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ビター? スウィート?


パイロットなど、戦争がなければ暇なものである。
特に厳戒態勢を敷かれているわけでもないここヴェサリウス内では、何の仕事もない若いパイロット2名が、自室でのんびりとした時間を過ごしていた。
アスランは飽きもせずマイクロユニット作りに励んでおり、キラはそんな彼の背中によりかかってクルーの1人から借りた本を読んでいる。
言葉を交わさなくても同じ場所にいるだけで気持ちが落ち着くのは、やはり付き合いの長さだろうか。それともお互いを信頼しているからだろうか。
背中から感じる体温から、相手の存在を確認できる。
それが2人にとって心地よいものなのだ。

「あれ?」

にわかに艦内が騒がしくなってきたのに、キラが気付いた。

「…来た、かな?」
「…そうだね」

キラが呟くと、アスランもその音に気がついたのか顔を上げる。
その音が自分の部屋に近づいてくるのを感じて、アスランは柳眉を顰めた。

「まったく……」

アスランが小さくぼやくと、キラはくすりと笑った。
読みかけのページに栞を挟んで、静かに立ち上がる。

「ぼやかないぼやかない」

無重力空間だとはとても思えないほど騒がしい音が、次第に近づいてくる。
音の主について予測はついている。
ほぼ毎日のようにやってこられては、アスランでなくても想像はつくというものだ。

「よく毎日喧嘩する原因があることだ」

喧嘩するほど仲がいいとはよく言うが、当人はともかくとばっちりを受ける人間には迷惑この上ないことだ、とアスランは思う。
しかも喧嘩の理由がまたくだらないことだったりするので、仲裁する気もなくなってしまう。

「昨日は『睡眠を邪魔された』。一昨日は『ゲームで負けた』。さて、今日は一体どんな理由なんだろうね」
「アスランってば…」

呆れたように息をついてそう言うアスランを窘めるような視線で見つめ、キラは扉のロックを解除する。
タイミングを見計らったように扉が開いて、そこから不機嫌極まりないと言った表情のイザークがすべりこんできた。

「キラ!!」
「なに、イザーク?」
「ちょっと来い!!……借りるぞ!!」
「え……うわっ…!!」

部屋に入るなりキラの腕を掴み、そのまま方向転換して扉を出て行く。
その際、珍しくアスランに断りを入れていったので、アスランは少々驚いた。

「これは、本当に何かあったのかな…?」

まあ、いいか。
アスランは大した関心も抱かず、止めていた手を再び動かし始めた。





   ◇◆◇   ◇◆◇





ヴェサリウスにあるイザークの私室に連れ込まれたキラは、椅子に座ってイザークを眺めていた。
イザークは先程から変わらず不機嫌な顔をしている。
怒りを抑えているようにも見えるが、何かを深刻に悩んでいるようにも見える。
10分、20分……。
しばらく待ってみても、イザークは何も話さない。
さらに数分待って、キラは小さくため息をついた。

「で?」

その声にイザークが顔を上げる。
怒りがおさまってきたのか紅潮していた頬の色は通常に戻りつつあった。
座っているキラは、自然とイザークを見上げる形になる。

「今度はどんな理由で喧嘩したの?」

喧嘩以外の理由がないと言わんばかりの台詞に一瞬イザークの眉が跳ね上がったが、やがて小さな声で答えた。

「…バレンタイン」
「バレンタインがどうかした?」
「…あいつが、チョコレートをよこせとか言うから……」
「あげればいいじゃん」

あっさりとキラが答えると、イザークはもの凄い目でキラを睨んだ。

「冗談じゃないっ!!何で俺があいつにチョコを……!!」
「だってさ、別にいいんじゃないチョコくらいあげたって。僕にはイザークがどうしてあげたくないのか逆に不思議なんだけど?」

恋人同士のイベントじゃないか。
キラにしてみれば、恋人にチョコレートをあげるのが嫌だということ理解できない。
意地を張っているとしか思えないのだ。

「…お前はあげたのか?」
「まだあげてないけど、用意してはあるよ。アスランも用意してくれてるはずだし」
「?アスランも?」
「だって、恋人同士でしょ?好きな人に想いを伝えるためのものでしょ?僕しか用意してないってことないじゃん」
「…バレンタインとは、女が好きな男にチョコを渡して告白するものじゃないのか?」

不思議そうにキラを見るイザークに、キラはイザークがなぜ不機嫌だったのか悟った。
優しい微笑みを浮かべてイザークを見る。

「あのね、それは間違った認識。確かに昔どこかの国では、女性が好きな男性に告白するためにチョコレートを渡すってイベントがあったみたいだよ。でも、別の国――とくにヨーロッパとかアメリカとかでは、逆に男性が好きな女性に告白する習慣があったみたいだし。そもそもバレンタインデーって昔の聖者が処刑された日でしょ?」

民俗学を趣味としている自分よりも深い知識を持っているキラに内心驚きつつ、今初めて知った情報を反芻する。

「…ということは、別に女がプレゼントするイベントじゃないってことだな?」
「そう。でも、男とか女とかって関係ないんじゃない。要は好きな人に贈り物をしたいって気持ちが重要なんだよ。…まあ、そういう意味からするとチョコレートを催促するディアッカにも問題があるんだけどね」
「そうっ!そうなんだっ!!何もかもあいつが…!!」
「ディアッカのせいだけとも言い切れないんじゃないの?」
「なっ…!!」
「どうせチョコレート欲しいって言葉に腹を立てて、ディアッカの話きちんと聞いてなかったんじゃないの?」

妙に確信のこもった瞳でそう訊ねられて、イザークは返答につまった。
図星、なのである。



『あのさ、14日ってバレンタインじゃん?イザークは俺にチョコくれないの?俺は当然……』
『何故俺が貴様にチョコを渡さなければいけないんだ!!』
『いや、だから……』
『ふざけるなっ!!俺は女じゃないっ!!』



「………」
「…身に覚えは、あるわけだ」
「うるさいっ!」

ふうっ、とキラがため息をつく。
それほど付き合いが長いわけではないが、イザークは頭に血が上ると冷静な判断力をなくしてしまうタイプだということはよくわかっている。
バレンタインが女性が男性にチョコレートを贈るというイベントだと思っていたのなら、ディアッカの何気ない一言が気に障ったのだとしても無理はない。
ちらり、とイザークを見ると、どうやら自分の行動を振り返って反省をしているようである。
喜怒哀楽がはっきりと顔に出るイザークである。
特にキラは相手の感情に対して聡いタイプであるから、イザークが今何を考えているかよく分かる。

「よしっ、イザーク」

キラはすっくと立ち上がると、イザークの手を取った。

「今からチョコレートを作ろう!」





「あ、混ぜ終わったら溶かしたチョコレート入れて」

キラに促されるまま、食堂に足を踏み入れたイザークであったが、名家の子息に生まれた宿命か、料理はまったくといっていいほど作ったことがない。
以前にもディアッカの家で料理の手伝いをしようとしたことがあったが、あまりに危なっかしいという理由で早々にキッチンから退去させられてしまったという過去を持つほど、イザークは料理ができない。
ましてや菓子作りなどもってのほかである。
キラはそんなイザークでも作れるように、初心者でもほぼ失敗しないで作れるクッキーを選んだ。
本来ならチョコレートにしてもいいのだが、意地になっているのか「チョコは絶対作らん!!」とイザークが言い張るので、なるべく無難なものを選んだのだ。
クッキーならココアの代わりにチョコレートを溶かして混ぜればバレンタインにふさわしいチョコレートクッキーになる。
これでも嫌だと言うようならキラにも考えがあったが、どうやらそこまでは妥協できたらしい。
経験がないといっても、さすがはコーディネイターといったところか。
簡単な説明で手際よく進んでいくのに、キラは感心する。
作り始めた時は、こんなんで本当に食べられるものが作れるのだろうかと不安に思ったが、何度か挑戦していくうちに形も焼き色も申し分ないものが出来上がった。

「うん、これだけできれば上出来だね」

焼きあがったそれを袋に詰め、綺麗にラッピングする。
キラは手のひらサイズの小さな包みをイザークに手渡した。

「はい。これで仲直りすること」
「あぁ。………感謝する」

小さくそう呟くと、イザークはブリッジへと向かった。

「まったく、本当に手のかかる…」

ガモフへ戻っていくデュエルを見つめながら、キラはそう呟いた。
それにしても、イザークがバレンタインについて知らなかったのが不思議だった。
趣味で民俗学を勉強しているイザークである。その知識は専門的なものから何の役に立つか分からない雑学まで幅広い。
当然バレンタインが地方によって異なるということも知っていると思っていた。

「肝心なところが抜けてるんだよね…」

本人が聞いたら怒りそうな台詞をのほほんと吐いて、キラは周囲を見渡した。
料理初心者に調理と片付けが同時進行できるはずもなく、そこには使用済みのボールや計量カップなどが散乱していた。そして残ったクッキーの山。
それらを前に、キラはため息をついた。





   ◇◆◇   ◇◆◇





急いでガモフに戻ってきたが、思ったより作業に時間を取られてしまったため、日付が変わろうかという時間になってしまった。
勿論宇宙空間では昼夜の区別はないが、それでもプラントの時間を基調としてクルーは動いている。当然パイロットであるイザーク達も同様だ。
ディアッカはもう寝ているかもしれない。
そう思いながら部屋に入ると、そこにディアッカの姿はなかった。
奥から水音が聞こえてくるのでシャワーを浴びているのだろう。
ふと、視界にあるものが入ってきた。
イザークの机の上に飾られている、一輪の花。
繊細な細工のガラスの一輪挿しに飾ってあるそれは、プラントや地球では珍しくなくても宇宙艦の中ではあまり見られるものではなかった。
紫がかったティーローズ。
銀のリボンがついているということは、これがディアッカの用意していたプレゼントなのだろう。

「まったくあいつは……」

どうしてディアッカは自分の喜ぶものを知っているのだろうか。
イザークは思わず微笑を浮かべた。





「イザーク?」

シャワー室から出てきたディアッカが、ようやく戻ってきた恋人の姿を見つけた。
声をかけるとわずかに肩を揺らしたものの、返事はない。
まだ怒っているのだろうか?

「その…ごめんな?お前があんなに怒るなんて思わなくてさ…」
「……」
「俺さ…お前からチョコレート貰いたかったんだよ。イベントに踊らされるってのもなんだけどさ、誰よりもイザークから欲しかったんだ」

ディアッカとて恋する少年である。
恋人からプレゼントが欲しいと思っても仕方ない。
どんなに多くのプレゼントを貰っても、本当に欲しいのはただ一つなのだから。

「そうか…じゃあ、受け取れ!」

イザークは振り向きざま、手に持っていたものをディアッカめがけて投げつけた。

「え?うわっ!?」

ディアッカが反射的に右手で受け止めると、イザークは無言で自分のベッドにもぐりこんでしまう。

「え……これ?」

ディアッカが受け止めたのは、リボンのついた小さな包み。
中を開けると小さなクッキーが入っている。
包装といい形といい、どう見ても市販品でない。

「イザーク…これ……」
「うるさいっ、欲しかったんだろ!!」

怒ったような口調だが、これは……。
ディアッカは再度包みを見た。
銀の包装紙に青いリボン。
その色のラッピングを、どんな思いで選んだのか。

「……サンキュ……。まじ、嬉しい…」

一つ取り出して口にすると、ほんのりとビターな味がする。
甘いものが苦手なディアッカのために、料理の苦手なイザークが作ってくれたのだとわかる。
今まで貰った中で一番嬉しかった。

「ところでさ、こっちも貰っていいんだよな?」

ベッドサイドに座り、イザークが頭まで被っていたシーツを引っ張る。
柄にもないことをして恥ずかしいのだろう、目元まで赤いイザークの顔が出てきた。
その姿も、今のディアッカにはひどく愛しい。

「極上のスウィーツを頂いてもいいかな?」
「……好きにしろ」

近づいてくる紫の瞳が嬉しそうに瞬いた。
イザークは静かに目を閉じた。

1年に1度くらい、こういうのもいいかもしれない。
優しい唇を感じながら、イザークはそう思った。