Sub menu


多感な年頃につき 01


岳人は己の目で見たものが理解できなかった。
岳人が所属する氷帝学園男子テニス部は一癖も二癖もある連中が揃ってる。
優等生からそりゃもうとんでもない問題児までよりどりみどり。
個性的な人間の坩堝と言っても過言ではないほど濃い連中だということは岳人とてよく知っている。
自分がその濃い連中に含まれていることは棚上げにして、岳人は己の所属する部をそう評していた。
そしてその評価は決して間違っていない。
そんな癖だらけの人間の中でも最たる人物は、当然のことながらその連中を率いている部長であることは間違いない。
跡部景吾。
頭脳明晰、容姿端麗、文武両道。
更には大財閥の御曹司という羨ましいこと限りないこの男は、性格に多大な難があるとは言え、立っているだけで多くの女性の視線を集める程の人物である。
そんな彼だから、おそらく女性には不自由していないだろうと岳人は推測する。
尤も全国大会で優勝するという目標を掲げている現在、跡部に彼女がいないのは周知の事実である。
恋人未満の関係があるかは不明だが、見た目の派手さに反して跡部は意外と誠実なのでそういう関係がいないだろうということもわかっている。
だが、そんな跡部とて思春期の男子である。
彼女が欲しいとか誰それが可愛いとか思うのは当然であろう。
岳人とてそう思う時があるのだ。
岳人より精神年齢が高いであろう跡部が思わないはずはないはずだ、多分。

だが、そんな跡部景吾は女性を見る目が厳しい。
他の生徒よりも親しい岳人ですら、跡部が恋人を作ったという話はいまだかつて聞いたことがない。
跡部財閥の御曹司という立場がそうさせるのか、単に選り好みが激しいのか(岳人は後者だと信じて疑っていない)。
そんな跡部が最近気に入っている女性が、マネージャーのである。
男子テニス部正レギュラーが強引にマネージャーに引き入れた少女は、おっとりふんわりしていて大変可愛いのだが、残念ながら跡部の好みとは似ても似つかない。
だが、最近は気がつくと跡部とが一緒にいる姿をよく目撃するのだ。
テニス部の部長とマネージャーである。
一緒に行動する機会が多いのは当然と言えば当然なのだが。
感じる違和感を何と言えばいいのだろう。
上手く表現できないのだが、跡部の視線が常にを追っているように見えるのは岳人の気のせいではないはずだ。
コートに指示を飛ばしている時でも、ふと気づけば跡部はの姿を探すように視線を彷徨わせ、ミーティングの時も何かと気を遣っているように見える。
先日行われた他校との合同合宿でも過剰と思えるほど跡部はを己の隣に置いていた。
そして部活の帰りに跡部が乗る車にの姿を見ることも少なくない。
これはもしかしてこの2人は付き合っているのだろうかと思う要素は限りなく多い。
だが、一つ疑問に思うのがの態度である。
おっとりふんわりしているマネージャーは誰に対しても態度を変えないことで有名だが、観察してみる限りが跡部だけ贔屓をする様子は欠片も見られないのだ。
いくら公平に接しようとしても好きな相手ならば身贔屓が入ってしまうのは当然だろう。
なのににはそんな姿は見られないのだ。
一緒にいる姿は頻繁に目撃するものの、いちゃついているようには見えない。
見かけ以上に中身はしっかりしている少女だから公私のけじめはきちんとつけているということだろうか。
だがそれにしては相変わらず鳳との仲は宜しい。
それこそ2人が付き合っていると噂される程には。
今も岳人の目の前で転びそうになったを鳳が後ろから抱き上げる形で受け止めている。
状況だけを見れば熱愛中のカップルに見えなくもない。
実際こういう場面を何度も披露しているために2人が付き合っているという噂が学校中に広まっているのだから。
自分の恋人が他の男と噂になっていることを面白いと思える男がいるだろうか――答えは否、だ。
況してや相手は跡部景吾。
氷帝の帝王と呼ばれるほどの俺様だ。
ちらりと視線を向ければ眉間に皺の寄った跡部の姿。

(やばいんじゃないかなぁ)

そう思いながらも事の展開を見守ってしまうのは、恋人がいない僻みでも妬みでもない。
向日岳人、14歳。
好奇心の多さは誰にも負けない自覚はある。





   ◇◆◇   ◇◆◇





傍観者を楽しんでいられるのは、己に被害が及ばないからである。
そう断言できるはずの状況は意外な形で破られることとなった。

部室の横で洗濯物を干していたが跡部に拉致されたのである。
洗濯途中のを強引に抱き上げて部室の中に消えていく姿を目撃したのは、事態を温かい目で見守っていこうという覚悟を決めたばかりの岳人と、実は妹のようにを可愛がっている(が、本人はばれていないと思っている)宍戸の2人だ。

たまたま予定よりも早くラリーが終わり、飲み物が用意されていないことに気づいた宍戸がの姿を探していたらそんな事態を目撃してしまったのだ。
明らかに抵抗していた
だが見るからに小柄で非力なだ。
あっさりと跡部に捕まり、抵抗むなしく抱えあげられて部室の中に連れ込まれたのである。
しかも俵担ぎ。意外にフェミニストな跡部らしからぬ乱暴な行為だ。

「あれって…」
「まさか、な…」

跡部がを気に入っていることは宍戸も承知である。
何せテニスに関しては真剣な跡部だ。
ミーハーな女を関わらせるはずもなく、部活中に自分の傍に女性を置くというだけで天地がひっくり返るほどの事態なのである。
しかも彼女をマネージャーにすると決めたのは正レギュラーの陰謀だが、跡部は反対するどころかしっかり賛成した上で計画に加担したほどだ。
気に入っていることは確実。
そして跡部は気に入ったものは手放すほど心が広くない。
ぶっちゃけ跡部景吾という人物は心が狭い。
物に対する執着は限りなく薄いが、人に対する執着は半端ないということを知っている人間は意外と少ない。
だが、そこそこ長い期間と密度の濃い友人関係(と言って良いものかどうかは微妙なところであるが)から、岳人と宍戸は跡部のそんな性格を知っていた。
そりゃもう嫌というほどに。
そして宍戸も跡部がに対して特別な感情を抱いているのではないかと憶測していた1人である。
何しろ女性に優しい跡部というのを見たことがなかったのだから、誤解するなというほうが難しい。
だからこそ鳳との親しげな様子は少々やばいんじゃないかなと思っていたのも事実である。
跡部が真実に対して恋愛感情を抱いているのだとしたら、大変な事態になるのは確実だと常々危惧していたのだ。
そして目の前で起こった拉致事件である。
今は練習中。
鳳は日吉と練習試合の真っ最中でと跡部が消えたことには気づいていない。
それはもちろん他のメンバーも同様で、今のところ気づいているのは偶然目撃してしまった岳人と宍戸の2人だけだろう。
このまま見なかったことにしてしまうのが一番安全だ。
とりあえず自分に被害は及ばない。
だが、がどうなるか心配だ。
跡部とて思春期の少年である。
大人のふりして押さえていた箍が外れてしまわないと誰が言えるだろう。

「俺、ちょっと様子見てくるわ」
「あ、俺も行く」
「ばっ…、2人で行ってどうするんだよ」
「だって心配だし…。部室でどうとかないとは思うけど、何せ跡部だから…」

権力も財力もある男は、時としてとんでもないことを平気でやりかねない。
特に跡部は頭も切れるために後先考えない行動は取らないだろうが、だからこそ計画的に何かを遂行しそうである。
何かって何?とかは聞かないでほしい。
思春期の少年には刺激が強いものであることだけは確かだ。

脳内ですっかり『恋人(もしくは好きな人)が他の男と仲良いことに嫉妬した跡部によって密室に連れ込まれた』という図が出来上がってしまっている2人は、いざとなったら殴ってでも彼女を助けなければという決意のもと部室へと足を進めた。

完全の自分たちの世界に入り込んでいる2人は、背後で様子を窺っていた人物の視線には気づかなかった。


  • 10.12.26