――『いつか、2人で世界を平和にしよう』
――『うん』
それは幼い頃に交わした約束――。
目の前に広がるのは焦土。
かつては世界一美しいと言われた国もこうなっては見る影もない、とアスランは皮肉げな笑みを浮かべる。
当初の予想に反して時間がかかったのは、死を覚悟した兵たちの獅子奮迅の働きがあってのことだろう。
元々戦を知らない平和な国だが、軍人としての訓練は怠っていなかったのか、一騎当千と呼ばれたザフトの兵士とも互角に近い抵抗を見せていた。
均衡が破れたのは、アスランが率いる一団が前線に赴いたからだ。
常に後方に陣を構え決して前線には出てこない噂の黒皇子。
数多いるザフトの皇子の中でも連戦連勝と呼ばれているにも関わらずザフト第2皇子アスラン・ザラの戦功は誰にも知られていなかった。
それゆえに知らなかった。
彼が<闇の皇子>と呼ばれる所以を。
勝敗はわずか一昼夜。それだけで十分だった。
砦は破壊され、最後の居城となっていた城も落ち、城に篭城していた兵士たちは悉くその場で処刑された。
王の首を刎ね城壁に晒したのは、未だ残る王族の生き残りをおびき出すためでもあった。
オーブに残る2人の王位継承者、その第一王子キラ・ヤマト・アスハと第一王女カガリ・ユラ・アスハ。
オーブは一夫一妻のため先王ウズミ・ナラ・アスハには2人しか子供がいない。
その身内も少なく、現在王位継承権を持つのはこの2人だけと聞いている。
だから、この2人を処刑してしまえば、オーブは再興すらできない。
温厚でお人よしと噂の王子。
亡き父王を尊敬していたはずだから、おそらくこのまま放っておくことなどできないだろう。
後は待てばいいだけだ。それで済む。
それも近いうちに。
「――ニコルか」
不意に響いた足音に振り返らず訊ねれば、聞きなれた声が小さく返事をした。
「例の方、捕まえました」
「――わかった」
何かを振り切るように小さく瞳を閉じ、アスランは焦土を後にした。
◇◆◇ ◇◆◇
目の前にいるのは、細い身体の少年。
所々血に汚れているが見たところ外傷は見つからない。
これが全部返り血だというのなら相当の手練だ。
温厚でお人よしだという第一王子。本物だろうか。
「間違いないのか」
「はい。――おい、顔をよく見せろ」
上官の声に少年を束縛していた男が顔を上げさせた。
はらりと頬にかかる髪をやや乱暴に引っ張れば、形のいい眉が顰められた。
人形のように整った顔立ち。
アスランも整っているが、彼は硬質な美しさが際立ってしまう。
だが、目の前の少年は中性的な美しさを備えていて、敵国の王子だというのに思わず感嘆のため息がもれた。
ぎり、とかみしめられた唇からはじんわりと血がにじんでいて。
鮮やかな色彩を湛える紫水晶の瞳には、隠しようのない憎悪。
温厚だと言われていた王子の険しい表情は、予想外に美しかった。
「往生際が悪いことだ。オーブは間もなく落ちる。これ以上苦しむこともないだろう」
「うるさいうるさいうるさいっ!!」
「暴れるな。手元が狂う」
喉元に突きつけられた切っ先に怯む様子も見せないキラにアスランはどこか面白そうに笑う。
ほっそりした身体のどこにそれだけの力を秘めているのか。
キラに倒された兵士の数は両手では足りない。
アスランの護衛を務めるほどだから決して兵士の実力が劣っているわけではない。
それだけキラの腕が立つということだ。
そのせいだろう、最初は1人の兵士に抑えられていただけだったキラだが、今は2人の屈強な男に羽交い絞めにされている。
どれだけ腕が立とうと、体格の差だけはどうしようもない。
悔しそうに歯噛みする姿に、アスランは面白そうに笑う。
「王女は無事逃げたらしい」
「カガリが…」
「もっともザフトの軍はオーブを完全に包囲している。捕まるのは時間の問題だ」
「そうか…」
ほんの少しの希望と、確たる絶望を味あわせようというアスランの目論見は成功したかに見えた。
がっくりとうなだれたキラへ一歩近づこうとしたアスランは、突然の変化に目を瞠る。
「?!」
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。
ふわり、と大男が宙に待ったと思った瞬間、アスランの手から剣が消えた。
瞬時に半歩退けば、額をかすめた剣の先が見えた。
神業的な速さだ。
つい先ほどまで拘束されていたはずのキラが、アスランの剣を手に目の前にいる。
虚をつかれて驚いたが、キラの圧倒的な劣勢は変わっていない。
むしろこれだけの抵抗を見せたことで、周囲の兵士は気色ばっている。
いつでも攻め込める体勢の兵士に囲まれて尚、キラの表情は明るかった。
「どうした。絶望に気でも触れたか?」
「冗談」
くすりと笑う姿は艶やかで、アスランはこのような状況にも関わらずその微笑に目を奪われた。
こんなに美しい人間を見たのは初めてだった。
「僕の命は君の自由になるものじゃないんだ」
「ほう。この状況でもそんな大口を叩けるのか」
「叩けるよ。僕の命はオーブのために。そして、オーブの命運はまだ繋がっている」
「王位継承者がいなくてもか」
「王位継承者なら他にいる。僕は最初から王位を継ぐ予定ではなかったからね」
アスランの目がわずかに瞠られた。
それに気分をよくしたのか、キラの口元が弧を描く。
「知らなかったのも無理はない。僕は王位を継がない。正当な王位継承者はすでに安全な場所にいる。君達はオーブを滅ぼすことはできない。残念だったね」
「王女が…」
「それもはずれ」
忌々しそうに舌打ちしたアスランに、キラは満足そうに微笑む。
「それから、僕を囮にしようとしても無駄だよ」
「な…っ?!」
怪訝そうに向けられた眼差しが、驚愕に瞠られる。
キラの手にある剣がくるりと弧を描いた。
肉を断つ嫌な音がして、小柄な身体がぐらりと傾いだ。
咄嗟に抱き上げた身体は力なくアスランの胸に凭れてきて。
流れる血がアスランの手と地面を汚していく。
「ふふ…。ざ、んねん…だっ、た…」
柔らかな笑顔。
こんな時まで。
「キラ!!」
「そ…んな風に、呼ばないで、よ…。て…き…でしょ…」
手に入れたいと思っていた。
最後の楽園と呼ばれたオーブよりも何よりも。
天使と称されるこの美しい王子を。
――『いつか、2人で世界を平和にしよう』
――『うん』
幼い頃の約束。
キラはもう覚えていないのだろうか。
それとも、分たれた道はどうあっても戻らないのだろうか。
「キラ…」
世界の統一を以って平和を作ろうとしたアスラン。
世界の秩序を守って平和を作ろうとしたキラ。
目標は同じなのに、どうしてこんなにも選んだ道が違うのか。
アスランにはわからなかった。
わかるのは唯1つ。
約束を交わした幼馴染はもう、いないのだということ。
それだけだった。
- 09.10.11