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月に叢雲花に風 01


「三成、いるかい?」
「おねね様」

長浜城の一角、子飼いの武将である彼らの執務室となっている部屋へ、ねねがやってきた。
城主の奥方となったと言っても昔からの性格が変わるわけでもなく、又、本人が忍びということもあるせいか、ねねは用事があると呼びつけるよりも先に自分が赴いてくることが多々あった。
それは例えば珍しいお菓子を貰ったから食べにおいでという用事だったり、子供同士の諍いを仲裁するためだが、どれほど偉くなってもねねは変わらない。
だが、どういうわけかここ最近ねねがやってくる理由のほとんどが三成に用事があるものだった。
三成は秀吉の子飼い武将の中でも内政に優れていて、秀吉から頼られている仕事は清正よりも多い。
実際忙しいわけだが、彼にとってそれは大して苦にならないようで、頻繁に部屋を留守にするわりには日が暮れる頃にはきちんとそれらは終了している。
今日もまたねねがやってきて、三成は彼女と一緒に姿を消した。
最初のうちは何か粗相をして怒られているのだろうと揶揄していたが、こうも頻繁に訪れるとなるとどうもそれは違うらしいと思うようになった。
第一ねねの表情は怒っているというよりも困っているといった感じだったし、三成も特に恐縮した様子は見られないからだ。
では一体どんな用事があるのだろう。
普段のねねなら三成に用事があるようならば、その場に正則や清正がいようが構わず話していく。
執務の邪魔になるからという配慮は一切ない。
むしろきちんと仕事できているかなどと軽口を言いながら彼らの仕事をひやかしていくことだってあるのだ。
三成にだけ、誰にも聞かれたくない話があるのではないかという推測は正直面白くない。
清正の中で自分はおねねと縁続きの間柄で、誰よりもねねとは近い関係にあるのだという自負があった。
たとえ同じ子飼いの身であろうと、後からやってきた三成よりねねに近い位置に存在なのだと思っているからこそ、ねねが三成に何をしているのか気になって仕方がなかった。
言葉にすればみっともないことがわかっていたので絶対に言うつもりはないけれど。 だが、そんなちっぽけなプライドは正則にはなくて。

「なぁなぁ、おねね様は頭でっかちに何の用事なんだろうな」
「…さぁな」
「だってよお、ちょっと前は10日に一度程度の呼び出しだったのに、最近は頻繁だろ。昨日だって呼ばれてたしさ。面白くねーじゃん」
「俺に聞くな」
「口の悪い奴らは三成はおねね様に色目使ってるとか言う奴だっているんだぜ。勿論、おねね様には伯父貴がいるんだから頭でっかちなんか興味ないってわかってるけど、でも、何か許せねーじゃん」
「…だから、俺に言うなって」

面白くないのは清正だって同じだ。
だが、ねねが話すつもりがない以上、聞いたところで無駄だろう。
常に不満そうな表情でねねについていく三成の様子からして、三成が話すとは到底思えない。
そういう基本的な人付き合いが三成は壊滅的に下手なのだ。
今日も恐らく少しして戻ってくる三成の顔色から何かあったのか探るくらいしか出来ないのだろう。
清正は正則に悟られないようにため息をついた。





   ◇◆◇   ◇◆◇





「―――…さぁ」
「――…です。……だから俺は……」
「でも…―――なん……、いつ…でも……」
「――………ません」

何となく気分が落ち着かなくて休憩と称して歩いていた時だった。
奥の部屋からそれは聞こえてきた。
日当たりのよい場所で少しだけ居眠りをしようと、普段は用のない一角へ足を踏み入れた清正は、切れ切れに聞こえる男女のものらしき声に足を止めた。
何やら言い争いをしているようだ。
城で働く女中と足軽の痴情のもつれだろうかと思い、清正は面倒事に巻き込まれるのは御免とばかりに踵を返そうとした。
だが、聞こえてきた名前に足が止まった。

「――いい加減にしなさい、三成!」

声はねねのものだった。
いつも陽気で朗らかな口調のねねらしくなく、真剣そのものの声。
戦場ですら明るさを失わないねねのそんな声は、ねねが本気で怒っているという証拠でもあった。
三成は一体何をやらかしたんだ。
好奇心が疼くのは仕方ない。
清正だってまだ10代の若者だし、沈着冷静でおよそ間違いなんてしそうにない三成がそこまで叱責される理由には興味がある。
忍び足で襖へと近づく。
ねねは忍びだ。人の気配には聡いから普段ならばすぐに気付かれてしまうだろう。
幸いにもねねは三成に意識がいっているらしい。
気付いた様子もなく言葉が途切れることはない。

「いつまでも騙せるわけないんだよ。あんただってもう18歳だ。いくら何でももう無茶だよ」
「そんなことありません。俺は完璧にやり遂げている。誰かに気取られた様子すらありませんよ」
「そんなのあんたがそう思いこんでいるだけだよ。うちの人だって三成は色気が出てきたって言ってたし、利家だって三成は最近妙に綺麗になったって噂してる。確かに最初に許したあたしが一番悪いのかもしれないけど、でも、あんたの立場が悪くなっていくのは、あたしは嫌だよ」
「おねね様…」

何だこの会話は。
まるで不義が見つかりそうな女主人とその家臣のような会話ではないか。
いや、むしろそのものだ。
ねねが秀吉と不仲だという話は聞いたことがない。
いつ見ても夫婦円満で、おしどり夫婦とは2人のことを言うのだろうと、仲の良い義父と義母が羨ましくもあり自慢でもあった。
それなのに、これは一体…。
怒りで目の奥がチカチカする。
ねねが若い三成を誘惑するはずがないから、2人がそういう仲になったとしたら原因は間違いなく三成にある。
恋愛事には一切興味ありませんという涼しげな顔をしておきながら、義母であり主君の奥方であるねねに手を出しているなど無礼千万。
不義密通は即処刑されても文句は言えない。
秀吉が気付いていないなら清正が代わりに三成を斬り捨てる。
そう決意し、思わず剣の鯉口を切ろうと手を伸ばした――その時。



「あんたは本当は女の子なんだ。いくら背が高かろうが、男の振りはもう限界なんだよ」



「…………!!!」



ねねの言葉はかつてない衝撃となって清正を襲った。
声を出さなかった自分を褒めてやりたい。
女? 誰が? 三成が?
確かに三成は男にしては線が細い。
毎日の鍛錬を欠かさずに行っているにも関わらず、二の腕は清正の半分ほどしかなく、胴周りなんて驚くほどの細さだ。
だが、子供の頃ならまだしも、この年齢になって性別を偽ることなんてできるだろうか。
年頃になれば誰でも外見に変化が出てくる。
特に女性の変化は顕著だ。
胸や腰が出っ張ってきて、滑らかな曲線を描く。
鍛錬している三成の姿を思い出してみるが、確かに細いけれど胸も腰も特に目立った様子はなく相変わらず薄い身体をしているなという程度の認識しかない。
胸は晒しで潰しているのだろうか。だが腰は無理だ。
ということは元々肉付きの悪い身体なのだろう。
そう想像してしまい清正は慌てた。
つい先ほどまでいけ好かないと思っていた男が女だからと言って、そういう対象で見てしまう自分が何とも浅ましいように思えたのだ。
だが、三成の外見は男にしては惜しいほど秀麗さを持っていたし、常にそういう考えに直結してしまうのは年頃の男性だから仕方ないのだと誰にともなく言い訳する。
そんな慌てる清正を余所に、ねねは言葉を続ける。

「あんたは元々華奢なんだ。腕だって細いし体力だって清正や正則のようにはいかない。頭脳働きは優秀でも、男として生きてけばそのうち戦場にだって行かなくちゃいけないんだよ。そんなのつらすぎるじゃないか」
「おねね様だって戦場で華々しく活躍しているじゃないですか。確かに俺の体力はあの馬鹿どもに比べたら微々たるものです。ですが、体力は知力で補える。皆の足手まといになるような失敗はしませんよ」
「あたしは忍びだよ。体力だって武力だって清正や正則になんて負けやしないよ。そういうことじゃなくて、あたしは三成に女として生きてほしいって言ってるんだ」
「おねね様…ですからそれは何度もお断りしているじゃないですか」
「いやだよう。あたしは娘に服を選んだり、一緒にお菓子を作ったりお忍びで城下に遊びに行ったりしたいんだよう」
「やっぱりそれが本音ですか。冗談じゃないですよ。たとえ戻ったところでそんなの御免です」
「三成は絶世の美女なんだから、着飾れば誰もが振り返るくらいのお姫様になれるのに…。でも、そんな三成をうちの人が放っておかないだろうから、あと少しはこのままでいいかなと思ってる自分もいるんだよねぇ」
「秀吉様が俺なんかに興味を持つわけないじゃないですか。趣味が悪いにも程があります」
「…あんたは、本当に頭はいいのに自分のことをよく知らないねぇ」



どうやって部屋まで戻ってきたかよくわからない。
とにかくねねや三成に気付かれずに戻ってこれたのは我ながらよくやったと思う。
ねねは勿論だが三成も気配に聡いから、多分気付かれなかったのは単純に運が良かっただけだろう。
そんな強運に感謝しつつ、先ほど聞いてしまった話を脳内で反芻する。
三成が女だった。
そしてそれを知っているのはねねだけで、秀吉や秀吉の親友である前田利家は三成の性別を知らないが最近綺麗になってきたことは感じているようである。
三成も今年で18歳。
普通なら嫁いでいても可笑しくない年齢だ。
むしろ武家の家では嫁き遅れと呼ばれてる年齢だろう。
普通の姫君なら早くて10歳、遅くても13〜14歳程度で婚約は終わらせているのが普通だ。
秀吉を始め豊臣勢の力は最近めっきり大きくなってきている。
そんな秀吉との繋がりを深めようと、清正や正則にすら婚姻話が少なからず舞い込んできている。
政略結婚が当然の武家社会だ。
三成が女性だと公表されれば、男児しかいない家はこぞって三成を正室にと言い募ってくるだろう。
口の悪さは髄一だが、外見だけで言えば確かに三成は誰よりも綺麗な顔立ちをしている。
たとえ政略結婚でなくても三成を妻にと願う者は少なくないはずだ。
そんなことを想像して、清正は何だか胸がむかむかしてくるのを感じた。
本来なら豊臣の力が大きくなるのは喜ばしいことだし、いけ好かない三成が嫁に行ってしまえば静かでこの城も今よりもっと居心地がよくなるだろう。
清正だって鍛錬で三成が怪我しないか気に止む必要だってなくなるのだ。
めでたいことではないかと思うものの、では誰が三成を娶ることになるだろうかと考える。
秀吉の主君である信長には、三成と年の近い男子が多くいる。
信長に心酔している秀吉が信忠や信雄の側室にと三成を差し出すことだって容易に考えられるし、美女には目のない秀吉が手を出さないとも言い切れない。
少なくとも三成は嫁ぎ先に苦労することはないだろう。
そうなればすぐにでも婚礼が行われても可笑しくない。
そう考えてしまえば、気分はすこぶるよろしくなかった。
口が悪くて態度が悪くて性格が悪いあいつが婚姻?

「…そんな奇特な奴がいるか」

そう言い捨てて自らの思考に蓋をした清正は、だが戻ってきた三成の顔を見ることができないまま夜を迎えることになるのだった。


  • 10.09.01