「チェックメイト」
イザークが声と共に、ポーンを動かした。ディアッカが隣でその様子を静観している。
口元に笑みが浮かんでいるのは、明らかに嫌そうな顔をしているキラの様子を楽しんでいるからだ。
「うう〜〜っ」
キラは必死で盤上を睨みつけていたがこれといって打開策を見つけることもできず、結局投了することにした。
「お疲れ様です」
ニコルが落ち込んでいるキラの肩をなぐさめるように叩いた。
「負けた・・・・・・」
キラが悔しそうに呟くと、イザークは当然というように笑った。
「当然だろう? 昨日今日チェスを学んだくらいで、この俺に勝てると思ってもらっちゃ困るんだよ」
アスランからチェスのルールを教えてもらったので、ニコルを相手にチェスをしていたキラであったが、どうやらニコルはキラに対して本気で対戦するつもりがなく、いつもキラに勝利を譲ってしまう。
最初のうちはそのことに気付かなかったキラだが、全くの初心者であったキラにニコルが一度も勝てないはずがないと思うようになったのも無理はないだろう。
ニコルはキラに負けてもにこにこと笑顔を浮かべていたのだから。
本気で相手にされていないことにキラは怒り、それなら絶対に手加減しないイザークと対戦すると言って、読書中のイザーク無理やり相手をさせたのが10分前。
結果はキラの惨敗。当然といえば当然の結果である。
「んじゃ、お前は罰ゲームな」
イザークが嬉しそうに言うと、キラの身体がびくんと震えた。
ちらりと見上げると、これでもかという満面の笑みを浮かべているイザークの姿があった。
キラはイザークのセリフを聞かなかったことにした。
にっこり笑顔を浮かべてイザークへと振り返る。
「いやぁ、でもやっぱりイザークは強いよねぇ。僕なんかじゃ全然歯が立たないもん。凄いなぁイザーク。ということで僕はこれで・・・・・・」
「おいこら待たんか」
チェス盤を片付けてそそくさと席を離れようとするキラの襟首を子猫のように掴み上げると、イザークはキラを自分の元まで引き寄せる。
「お・ま・え・が、言い出したことだろうが。よもや忘れたとは言わせないぞ」
「忘れた・・・いひゃいいひゃい!!」
ぶにっと頬を引っ張られてキラは悲鳴を上げる。
散々引っ張られた挙句ようやく離してもらったキラは、両手で頬をさすりながら涙目でイザークを見上げた。
「もう、乱暴なんだから・・・」
「じゃあ、お前はこれな」
「はいはい分かりました。罰ゲームしますよ。すればいいんでしょ」
自棄になったように言い捨てて、キラはディアッカが差し出した紙袋を受け取った。
中に入っていたのは長髪のかつらと純白のワンピース。
しかも、そのワンピースはリボンやレースが沢山ついており、キラはそのワンピースを見てしばらく固まってしまった。
「あ、あの・・・ディアッカ・・・?」
壊れたロボットのような動きでディアッカを見ると、ディアッカは椅子に座ったままにやりと笑った。
「キラに似合いそうなやつって、イザークから言われてたからな。ぴったりだろう。コンセプトは『清楚なお嬢様』ってとこかな?」
何だよそれ、とキラは心の中で反論した。
が、それをぐっと我慢したのは、今回の罰ゲームの発案者が他でもないキラ自身であったからだ。
『負けた方が女装して相手の要求を呑む』
イザークに勝てると思っていた自分が恥ずかしい。
撤回できるものなら撤回したいが、おそらく無理だろう。
(だって、すっごく楽しそうだよ2人とも・・・)
キラが小さくため息をついて、仕方なくワンピースとかつらを持って着替えるために自室へと戻ろうとした。
「あ、キラさん。1人じゃメイクとか大変でしょう? 僕手伝いますよ」
「ニコル?」
「あぁ、それはいいな。どうせなら完璧に化けてこいよ」
「そうそう、アスランを悩殺できるくらいに清楚なお嬢様になってこいよ」
ニコルの言葉にイザークとディアッカも賛成する。
「・・・好きにしてよ、もう・・・・・・」
反論するのも時間の無駄と言わんばかりにキラは答えた。
「これでよし、っと・・・・・・」
最後の仕上げとばかりにグロスをつけて、ニコルは満足そうに頷いた。
「イザーク、ディアッカ。お待たせしました。我ながらよく出来たと思うんですよね。見てくださいよ」
部屋のロックを解除して、ニコルは2人を招き入れた。
「へえ、やるじゃんニコル」
「さすがだな、どこからどう見ても女だ」
部屋に入ってきた2人はキラを見るなり感心したようにそう言った。
キラは恥ずかしそうにうつむいた。
紫水晶の瞳は羞恥のためか潤んでおり、薄く化粧を施された口元は淡いピンク色をしている。 両サイドで赤いリボンを編みこまた茶色の髪は、清楚な白いワンピースに身を包んだキラの背中を覆うほどの長さだ。
実は男だと言われても、容易に信じることができないほどの美少女っぷりだ。
「身長低いし、違和感ないよな」
「つーか、違和感なさすぎだろ」
「元がいいから飾り甲斐ありましたよ」
キラを囲んで3人が楽しそうに話しているのを、キラは憮然とした表情で聞いていた。
年頃の少年が女の子にしか見えないと言われて嬉しいはずがあるだろうか、いやない。
ましてやそれを自分よりも美人のイザークや可愛らしいニコルに言われるのだから、悔しさも倍増である。
(確かにイザークは僕より10センチも身長が高いけど、でもさ・・・・・・)
ふくれたままのキラに気付いたイザークがいつものようにキラの頭に手を置こうとして、何かに気が付いたかのように止めた。
せっかく綺麗に整えた髪型を台無しにしては勿体ない。
どうせなら、この『美少女』をクルーの皆にお披露目しなくては。
特に、いつもは取り澄ました顔をしているくせにキラのことになると我を忘れて暴走する、あの男に見せなくては面白くないではないか。
イザークは楽しそうに笑みを浮かべて、キラの背中に手を回した。
「さーて、お披露目といくか」
「!」
キラが驚いてイザークを見上げる。
その仕草や表情はいかにも怯える美少女で、イザークは予想外の傑作品を眺めた。
最初は自分の読書を邪魔された意趣返しにしか考えていなかった罰ゲームだったが、やってみるとこれが意外と面白かった。
何と言ってもキラの行動はイザークには予測不可能で、周囲が巻き込まれていく様を見るのはかなり楽しいのである。
(俺にチェスで勝てると思ってるとは、おめでたいよな。折角ニコルが初心者でも勝負に見えるように相手をしていたというのにな)
大人しくニコルと勝負していれば、こんなことにはならなかったはずなのだ。
自分で自分の首を絞めてしまったキラでどうやって楽しもうか、それを考えると自然と口元に笑みが浮かんでしまう。
「負けた方は勝った方の言うことを聞くんだろう? じゃあ、お前は俺の言うことを聞くんだよな?」
「うっ・・・そうだけど・・・・・・」
「じゃあ、お前は24時間その格好でいること。勿論食事もミーティングもそのままな。あぁ、戦闘になったら着替えてもいいぞ。非常事態だからな。そろそろ食事の時間だし、食堂へ行こうかキラ?」
反論しようと口を開きかけたキラだったが、結局うなだれたままイザークに促されて部屋を後にした。
「キラ!!」
3人に囲まれるように自室を出た途端、よく知る声で名前を呼ばれた。
一斉に振り返ると先程ヴェサリウスからやってきたのだろうアスランの姿があった。
キラは一番背の高いディアッカの背後に回りアスランから姿を隠したが、アスランはそんなキラにおかまいなしにつかつかと歩いてくると、ディアッカの影からキラを引きずり出した。
「キラ!? どうしたんだいその格好は?」
「えっと・・・ね、あの・・・それは・・・・・・」
がしっと両肩を掴まれて真剣な目でそう尋ねられたキラは、咄嗟に何と説明してよいやら迷ってしまった。
賭けゲームをしたと言えば怒られるのは分かっていたので、当たり障りのない説明をしようとしたのだが、どう考えても女装している理由が思いつかない。
ちらりとイザークたちへと視線を移すと、小さく肩をすくめるディアッカの姿が目に入った。イザークとニコルは突然現れたアスランの剣幕に驚いて言葉が出てこないようだった。
キラが黙っているとアスランが続けた。
「あのね、キラ」
「うん・・・・・・」
「白いワンピースもいいけど、俺としては淡いピンクのドレスとか着てほしいんだけど」
「はぁ!?」
いつもの如くお説教がくると思って覚悟を決めたら、アスランの口から出たのはそんな台詞で、キラは素っ頓狂な声を出してしまった。
「あ、あの・・・アスラン・・・・・・」
「いいよ、何も言わなくて。君の気持ちはよくわかった。最近キラはガモフに入り浸りだったし、俺は急用でプラントに戻らなければいけなかったから寂しかったんだな。でも、こんな熱烈なお迎えをされるとは思ってなかったから、正直言って嬉しいよ」
「・・・・・・はい?」
「でもこんな可愛いキラを誰かの目に触れさせるのは勿体ないな。どうせ戦闘もないことだし、今日は2人でゆっくりしようか。あぁ、言い忘れてたけど、すごく似合ってるよ」
ちゅ、と唇に軽くキスを落として、アスランはキラを抱え上げる。
「わわっ、ちょっとアスラン!!」
「おいおいアスランちょっと落ち着けよ」
「あぁ、ディアッカいたのか? あれ、イザークにニコルも。いつの間に来たんだい?」
「つーか、最初からいましたけどね」
「そうだったのか、キラしか目に入ってないからわからなかったよ」
「・・・・・・」
「じゃあ、俺たちはこれで」
そのまま自室へと向かうアスランを、3人は無言で見送った。
「ちょっと、アスラン! 待って! イザーク! ディアッカ! ニコル〜!!」
「ふふ、照れなくてもいいのに」
「そうじゃな〜い!!」
キラが救いの手を求めて3人を見るが、3人とも助ける気がないのかひらひらと手を振っている。
「イザークとディアッカの馬鹿あぁぁ!!」
扉が閉まる前に、そんな声が聞こえてきた。
「・・・つまらん」
姿が消えて、イザークが不満そうにそう言った。
「もう少しキラで遊べると思ったのに、あいつ気付くの早すぎじゃないか?」
「早いっつーか、顔見てないだろう?」
「・・・恐るべし、キラさんセンサーですね」
ぽつりと呟いたニコルに、ディアッカとイザークはその通りと頷いた。
その後、キラは24時間過ぎても部屋から出てくることはなかった。