目の前の光景に怜悧な眼差しがわずかに眇められた。
この2人が無二の親友なのは知っているし、双方ともに恋愛感情ではないことを知っているけれど、それでも自分が愛しいと思っている相手の頬に愛しそうにキスを落している姿を見てしまえば面白くないのも道理で。
ついきつくなる眼差しに、目の前の片割れ――レイが面白いものを見たというように唇に笑みを刻んだ。
まるで見せ付けるかのような態度――いや、実際に見せ付けているのだろうが、正直面白くない。
勝気な表情でのレイについ胡乱な眼差しを向ければ、艶やかな美貌が近づいてくる。
「シンをお願いします。――決して泣かせないでくださいね」
後半はユダにのみ聞かせるような囁きで、レイは再度シンへと笑いかけ部屋から出て行った。
残されたのはユダとシンの2人。
レイの言葉の意味を計りかねていたユダは椅子に座ったままのシンへと視線をやる。
そして胸に抱えている雑誌の表紙を視界に捉えると、ユダはレイの真意を正確に理解した。
「支度は済んだか」
「あ…はい」
「では送っていこう」
「え…えぇっ!?」
過剰な反応に、シンがその雑誌を読んだのだということがわかる。
その反応を楽しむようにユダは言葉を続ける。
「どうした? 何を驚く。いつも俺が送っているだろう」
「あ…あの、それはそうなのですが…」
「撮影は終わった。シンも疲れているだろう。早く帰って休んだほうがいい」
差し出した手を取ることに躊躇う姿はいつもとは違っていて、その頬は真っ赤に染まっている。
恋愛に関しては臆病といえるほど奥手なシンだ。
今までユダがそれとなく好意を匂わせていても、見事に気づいてもらえなかった。
他の誰にもしたことのない甲斐甲斐しさに、昔からユダを知るルカなどは熱でもあるのかとからかったものだが、当の本人には欠片も気づいてもらえることもなく、況してやユダの行為を単なる親切心だと思われてしまっていたのにはさすがに驚いた。
そろそろ進展させたいとは思っても、ここまで鈍いシンに普通に告白しても信じてもらえるかは微妙なところ。
むしろ信じてもらえない確率の方が高い気がするのは間違いではないだろう。
だからこそ今回の対談を利用したのだ。
自分がシンをモデルとして以上に大切に思っていることをわかってほしくて。
本来ならユダはモデルに対して恋愛感情を抱かない。
こういう業界だ。
デザイナーと懇意になれば仕事が増えると思っているモデルは少なくない。
況してやユダは誰もが認める美丈夫だ、その手の誘いも数多く受けてきた。
だが決して誘いを受けることはなく、誘いをかけてきたモデルは悉く契約を終了し二度と起用しなかった。
今回も最初はそのつもりだった。
シンを見つけたのはあくまでも理想のモデルとしてであって、そこに恋愛感情は入っていなかった。
何よりもシンは男だ。
メイクをした姿はユダですら見間違えたほどの美貌だが、普段のシンは中性的とは言えれっきとした男性なのだから、恋愛に発展するとは到底思えなかった。
だがシンの人となりを知るたび、控え目で一生懸命な姿を見るたび、自分の中の感情が揺り動かされていくのをユダは確かに感じていた。
穏やかな微笑みはふんわりと柔らかく、だが瞳に宿る瞳は理知的で。
吹けば飛ぶようなか弱い風情をしていながら、芯は強い。
ユダが理想としたモデルそのもの――いやそれ以上の稀有な存在として目の前に存在するシンに、ユダは知らず惹かれていったのかも知れない。
ほら見たことか、とルカは笑った。
ルカには最初からわかっていたのだろう。
自分の理想が目の前にいて恋に落ちないはずがないと。
そう言われて、ようやく気づいた本当の気持ち。
シンを愛しいと。
モデルとしてではなく、1人の人間としてシンを愛しているのだと。
気づいてしまえば止めることはできず、少しでも傍にいたくて撮影に同行した。
まるで初恋のように自分の感情を制御できなかったが、それでも恋愛に関して奥手なシンに想いを告げるには早計のような気がして、こうして時期を窺った。
そして、今。
ようやく自分の本心に気づいてくれただろうと確信したユダは、こうして行動を起こすことを決めたのだ。
シンが己に特別な感情を抱いているのは知っている。
隠し事などできないシンだ。
見つめる眼差しが熱を帯びていることすら本人は気づいていないだろうが、ゆっくりと機会を窺っていたユダには一目瞭然。
ただ、それが敬愛なのか恋情なのか判断がつきかねていたが、この様子を見る限り敬愛だけだということはないだろう。
シンの感情がユダと同じかどうかは、正直わからない。
だが――。
「さあ。――シン?」
恐る恐るという感じで乗せられた白い掌を、ユダはしっかりと握り締めた。
このまま手放すつもりはない、と内心で呟きながら。
- 09.01.14