台風一過とはまさにこのこと、と言わんばかりの厨房をようやく片付け終えたキラは、先程作ったクッキーとクルーが用意してくれた紅茶を手に自分の部屋へと戻った。
あまりの惨状を見るに見かねて片付けを手伝ってくれたクルーにお礼と称してクッキーをプレゼントしたが、それでもキラの手元に残された量はかなりの数だ。
大きめの籠に山盛りになったそれをこぼさないように扉のロックを外すと、室内にいたアスランがキラの様子に気付いて苦笑した。
「すごい荷物だね、それ」
右手に山盛りのクッキー。左手にティーカップの乗ったトレー。
どちらもバランスを崩したら大変なことになるのは必至である。
艦内は無重力空間だから重さを感じないため運ぶのは楽だったが、先程までアスランがマイクロユニットを作成していたため室内では重力が設定してある。
すっかりそのことを忘れていたキラは、室内に入るなり感じた重力に思わずトレーを取り落としそうになった。
慌てて体勢を整えて何とか最悪の事態は免れたものの、その様子を見て思わず笑いを漏らしてしまったアスランに気付いて、キラはじろりとアスランを睨んだ。
「アスラン、笑ってないでどっちか持ってよ」
「それは失礼」
ぷくっと頬を膨らませてそう言うキラに、アスランはまだ笑いながら立ち上がってキラの手から恭しくトレーを取り上げた。
ようやく片手が自由になって、キラは両手で籠を持ち直した。
「ところで、その手に持ってる大量のクッキーは何?」
「イザークと僕の、血と汗と涙の結晶」
「はぁ?」
「まあ食べてみてよ。はい」
キラは籠から形のよさそうなものを一枚選ぶとアスランの口元に差し出した。
両手がふさがっていたアスランは、当然のようにそれを頂く。
口の中にふんわりと広がるチョコレートの味。
「結構美味しいね。全部イザークが作ったの?」
「多少の手伝いはしたけどね。粉をふるうとかチョコを刻むとか」
実は、他にも色々手伝ったのだ。
何故ならイザークは本当に何もできなくて、チョコを湯せんで溶かしてと言おうものなら、チョコの入ったボールの中にお湯を注ごうとするし、生地を切るように混ぜてと言えばどこからか包丁を持ってくるしで、肉体的よりも精神的に疲れてしまった。
結局二度ほどキラが見本と称してクッキー作りの過程を見せておいて、その後イザークが自分1人で挑戦したのだ。
その前に作ったクッキーは、どこをどうしたらこんなに固いものが作れるんだという状態だったり、こんがりキツネ色を通り越して消し炭のようになってしまったものだったりで、それらは余人の目に触れないように秘密裏に抹消した。
だから今キラが持っているクッキーのほとんどはキラが作ったものである。
「へぇ。イザークもやればできるんだ」
「…そうだね」
上達は素晴らしいものがあったが、キラはイザークには二度と料理をさせないと心の奥で誓っていた。
型抜きクッキーを作るのに何故か包丁で指を切るような人は、周囲の心の平穏のためにも厨房に入らないでほしい。
「でもさ、これは俺たちだけで食べるのは、正直つらいよ?」
テーブルの上にトレーを置いて、アスランはキラに紅茶を差し出す。
キラはバスケットを机の上に置いて、小さくため息をつく。
「どうしようかね?」
「クルーに分けてあげるとか?」
「もうあげちゃった」
「それなのにこんなに残ってるの?」
「…だって本に書いてあった分量で作ったら結構多くなっちゃったんだもん」
しかも合計3回作ったし。
「まあ、いいけど…」
そう言いながらベッドに腰かけたアスランは、籠から一枚クッキーをつまんだ。
「まあ、腐るものじゃないし…。後でニコルにも分ければいいか」
「うん」
「それに」
「何?」
アスランの隣に腰を下ろし、キラは訊ねた。
「せっかくのバレンタインだから、チョコレートがあるのも悪くないな」
「そうだね」
キラはアスランの手にある食べかけのクッキーをぱくり、と食べた。
「せっかくのバレンタインだもんね」
至近距離からアスランを見つめ、キラは嬉しそうに笑った。