姿も声も違う。
だが、何故だかそう思った。
短い期間でも母親だったのだ。
幼い彼が取った行動の何もかもがまだ記憶に新しい。
困った時に僅かに俯く癖。
拒絶されることを恐れている瞳。
言いたいことを素直に口に出せない繊細さ。
どれも梵天丸が見せていた寂しい癖だった。
自分の家族となってからは少しずつ見せなくなっていたのにと思えば少しだけ切なくなる。
こちらの世界はどうあっても彼に優しくないのだろうか。
だが、立派に成長している。
武将として立派に育ったかどうかまではわからないけれど、少なくとも成人と呼べるほどにきちんと育ってくれた。
そして彼にとっては10年以上の歳月が経っているにも関わらず、まだ自分のことを覚えていてくれたことが何よりも嬉しかった。
たとえ姿が変わっていても、最愛の息子に変わりはない。
部屋の入口に立ったまま入ることを躊躇している青年に、はゆっくりと腕を広げてみせた。
「いらっしゃい、梵ちゃん」
目の前の青年の顔がくしゃりと歪んだ。
何かに耐えるように握りしめた拳がかすかに震えている。
躊躇うように視線が彷徨ったのはほんの僅かな時間。
気が付けばは大きな胸に抱きしめられていた。
「………会いたかった」
小さな声は耳元で囁かれていたからの耳にもしっかりと届いた。
震える背に手を回してあやすように軽く叩く。
ポンポンと安心させるように叩かれるそれは、寝入りばなの梵天丸によくやった仕草で、それに気づいたのか青年の腕に僅かに力が加わった。
より広い背中。
だけど葵よりは少し細いかもしれない。
彼は細身だったけれど意外と筋肉はしっかりついていたから比べるのは少々酷かもしれない。
まだ成長期だし。
あぁでも腕の力は葵より強いかもしれない。少し苦しい。
けほ、と小さく咳き込めば慌てて腕の力が緩んだけれど、それでもを逃がさないようにと腕の中に抱き込んだままだ。
は己の首筋に顔を埋めている青年へと声をかけた。
「梵ちゃん? それとも政宗くんかな?」
「政宗だ」
「私にとっては1年ぶりなんだけど、政宗くんにとっては何年ぶりになるのかしら」
「14年ぶりだ」
「そっか。随分久しぶりだね」
「……あぁ」
ようやく腕の力が抜けたお陰で自由になった手で政宗の頭を撫でる。
くしゃりと頭を撫でれば一瞬だけきょとんとした表情を浮かべたのが何だか可愛かった。
ふわふわとした子供特有の柔らかい髪が、今ではしっかりと大人の髪質に変化しているのが少しだけ残念だ。
あの猫っ毛は結構気に入っていたので。
だからといってどちらもが大切にしていた子供に変わりはない。
「ねえ、久しぶりのお母さんにもっと顔を見せて」
至近距離で見つめる瞳に政宗がわずかに視線をそらす。
自分に自信を持つようにと、から言われて育てられた。
だが政宗が自分に自信を持てたのは、あちらの世界にいた間だけだ。
たった半年の間だけの夢の時間。
その期間だけが政宗にとって楽しい日々だった。
こちらに戻ってきてからは相変わらず母親は自分を疎むし、家臣の誰もが片目の梵天丸を奇異な視線で見ていた。
父親は梵天丸を可愛がってくれてはいたけれど、彼の目の届かない所では家臣からのあからさまな侮蔑の言葉も決して少なくなかった。
そんな彼らを見返すように頑張った結果が今の政宗なのだが、それは政宗が心身共に強くなったわけではなく、偏に「舐められないように」と、それだけを思いながら生きてきたからだ。
弱い心を護るように武力を身につけた。
家臣達に余計な声を挟ませないために異国語を学んだ。
そうして出来上がった『奥州筆頭・伊達政宗』。
抵抗する敵には一切の容赦を見せず、ワンマンと言われるほど独断で領土を統治してきた。
多くの敵を葬った。
必要とあらば人質となった父にも銃を向けたし、謀叛の旗頭となる可能性を持った実弟すらこの手で命を奪った。
弱い梵天丸では戦国を生きていけなかったから。
強くなるしかなかったのだ。たとえその方法が褒められた行動ではなくても。
ずっと会いたかった。
だけど、こんな血に濡れた政宗が、あの優しく正しかった両親に会う資格があるのかわからなくて、こうして対面できたというのに顔を見ることができない。
この母から拒絶されたら、政宗はどうしてよいかわからないのだ。
だが、はやはりで。
視線を逸らそうとする政宗の頬を両手で挟んでぐい、と顔を近づけてきた。
吐息が触れるほどの距離は、傍から見ればまるで睦言を囁いているように見えるだろう。
幼い頃から綺麗だと思っていたの顔はこうして見てもやはり美人だ。
黒目がちの瞳は少しだけたれ目で、そのせいか政宗よりも年下に見える。
美人というよりは愛らしさが勝るのは、が持つおっとりとした雰囲気が表情にも表れているからだろう。
だが彼女が怒ればとんでもなく怖いことを、政宗は経験から知っている。
状況も忘れて呑気にそんなことを考えていれば、ゆっくりと右目を隠していた前髪を払われた。
露わにされる顔に一瞬だけ息が詰まる。
眼帯で目を隠したのは、傷口を晒したくないから。
それでも奇異の視線を向けられるのが面白くないから前髪で隠していた。
それを取り払いはじっと政宗の顔を凝視する。
そろそろ居心地が悪くなってきた政宗の前で、はにっこりと笑う。
「うん。恰好良く育ったね。流石、私と葵さんの子」
いい子いい子と頭を撫でてくる手を、政宗は呆然としたまま受け入れる。
政宗は確かにと葵を両親だと思っているが、そこに血の繋がりは当然だが存在しない。
とてそれは承知のはずなのだが、それでもそう言ってくれるのだろうか。
たった半年。
にとっては気紛れで拾ったような子供だったから、もしかしたらすっかり忘れているのかもしれないとも思っていた。
あの時代の人々はとても優しくて、恐らく迷い込んだのが梵天丸でなくても同じように愛してくれたのだろう。
ほんの少し一緒に時間を共有しただけの異邦人。
そう思われてもおかしくなかったのに、は一瞬の躊躇いもなく自分の子と呼んだ。
それが嬉しくないわけがない。
「……当然」
小さな身体を抱きしめて政宗はそう呟いた。
◇◆◇ ◇◆◇
そんな感じで繰り広げられた感動の親子の再会は、横から入ってきた第三者の声で終了させられた。
「政宗様…」
コホン、という咳払いがどこかから聞こえては視線を彷徨わせた。
すると政宗が入ってきた襖の向こうに、何とも居心地が悪そうな様子で膝をついている強面の男性がいた。
目つきや表情もそうなのだが、頬についた傷がの世界にいる極道の人を彷彿させて、思わずの背中が揺れた。
男性の視線は政宗にだけ注がれている。
の存在は敢えて目に入れないようにしているらしい。
どうしてだろうと首をひねる前に政宗によっての全身はその男性の視界から隠された。
が身に着けているのは白い着物1枚だけ。
本人は浴衣のようなものだと思っているが、こちらの世界でそれは単衣と呼ばれる肌着のようなものだ。
つまり、今のは下着姿と同然である。
赤子ならまだしも妙齢の女性が異性の前に晒す姿ではない。
勿論政宗はそれに気づいているが、自分は息子なのだから構わないだろうという判断だ。
そんなわけで小十郎に見せるつもりは毛頭ない。
「何だよ、小十郎。折角の親子の対面を邪魔するんじゃねえよ」
「親子だろうが恋人だろうがどちらでも結構です。いい加減離れてください」
「Never(嫌だね)」
「対面でしたら改めて席を設ければ良いでしょう」
「そんな他人行儀な真似ができるか」
「貴方様は奥州筆頭なのです。お立場をわきまえてください」
「息子として母上との再会を楽しんで何が悪い」
「そういうことを言っているわけではありません。その娘とていつまでもそのような恰好をさせておくわけにもいかないでしょう!」
「お前が見なければ良いだけの話だ。小十郎、出ていけ。邪魔だ」
「政宗様! 少しはこちらの話も聞いていただきたい!!」
とうとう耐えきれずに怒鳴った小十郎の眉間には大きな皺が刻まれている。
あ、何だか苦労してそう。
は突然現れた男性に対してそんな感想を抱いたが、それは概ね間違っていなかったのである。
- 12.05.08