ブリーフィングルームにイザークの怒声が響き渡った。
現在は作戦会議中。
クルーゼ隊のメンバーが今後の作戦についてミーティングをしていた時、それまで黙って話を聞いていたイザークが突然テーブルを力任せに叩いた。
まただ、とその場にいた誰もが思った。
エリート集団と呼ばれるクルーゼ隊のエースパイロット達の仲が悪いのは周知の事実である。
特に戦闘を回避しようとするアスランやニコルに対して、好戦的なイザークやディアッカが異論を唱えることは珍しくない。
お互いがお互いの意見を主張しあい、議論が白熱し過ぎて口論になった結果、イザークの怒りが爆発するということはほぼ毎回のことであった。
しかしキラがザフトに入隊してからはキラの持つ雰囲気に毒気が抜かれるのか、ミーティング中にイザークが不機嫌になることもめっきり少なくなり、ミーティングは特に波風も立たずに終了するというのがここ最近のパターンだったはずだ。
特に今回は所用によりアスランは席を外しており、イザークが不機嫌になる理由もないと言ってよかった。
だが先ほど聞こえた声は明らかに怒気を含んでおり、声の主がかなり不機嫌であることを証明していた。
一人のクルーが状況を見ようと振り向き、そして目を見開いた。
何故ならイザークが鋭い眼差しで睨んでいるのは、アスランでもニコルでもなく、キラだったのだ。
本来キラはミーティングには参加しない。
その場には同席するが、その中で自分の意見を述べることはない。
MSのパイロットが参加するミーティングに、ストライクのパイロットであるキラが参加しないのには2つの理由があった。
1つは、キラが軍人としての教育をほとんど受けていないため、作戦の内容を把握しきれないということ。
そしてもう1つは、キラが戦闘に参加することを拒否していることである。
キラは以前地球軍のパイロットとしてザフトと敵対する立場にいたことがあった。
その時に親友であるアスランと戦わなければならないという事態になり、その事実がキラの精神に大きな打撃を与えていた。
ザフトへ保護されてからもキラの精神的苦痛は完全には癒されないらしく、キラは断固としてストライクに乗ること――つまりは人を殺すこと――を拒否し続けていた。
『OSのメンテナンスに関しての協力はするが、MSのパイロットとして戦闘に参加することはできない』
アスランやクルーゼの取り成しがあったということもあり、そんなキラの訴えを上層部は聞き入れた。
ストライクはキラにしか操縦できず、またパイロットとしての適性を抜きにしても彼のプログラミング能力はザフトの科学者たちですら舌を巻くほどの実力の持ち主だったからだ。
そのため現在のキラは形だけストライクのパイロットとなっているが、実際パイロットとして出撃することはないのである。
だが、今回キラは珍しくミーティングに参加しており、そしてイザークと対立をしている。
キラは不満そうにイザークを見上げ、イザークは怒りも露わにキラを見下ろしている。
「だから僕は……」
「貴様の意見が一体何の役に立つというんだ! 黙ってろ!!」
「だって……」
「だっても何もあるか! 時間の無駄だ!」
「イザークそれは言い過ぎです……」
キラが悔しそうに唇をかむのを見てさすがにニコルが口を挟んだが、氷のように冷ややかで鋭い視線にひと睨みされて言葉を失った。
ディアッカは触らぬ神になんとやらと、すっかり傍観者に徹している。
「貴様の言うことは綺麗事ばかりだ! 『戦闘に参加したくない』? 『人を殺したくない』? みんなが幸せになれる方法だと? そんなものあるなら今すぐ言ってみろ!」
「……」
「理想論ばかりを掲げていて、一体何になる!? 少しは考えて物を言え、この馬鹿が!」
「考えてるよ!」
「考えててこれか!? 笑わせるんじゃない!」
イザークが激昂してキラの胸倉を掴みかかったときだった。
「イザーク、何やってるんだ!!」
遅れてブリーフィングルームに入ってきたアスランが室内に漂う緊迫した空気を察し、次いでキラに掴みかかっているイザークを見て顔色を変えた。
床を蹴ってイザークの元へ駆け寄ると、キラを捕らえていたイザークの手を掴んだ。
「この手は何だ? キラに何をしようとしてるんだ?」
冷ややかな、いつものアスランからは想像もできない感情のこもらない声だった。
「キラを離せ」
アスランが手に力を入れたらしく、イザークの顔が苦痛に歪んだ。
緩んだ腕からキラが脱出すると、アスランはキラへと視線を移した。
キラに怪我がないことを確認すると、アスランはその視線を再びイザークへと向ける。
「何があったか知らないけど、キラに手を出すのは許さないよ」
すっ、と細められた瞳には鋭い敵意が浮かべられ、イザークの返答如何によっては実力行使に出るも止むを得ないという態度だ。
イザークはアスランに掴まれていた腕を振り払うと、キラへ向けられていた不機嫌な視線をそのままアスランへと移した。
「状況もわからん貴様が口を挟むな!」
「挟むさ。俺はいつでもキラの味方だからな」
「味方だというのなら、貴様がそいつを説得しろ!!」
イザークがビシッとキラに指を突きつけて叫んだ。
ディアッカもニコルもイザークの後ろで大きく頷いている。
「……はあ?」
思わずアスランの口から間の抜けた声が洩れた。
◇◆◇ ◇◆◇
「……つまりですね…」
場所を談話室に移してニコルが事情を説明しだした。
ヴェサリウス・ガモフ両艦が追跡している足つき――アークエンジェルを何とかして鹵獲もしくは投降させることができないかと話し合いをしていたとき、キラが名案を思いついたというように言った一言がこの事態を引き起こした。
キラ曰く、
『大きな網を用意して罠をしかける』
「……あの、キラ?」
アスランが声をかけると、キラは不満そうに口を尖らせている。
「だって、いい案だと思ったんだよ。アークエンジェルは物資も乏しいし、クルーは少ないし民間人は乗ってるしさ。だから攻撃するよりも罠を仕掛けたほうがいいかなあって……」
「…それで網を用意してどうする気だ?」
「え? 投網…だっけ? その要領でばさっと捕まえようかなあと」
「……」
「それで駄目ならマリューさんにお願いしてみる」
「………」
頭が痛い。
アスランは思わず額を押さえた。
そんなことできるわけないではないか。少し考えればわかりそうなものだが…。
あれだけの大型艦を捕獲できるほどの網など、どうやって用意するというのか。
いや、問題はそうではなくて…。
「キラ、『お願い』で何でも解決するとしたら、僕たちは戦争なんてしていないと思うよ」
「でもさ……」
「それに、言って聞き入れてくれる人たちだったら、キラが無理やり戦闘させられることはなかったんじゃないかな?」
「う……」
「だから、この案は却下。いいね」
不満そうな顔をしながらそれでもようやく頷いたキラに、アスランは安心したようにため息をついた。
何故だろう、ひどく保護者な気分だ。
子供が学校で問題を起こして呼び出される親の心境は、きっとこんな感じなのだろう。
周囲の視線にいたたまれなくなる。申し訳なくて顔を見ることもできない。
わずか数分の間で、どっと疲れが出たような気がする。
アスランはちらりと3人を見た。
不機嫌そうな顔のイザーク達へ、アスランは頭を下げた。
「すまなかった……」
「ふん、早とちりめ」
「恋は盲目ってやつ?」
「まあ、アスランですから……」
キラが関わると、アスランは理性を失う。
それをよく知っている3人は、そう言って部屋を後にした。