2人が部室に消えていってから数分後。
至って普段通りの練習風景を背後に、岳人と宍戸の2人はどうしたもんだろうと部室の扉を眺めている。
開けて入るのは簡単だ。
だが踏み込んだ先で何が行われているか考えると、怖くてとてもじゃないが開けたくない。
マネージャーいないからどこにいるのかと思ってさとかさりげなく言えばすむのだが、生憎岳人も宍戸もお世辞にも機転が利くとは言えないため、そんな尤もな言い訳すら思いつかないのだ。
これが普通の状況ならば2人だって何も考えずに扉を開けて中に入っているだろう。
それができないのは先ほどの2人の様子がちょっとばかりおかしかったからである。
正確には跡部の様子が、だ。
そして跡部と、2人の様子でどちらがおかしいほうが楽かと言われれば、間違いなく後者だ。
何しろ跡部は俺様の代名詞となっているような人物であり、邪魔をして完膚なきまでに叩きのめされた回数は1度や2度ではない。
その跡部がちょっと声をかけるのすら躊躇うような真面目な表情を浮かべていたのだ。
いくら怖いもの知らずの岳人と宍戸とはいえ近づきたくない領域はあるもので、その筆頭にあげられるのが不機嫌な跡部景吾という存在である。
だからといって見て見ぬふりもできないもので、さてどうしようと扉の前で躊躇うこと更に数分。
入学初日に跡部が無駄な改築を行った部室は、他の部活動の部室に比べてセキュリティは完璧だ。
ということは防音も相当しっかりしているため、扉に耳を押し付けるようにしなければ中の音はほとんど聞こえてこない。
「お前ら、何やってんねん」
「侑士」
聞きなれた関西弁に背後を振り返れば、タオルを片手に不思議そうな顔をした忍足の姿。
「練習終わったんなら五月蠅く言わへんけど、自分らちょいとばかり不審人物やで」
「…これには理由があるんだよ」
「理由って何やねん」
「それが…」
宍戸が説明しようとした時だ。
扉ごしにかすかな、だがしっかりとした声が聞こえてきて3人の動きが止まった。
『何で連れてこられたかわからねえって顔してるな』
『跡部せんぱ、い…?』
『大人しくしていれば優しくしてやるよ。…脱ぎな』
『…い…やです』
『』
『嫌です。だって…こんなの…』
『…俺を怒らせるのは利口なやり方じゃねえぞ』
『先輩っ! 待っ…』
『お前の意見は聞いてねえんだよ。自分で脱げないってんなら俺様が直々に脱がしてやるよ』
『嫌っ! 離して!!』
ヤバい。これマジだ。
岳人と宍戸が蒼白になり、忍足の表情が消えた。
『氷帝学園テニス部、部内でマネージャーに暴行』の文字が新聞の一面を飾るのを想像してしまった岳人と宍戸に罪はないはずだ。
だがそんなことよりも先にすることがあるだろう自分、と宍戸はドアノブに手を伸ばして扉を開けた。
「おい跡部、お前何やってんだよ!」
「くそくそ、跡部。に手ぇ出してんじゃねえ…よ…?」
なだれこむように入ったその先、おそらくソファー(もしくは床)に押し倒されているであろう少女と野獣の如き跡部を想像していた2人は、目の前の光景に思わず動きが止まった。
「痛い! 痛いです先輩!」
「わかってるから優しくしてやってるんだろうが。暴れるな。痛いのが嫌だったら捻挫なんかするんじゃねえよ」
「捻挫じゃありません。ちょっとひねっただけです」
「あぁそうかよ。じゃあ大袈裟に痛がるな」
「うぅ…。い…たくなんて、ないもん…」
そこにいたのは、ソファーに押し付けられている…もとい、座っていると、彼女の前に跪いて靴を脱がせている跡部。
まるで執事と女王様な光景だが、涙目でプルプル震えながら痛みに耐えていると、冷却スプレー片手に彼女の足を押さえている跡部の様子などから、与える印象はまるっきり違う。
「あぁ、やっぱりちゃん、足捻ってたんやなぁ。動きおかしい思うたわ」
「侑士、気づいてたのかよ」
「当たり前や。何ぼ何でも白昼堂々練習中に跡部がマネージャー襲うかいな。自分ら想像力豊かすぎやで」
呆然とする2人を余所に、忍足は跡部の隣に立つ。
の細い足首はそれほど目立たないにしろ赤く腫れている。
色が白いだけにそれは余計に目立ち痛々しい。
「あぁ、こらちょっと酷いな。何したん?」
「落ちていたテニスボールに気づかず踏んだだけだ。転ばないように堪えたせいで余計に捻ったんだろうよ」
「ちゃん、足元の注意力低いもんなぁ。前が見えなくなるほど荷物持つ必要あらへんよ」
「だって…」
「だってやあらへん。ただでさえマネージャーは重労働やねん。女の子1人に全部任せるほど俺らだって鬼ちゃうで」
自己嫌悪に陥っているを慰めるように忍足が頭を撫でれば、涙目のが視線を上げる。
無意識とはいえ上目遣い。
しかも涙目だなんて最強コンボやなと内心で呟いたのは内緒である。
「ドリンクかて用意してくれたら運ぶのは俺らでやるし」
「でも…マネージャーなのに…」
「ちゃんが怪我して平気な顔して練習できへんよ。俺らのことを思うなら、ほんの少しでいいから無茶せえへんといてや」
「は…い」
「ええ子や」
膝をついて視線を合わせ、忍足は言い含めるようにに言葉を伝える。
ようやく納得してくれた(らしい)の頭を嬉しそうに撫でる氷帝の天才。
その横では同じく膝をついての怪我を甲斐甲斐しく手当している氷帝の帝王。
そんな様子を何とも言えない表情で眺めているのは、ごく普通だと自認している岳人と宍戸の2人である。
なんだろう、この状況。
ぱっと見、を取り巻く逆ハーレム状態である。
困ったことに3人が3人とも、そんな自覚はこれっぽっちもない。
おそらくここに長太郎がやってくれば、前の2人と同じ行動に出ることは想像に難くない。
異常にもてるくせに女性に興味を示さなかった跡部と忍足、そして長太郎。
単なる過保護なのか、それとも…。
「…なぁ、宍戸」
「あ?」
「俺、何か凄く面白いことになりそうな予感がするんだけど」
「そうか。俺は嫌な予感しかしねえよ」
レギュラー3人のマネージャー争奪戦なんてことが起こったら、まかりまちがっても宍戸には面白いとは思えない。
と言っても3人の中で誰を応援するかと言われたら、可愛がっている後輩と答えるつもりではあるが。
岳人はダブルスパートナーの誼で忍足の味方をするかもしれない。
どちらにしろ重要なのはの気持ちである。
とりあえず自分たちが傍観者なのは変わらないので、温かい目で成り行きを見守っていようと決意を新たにした。
「ということで、お前に味方はいないけど、とりあえず頑張れ跡部」
「そうそう。応援しないけど、一応頑張れ」
「お前ら馬鹿じゃねえの」
- 11.01.07