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白い日の恐怖


慌しかったバレンタインデーから、早くも1ヶ月。
成り行きで大量の義理チョコならぬ義理クッキーを配ったキラの部屋は、現在これまた大量のお返しによって埋め尽くされていた。
ホワイトデーは3倍返しというのは、どこの国の言葉だっただろうか。
女っ気の少ない、ましてやその辺の女性よりも可愛らしいキラへの返礼ということもあってか、クルー達から貰った品はかなり値の張るものが多かった。
義理であることは百も承知なので、品物のほとんどは菓子である。
しかしその中には宇宙空間において手に入れるのは困難であろう、有名メーカーの限定品も少なくなかった。
キラが好みそうなものを選んでいるあたり、彼の好みはしっかりとリサーチ済みらしい。
だが、その贈り物も一つ二つならありがたみがあるのだが、部屋がラッピングされた箱に埋め尽くされるほど貰ってしまうと、むしろ処理に困ってしまう。
いくら甘いものが好きだと言っても、ものには限度があるのである。
少しずつ消費してはいるものの、この部屋から菓子が消えるのはいつのことになるのだろうか。

「そういえば」

就寝時間も迫ってきた時刻、シャワーを浴び終えたアスランは今思い出したようにそう切り出した。

「何?」
「本当にホワイトデーのお礼しなくていいのか?他のクルーからは大量に貰ってるのに…」
「これ以上はいらないよ」

キラは苦笑した。
確かに部屋に堆く積まれている品を見て、これ以上プレゼントを貰ってもキラが喜ぶとは思えない。

「僕はアスランと一緒にいられれば、それでいいんだ」

ベッドに座ったアスランにすり寄って、キラはそう言った。
離れていた3年という年月。
敵同士として対峙していたあの日々を思えば、ただ傍にいられることが何よりも嬉しい。 これ以上を望むのは贅沢だ。
ぽふ、とアスランの肩に頭を乗せると、アスランは笑みを浮かべてその肩を引き寄せた。

「アスラン…」
「キラ……」

キラの瞳がじっとアスランを見つめる。アスランは吸い寄せられるように顔を近づけ、そして……。





「キラー!!」





あと数センチというところで扉が開いてイザークが乱入してきた。

「匿え!!」

そう言うなり扉のロックを閉める。
肩で息をするイザークの必死の形相は、普段あまり見られるものではない。
珍しいものを見たと思ったが、それよりも折角の雰囲気を邪魔されたことに腹が立つ。

「いきなり何だイザーク。ここはお前の部屋じゃないぞ」

アスランの声が冷たくなったのも無理はないだろう。
だがイザークはそんなアスランを無視して、彼に抱きついているキラへと視線を移した。

「あいつを何とかしろ!!」
「あいつって?」

キラがぽや〜んとした様子で訊ねると、イザークは腹立たしそうに答えた。

「ディアッカの馬鹿だ!」
「何で僕が?」
「そもそも原因はお前にもあるんだ!」
「はあ?」



バレンタインデーにイザークから手作りクッキーを貰ったことが余程嬉しかったのか、ディアッカの浮かれっぷりはもの凄いものがあった。
その被害を一番に受けたのは、同室者であり恋人のイザークである。
何しろディアッカは行動的な性格の持ち主。
この感動を伝えるのは行動で示すのが一番と思っているらしく、毎夜のようにイザークはディアッカに愛の深さを身体で証明されていた。
最初のうちはこんな些細なことで子供のように喜んでいるディアッカを可愛いと思える余裕があったのだが、3日も続けばそれもなくなる。
底なしの体力に、イザークがついていけなくなったのだ。
そして先日の、「そろそろホワイトデーだよな」というディアッカの一言で、イザークは自分の身に危険が迫っていることを察した。
悪い予感というものは大概当たるようで、今朝目が覚めれば目の前にディアッカの顔。洗顔を済ませて顔を上げればいつのまにか背後にいたり、着替えているときに気配を感じて振り向けば、伸ばしかけた手を慌てて隠すディアッカの姿があった。
何をしているかと問いかければ何でもないと言うが、面白くなさそうな舌打ちまで聞こえてしまっては、ディアッカが何か企んでいるのは明白なわけで……。

「だからこのところ大人しかったんだ」

最近イザークが自分に絡んでこないのは、大人になったわけでも2人の諍いを見て困っているキラのことを慮っていたのでもなく、ただ単につっかかってくる元気がなかったからなのか、とアスランはようやく納得した。

「身体がもたないって言えばいいんじゃないの?」
「言ったさ!それで済むなら苦労はせん!!」
「はあ……」
「あいつは俺が寝ていようがお構いなしなんだ。おまけに手加減ってものを知らん!お陰でこっちは寝不足で集中力はなくなるし腰はダルイし、あちこち跡をつけるもんだからうっかり襟を寛げることもできん!!」

惚気ているのか本気で怒っているのか区別のつかない台詞を吐いて、イザークは真っ赤な顔のままキラを睨む。

「元はといえばお前が手作りのものをプレゼントしろと言ったのが原因なんだからな!何とかしろ!!」

イザークに指を突きつけられて、キラはしばらく沈黙していたが、やがて小さく頷いた。
「わかったよ」

そう答えるなり立ち上がると、キラは扉のロックを解除した。
小さな電子音とともに扉が開かれると、キラはおもむろに大きく息を吸い、叫んだ。



「ディアッカー!!イザークはここだよー!!!」



「な……!?」

コーディネイターでもエリートと呼ばれる程の実力を持つディアッカである。
当然キラの声を聞き逃すはずがなかった。
ものすごい勢いでやってきたディアッカは、部屋の中で驚愕のあまり声も出ないイザークを見つけると嬉しそうに笑った。
それは獲物を見つけたハンターのような笑みだったが、生憎アスランとキラは気付かなかった。

「お前が鬼ごっこが好きとは知らなかったよイザーク」
「誰が……!!」
「当然、見つけた俺に御褒美はあるんだろうな?」
「君たちの部屋、ロックは空いてるから好きに使っていいよ」
「な……!キラ!!」
「サンキュー。じゃあ、行こうかイザーク。今夜は眠らせないよ」
「今夜も、だろうが!俺の身体がもたん!!」
「平和なときこそ、愛を確かめ合わないとね」
「ふざけるなっ!!」
「そうだ、明日のミーティングは出なくていいよ。クルーゼ隊長には上手く言っておくから」
「キラ!貴っ様!!」
「じゃあね、お休み!」

ディアッカの腕の中で必死に抵抗しつつ、キラに掴みかかろうとしていたイザークを強引に部屋の外に押し出して、キラは扉をロックした。

「今回は助けてやらないのか?」

一瞬で静かになった室内で、アスランがキラにそう問いかけた。
普段のキラはかなりの確率でイザークの協力をしていた。
今回も当然イザークの味方をするのだと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
キラは振り返ってアスランを見る。

「だって、あの状態のディアッカから逃げられるわけないじゃない。無駄な抵抗だよ。イザークは普段ディアッカに冷たすぎるんだから、こんな時くらいディアッカの好きにさせてもいいと思うよ。それに…」
「それに?」

キラはアスランの隣に腰をおろす。

「折角いいムードだったのに、イザークが来たせいで台無しになったんだもん。これくらいのいじわるはしてもいいよね?」

不機嫌そうなキラの様子に、先程邪魔されて頭に来たのは自分だけではないのだと安心した。
最近のキラはイザークと一緒にいる時間が何故か多い。
そのほとんどがイザークの相談なのだが、キラが自分から離れていくようで少し寂しかった。
キラが皆に好かれたり頼られたりするのはいいことだと思うが、それでも子供じみた独占欲を抱いてしまうのは恋人ならば無理のないことだろう。
だが、やはりキラの中で自分の存在は変わっていないことが分かり、嬉しかった。
アスランはキラの頬にそっと触れた。
女性のように肌理の細かい肌。
柔らかい肌の感触は、何度触っても飽きることがない。

「じゃあ、仕切り直しをしようか」

すべらかな肌を指先でそっと撫でると、形のよい唇がふんわりと笑みを浮かべた。










〜おまけ〜

ディアッカとイザークが部屋に消えてから実に20時間以上が経過したころ、ようやく2人が部屋から出てきた。
血色もよく満面の笑みを浮かべているディアッカに対して、イザークは顔面蒼白で1人で立っていることも辛そうだった。
ガモフへ戻るときイザークが呟いた「平和が憎い……」という言葉を偶然聞きつけたアスランは、イザークの心境を察して苦笑を浮かべた。