Sub menu


Seventh Heaven 02


私立氷帝学園高等部。
知人の紹介で採用試験を受けたら運良く採用されたので、今日から英語教師としてこの学校で働くことになった。
噂には聞いていたけど、すごい学校ですこと。
良家の子息子女が通う学校だけあって、門には警備員が常駐し校内のセキュリティは完璧。
私立大学並みの広さを誇り、当然のことながらそのへんの学校とは設備も何もかも違う。
「我が校は子供たちにのびのびと成長してほしいという理事長のお考えから、他の学校に比べてもかなり自由な校風になっておりまして校則も厳しくありません。そして生徒の自主性を尊重しているため、基本的に学校行事は生徒会が主体となっております。そのせいかよその学校に比べても問題らしい問題はありませんな。これもすべて理事長の素晴らしい教育方針の賜物と言うものです。そもそも我が氷帝学園は1919年の創立当時から……」

長い校長の話を右から左にスルーする。
学校の歴史なんて正直聞いても意味ない気がするし、何より自分の世界に入ってる親父の言葉なんて聞きたくないし。
どうやら校長は理事長をひどく尊敬しているらしく、二言目には理事長に対しての美辞麗句が出てくる。
別に悪いとは言わないけどあたし1人にそこまで細かく説明してくれなくてもいいのに。
むしろこの後に控えている入学式でその弁舌をふるってください。
こちとら寝不足なんですよ。
そのうえ見事に禿げ上がった校長の頭にライトが反射して微妙に眩しいんですけど。
早く解放してくれないかな。

「聞いておりますかな、先生」
「はい、当然ですわ」

おっといけない。スマイルスマイル。
笑うだけなら0円ですよ。

「それは結構。先生は若くお美しいのですから十分注意していただかねば」

そういわれてあたしの笑顔がひきつった。
はい?
いきなり何を言ってるんだこの人は。

「あの、私の年齢や外見が何か問題になるのでしょうか?」
「いやいや、とんでもない。先生のような才女が問題になるなんて…。ただ、ご存知の通り我が校は女子生徒に比べて男子生徒の数が比較的多いので、先生のように若い女性に対して憧れを超えた感情を持つ生徒がいないとも限りませんし……。若いということは誘惑に弱いものですから…」
「……」

それってあれですか。
あたしが暴走した生徒に襲われるかもしれないということですか?
おいおい、さっき問題はないって言ったばかりじゃん。

「あの…」
「ですが、怖がることはありませんよ。そのような輩からは私が守りますから。先生は安心して学校生活を送っていただけます」

校長は自分の世界に入っているのか、なにやら1人で納得してあたしの手をきつく握り締めた。
痛い……。

「先生が憂いなく仕事を行えるように、私が誠心誠意気を配りますから。もし何かありましたらすぐに私に相談してください。遠慮はいりませんよ」
「はぁ……」

目が血走ってて、正直怖い。
何でもいいから手を離してください。
男性の力で思いっきり握り締められるとこっちはかなり痛いのよ。

「あの、校長…?」
「私が力になりますから…」

「そのような心配は無用でしょう、校長」

校長の声を遮るように響いた渋い低音。
思わず声のした方を振り返ると、そこにはダンディーという形容詞がぴったりのおじさまの姿が。

「榊先生…」

おや、校長の顔色が悪くなった?
彼がじろりと私の手を掴んでいる校長の手を一瞥したのに気付いて、校長はそろそろと私の手を解いた。
なんか怯えているように見えるのは気のせいですか?

「あ…その……私は、この学校の…校長として…新任の先生に色々と……」

いきなりしどろもどろになる校長。
冷ややかに校長を見下ろす榊先生。
…どういうこと?

「氷帝にそのような不埒なことをするような生徒がいるとは思えませんし、第一彼女はこう見えてしっかりしているのでそのようなこと心配する必要はありませんよ」

…こう見えてってどういうことでしょうか。
ふふふ、私に喧嘩を売っているのかしら。

「…ところで、他の職員にも紹介したいのですが、そろそろよろしいでしょうか」
「あ……あぁ…。そうですね、お願いします」

一教師に校長が敬語を使うのを初めて見た。
何で校長より偉そうなんだろう。
これは質問してもいいですか?

「では、失礼します」

目線でついてくるように言われて、あたしは榊先生と一緒に校長室を後にした。
…ふぅ、よかった。
ぱたん、と扉が閉まったのを確認して、あたしは横にいる榊先生を振り仰いだ。
学校の教師だと言われても俄かには信じられないこの容貌。
どこかのホストクラブのオーナーの方がしっくりくるかも。

「ん? どうかしましたか先生」
「べーつーに。榊さんが先生って呼ばれるのが変な感じなだけですよ」
「そうか」

実は榊さんは父親の学生時代の後輩で、あたしは子供の頃から色々とお世話になっている。
ピアノやヴァイオリンを教えてもらったり、大学時代留学先を世話してくれたり。
そして氷帝に教員の空きがあることを教えてくれたのも榊さんだ。

「ところで、お父君は何か言っていなかったか」
「おととい電話が来ましたよ。くれぐれも榊さんに迷惑をかけないようにって、そりゃもうしつっこいくらいに念を押されましたけど」
「愛娘のことが心配なんだろう」
「…いや、この場合は榊さんの方が大事にされてると思うんだけど」

だって、『お前のことだから大人しくしているとは思ってない。多少のことは大目に見よう。だが、榊はお父さんの大切な後輩なんだ。くれぐれも彼が学園を追い出されることのないように頼むぞ』って言ってたのよあの父親は。
普通は『初めての仕事なんだから頑張れよ』とか『身体に気をつけろよ』とか言うんじゃないの?
まるであたしが問題児みたいじゃないのよ。
…まあ、ある意味間違いじゃないけどさ。
確かに大学時代見知らぬ男につきまとわれて自宅や大学に嫌がらせをされた結果、親にも迷惑かけまくって大学にもいられなくなって留学しましたよ。
その際に榊さんに多大なご尽力を頂きましたよ。
でも、あれはあたしが悪いんじゃないもん。
あー、思い出しても腹の立つ!
あの男のせいであたしの人生狂ったんじゃん。
報復はきっちりしたからいいけどさ。
当分出てこれないだろうし。

「…まあ、大学と違い氷帝はセキュリティがしっかりしているから、不審者も侵入できないだろう。万が一何かあったら校長ではなく私を頼りなさい」
「ありがとう、榊さん」
「…学校では先生と呼びなさい」
「はーい太郎ちゃん
「……
「冗談です。榊先生」

ふざけてたらじろりと睨まれた。
迫力があって怖い…。


「…そう言えば、昨夜先輩から電話があったのだが」

ぎくっ。

「あまり、夜遊びをしないように」
「……はーい」

…お父さんってば、あたしが電話に出ないものだから榊さんに電話したんだ。
実家か氷帝に通うには少し距離があるので1人暮らしを始めたんだけど、どうやらあたしの身辺に関して榊さんに頼んであったらしい。
あたしに信用がないというよりも、見知らぬ人につきまとわれて警察沙汰になったことがあるせいで心配なんだろう。
無理もないけど。最近多いもんね、ストーカー。
そういう理由であたしの住むマンションは、榊さんの家とまさに目と鼻の先。
榊さんの家からあたしの部屋が見えるという環境。
しかも大家は榊さん。
広さは申し分ないけど、監視されているようでなんか嫌だ。

「朝帰りは感心できないな」
「あ、あはは…。不可抗力です…」

まさか酔いつぶれてましたとは言えない。
そんでもって起きたらホテルで隣に見知らぬ男が寝てましたなんて、口が裂けても言っちゃいけない。
えっと、他の話題他の話題っと。

「ところであたしは何を担任するのでしょうか?」
「校長から聞いてなかったのか?」
「う〜ん、話したかもしれないけど、正直聞いてなかったのよ」

あらら呆れた顔。
仕方ないじゃん、校長先生の話長いんだもん。無駄なことも多かったし。
綺麗にスルーしてしまいましたのよ。

「君は英会話を担当してもらう。高校大学と外国に留学していた君だ。活きた英会話を教えられるはずだ」
「確かに高校はイギリスに留学したけど、大学はドイツよ」
「ドイツ語も教えたいのか?」
「…英語だけで十分です」

この人冗談言わないから、本当にドイツ語教師にもさせられそうで怖い。
新任の教師に掛け持ちさせないでください。

「今日は入学式と簡単な挨拶だけだが、落ちついたら学内を見て回るといい。そうしないと学内で迷子になるぞ」
「そうします」
「期待しているぞ」

そう言って榊さんはいつものようにあたしの頭を撫でようとして、ふと何かを思い出したように手を止めた。

「教師同士だからな」

なるほど、あまり親しいところを見せない方がいいということね。
榊さん、独身だし結構かっこいいから誤解されても困るもんね。

「これからよろしくお願いします、榊先生」
「うむ」

ぺこりと頭を下げると、榊さんがわずかに微笑んだ。
頑張りますか。

「監督」

あたしが両手を握り締めて気合を入れていると、背後から声がかかった。
監督…って榊さんのことよね。
あたしと彼以外ここにいないし。

「何だ?」
「来月に行う正レギュラーの合宿についてお聞きしたいことがあるのですが」
「わかった」

大きな影があたしの前に立ちふさがった。
今時の子は体格いいなぁ…ってあたしだって年あまり変わらないじゃん。

「…わかりました。ではこのように手配します」
「うむ」
「お手数を取らせて申し訳ありませんでした。では、失礼します」
「あぁ、跡部」
「はい」
「彼女が新しい英語の教師だ。お前もクラスも受け持つだろう。何しろ新任なものでわからないことなどあったら、色々教えてやってくれ」

そう言っていきなりあたしを跡部とかいう少年の前に押し出した。
あたしに向けられる青い瞳。あら綺麗。

「生徒会長の跡部景吾です」
「あ、です。よろしく…」

差し出された手を握ろうとして、ふと気付いた。
この繊細な顔立ち。
広い肩幅……。

ばさり、とあたしの手から校長室で受け取った書類が落ちる。
射抜くような視線がそんなあたしを見て、にやりと笑う。

そこにいたのは、数時間前まで隣で眠っていたスリーピングビューティー。


あぁ、神様。
あたしのことが嫌いですか?


  • 04.09.05