない。
「…もう、帰るぞ」
我ながら下手なごまかしだと思ったが、これ以上一緒にいれば何が露呈してしまうかわからない。
皇族であることは、どう誤魔化してもジノには通じないだろう。
ルルーシュが女性であることは確実に分かっているようだし、実力行使に出られたらルルーシュの性別などすぐにばれてしまう。
だが認めない限りはジノはそれ以上踏み込んでこないはずだ。
彼はルルーシュが本当に困ることは絶対にしないのだから。
そう考えたルルーシュは、多分間違っていない。
ジノは決してルルーシュの意向に沿わないことは出来ない。それは確かだ。
ただ、それは先ほどまでの話だ。
眠っているルルーシュが悲鳴のような声でスザクの名を呼んだ時にジノの騎士としての理性はぶち切れた。
皇族の中でも高い矜持を持つルルーシュが、切迫した声で男の名を呼ぶ理由は少ない。
スザクの名前だけだったら、友人であるスザクに助けを求めたのかと思えた――それでも十分気に入らないのだが。
だが次いで発せられた言葉はどう考えてもスザクが加害者となるべきもので。
ルルーシュを憎しみの眼差しで見つめていたスザク。
スザクの存在に怯え、それを必死で隠しているルルーシュ。
日頃から2人の態度に不信感を抱いていたジノとしては、その結果から推測できることは到底許せることではなく、ルルーシュがどう隠そうとしても問い詰めないわけにはいかないのだ。
カウチから起き上がった痩躯を背後から抱きしめた。
ほっそりした身体はジノが力を入れたら折れてしまいそうだ。
「ルルーシュ様。私は前に言いましたよね。大切なものはどんなことをしても手放さないって」
「ヴァインベルク卿…」
「そして、幼い頃にこうも言ったはずです。『絶対に姫様を守るから』と」
「……」
「だから」
すみません、という言葉と同時に身体が宙を舞った。
くるりと反転した視界に映ったのは、広い屋内プールの天井。
次いで全身に感じる水。
プールに放り投げられたのだと理解したのは、浮かび上がった身体を再び大きな腕に抱きしめられてからだった。
- 10.03.14