暗い。
一条の光すら差し込まない、深い深い闇。
自分が立っているのかそれとも浮いているのか、それさえも判断できないほどの暗闇の中にキラはいた。
「僕は……?」
自分が何故こんな場所にいるのか分からないキラは、呆然と呟き周囲を見渡した。
だが何も見えず、何の音もしない。
耳に痛いほどの静寂が周囲を包んでいた。
「トール、カズイ!皆どこにいるの!?」
呼ぶ声は闇に呑み込まれ、応える声もない。
「サイ!ミリアリア!!返事をしてよ!」
何度呼んでも応える声はなく、キラは途方にくれたようにその場に座り込んだ。
地面の感触がないので、実際に自分が座っているのかは分からなかったが、深く考えると恐怖と混乱でパニックになりそうだったので、とりあえずそのことに関して考えることはやめた。
それよりも、何故自分がこんなところにいるのか、そのことのほうが重要だった。
アークエンジェルに搭乗することになり、成り行きでモビルスーツのパイロットに選ばれた。友人を守るために、懐かしい友と敵対する立場となったのはつい先日。
守ろうと決めた多くの命は宇宙に消え、多くの同胞をこの手で消してきた。
哀しかった。
辛かった。
誰もが自分をコーディネイターだからと言って戦闘に出ることを要請し、そしてその一方で自分達とは異質のものを見る目を自分に向けた。
差し伸べられた優しさは偽りのもので、それでも唯一のぬくもりに縋るしか正気を保つ術がなかった自分。
何度となく繰り返される戦闘。
親しい友と幾度となく剣を向け、その度に自分の中で何かが壊れていくのを感じた。
疲れた、と思った。
逃げたい…と何度も思った。
だからだろうか。自分がこのような場所にいるのは。
ここには何もない。
戦争も喧騒も。
守るべき人も、倒すべき敵も、ここには一切存在していない。
あるのはただ一つ。
己自身のみだ。
「僕はここにいて、いいのかな…」
ぽつり、とキラは呟いた。
ここがどこだか知らないが、本当に疲れていたのだ。
このままずっとここにいて、誰も傷つけず誰にも傷つけられず過ごせたら、それはそれで幸せかもしれない。
『守ってね』
不意に声が聞こえた。
甘く囁くその声に、キラは全身を強く震わせた。
「守る……?」
キラはその声の人物を知っていた。
甘い声は、毒を含んで。
触れるぬくもりは自分を縛り付ける鎖となり。
優しい微笑みの奥に狂気を宿した、哀しい少女。
その声に導かれるまま、何人の同胞を葬ってきたことか。
両手で耳を覆っても、声から逃れることはできなかった。
『私の想いが貴方を守るから』
それは確実にキラを追いつめていく。
キラは何度も首を振った。
「いや…だ……」
くすくす、と軽やかな笑い声とともに。
それは告げる。
『あいつらみんなやっつけて』
「いやだあぁぁ!!」
◇◆◇ ◇◆◇
「…ラ、キラ!」
全身を強く揺さぶられて、キラは強制的に眠りから起こされた。
何度か瞬きをして、それから真剣な顔で自分を覗き込んでいる人物を見つける。
ダークレッドの軍服に身を包んだ、藍色の髪の幼馴染だ。
エメラルドのような瞳が心配そうに瞬いている。
「…アスラン……」
キラがようやくその名を呼ぶと、アスランは安心したように大きく息をついた。
「ここは…アークエンジェルではないの?」
ぼんやりとした表情でそう訊ねてくるキラに、アスランは一瞬驚いたような表情を浮かべた。
「ここはヴェサリウスだよ」
「ヴェサリウス…。あぁ、そうか。僕はザフトに保護されてたんだよね…」
キラが思い出したようにそう言った。
どうやらまだ夢から完全に覚めていないらしい。
「随分うなされていたんだぞ?怖い夢でも見たのか?」
「夢……わからない…」
キラは首を振った。
アスランから水を受け取りながら、キラは夢の内容を思い出そうとした。
つい先程まで見ていたはずなのに、目覚めてしまった今ではぼんやりとしか覚えていない。
「ただ…怖くて…哀しかった……」
「…そう……」
アスランはそっとキラの頬に手を伸ばした。繊細な指が自分の頬に触れ、キラはようやく自分が泣いていたことに気付いた。
夢を見て泣くなんて子供みたいだと思いながらも、キラの瞳からはとめどなく涙が流れてくる。自分では止めることができないらしい。
キラが恥ずかしそうに俯くと、アスランはキラを抱きしめた。
「アスラン?」
「泣きたければ泣いていいんだよ」
背中に回した手で、キラの背を軽く叩く。
明らかな子供扱いなのに、キラはそれを振りほどくことはせず、アスランの背に自分の両手を回すとしっかりと抱きついた。
響く鼓動に安心する。これは生命の音。生きている証。
自分が今まで奪ってきた、何よりも尊いものだ。
触れるぬくもりに、また涙が出そうになる。
「アスラン、君はここに…いるよね?」
「いるよ。ずっとキラの傍にいるから、安心して眠りなよ。怖い夢を見たら、また起こしてあげるから」
「うん…」
キラはアスランの肩に顔をうずめると、そっと瞳を閉じた。
この腕の中なら、怖い夢は見ないだろう。