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MOONSHINE DANCE


鏡に映る自分の姿に、シンは泣きたくなった。
身に纏っているのは黒地に白いストライプのスーツ。
それ自体は普段ならばよく着ているものだが、細身のパンツが膝上20センチのタイトスカートに変わっただけで、こうもいたたまれない気持ちになるものなのか。
困惑と羞恥と無力感に思わずじんわりと涙が浮かびそうになって慌てて首を振ってそれを堪えた。
メイクが完了したのは5分前。
あと10分程で撮影が開始するのだから泣いている暇はないのだ。
メイクはシンの繊細な顔立ちを考慮してごく薄いものだったが、男であるシンが普段化粧をする習慣などなく違和感は拭えない。
ましてや鏡の中のシンは、青い髪を大人っぽく結い上げた姿も相まって、誰がどう見ても女性にしか見えないものだから余計に情けなくなってくる。
本来の自分ではない姿がそこにあるのは、何度見ても馴染めない。
どうして断らなかったのだろうと、今日までに何百回思っただろう。
だがあの状況で断りきれる程シンは強くない。
況してやユダやルカは勿論、レイですらユダの味方についてしまっては口で勝てるわけもなく勝敗は明らかだった。
そんなレイは現在正社員予定のアルバイトとしてユダのオフィスへ通っていて、ユダやルカの秘書業務を一手に担いながらも、シン専属のマネージャーとなっている。
レイがファッション関係に興味あることは知っていたが、将来アパレル関係の仕事に就きたいと思っていることまでは知らなかったシンは驚いたが、憧れのブランドで働けることがとても嬉しいのかレイは毎日嬉しそうに働いている。
見知らぬ人ばかりでないことはシンにとって心強かったが、だからといって自分の置かれている状況が変わるわけでもなく、むしろ着飾るという点においては間違いなくシンの気苦労は増えただろう。
誰もいないことを確認してため息を1つ。
そんなに嫌なら今からでも遅くないから断ってしまえばいいのにと思うのだが、彼らを前にするとそれも言えない。

だって、彼――ユダの傍にいられるのだ。

初めて会った時から感じていた気持ち。
他の誰にも抱いたことのない不思議な感情。
説明できない想いは再び会った時に理解できた。


あぁ、成る程、これがそうなのか。


理解すれば自分でも説明のつかない衝動も納得がいった。
恋愛に関してはレイやゴウが呆れる程奥手で、今まで友愛以上の感情を持つような相手に巡り合ったことがなかったのだ。
もうすぐ21になるというによようやく初恋とは遅すぎるだろう。
しかも相手は自分と同じ性別を持つ男だ。
この想いが禁忌なのはわかっている。
ただでさえユダは女性からの人気が高い。
おそらく恋愛の相手には不自由していないだろう。
デザイナーとしての才能や企業人としての財力は勿論、ユダ自身が完璧と言えるほどの美貌を持ってるからなのだが、ユダはどれほど魅力的な女性が傍にいようと見向きもしない。
今は仕事に夢中なのだと言っていたからおそらく恋人はいないだろう。
だからと言って告白することは最初から考えていない。
ユダは確かにシンを大切に思っているだろう。
だがそれはあくまでもモデルとしてだ。
恋愛対象としてではないのだ。
ユダは自分が使っているモデルと恋愛関係になったことはないとルカが言っていた。
それなら尚更シンは恋愛対象として意識されることはないだろう。
恋人になりたいなどとは思わない。
そんなのは過ぎた望みだ。
ただ、傍にいたかった。
少しでも顔が見られれば、近くにいられればシンはそれでいいのだ。
だからこそ普段ならばどんなに頼まれたところでも引き受けない女性モデルの仕事を引き受けたのだ。
他でもない、ユダのために。
果たして自分に務まるかどうかは甚だ不明だが、それでもここまで来た以上できないでは済まされないのだ。
気負わなくていいとユダは言った。
普段どおりの自分でいればいいと。
表情も仕草も完璧を求めるならば一流のモデルを使用している、シンでしか表現できないものがあるから頼んだのだと言われれば、少しだけ心が軽くなった。
シンは所詮素人だ。
練習はしているがウォーキングもポージングもまだぎこちない。
それでもいいと言ってくれたのだから、何を恐れる必要があるだろう。
恥ずかしさは否めないが、それでも選んだのは自分だ。

「しっかりしないといけませんね」

そう自分に言い聞かせたと同時に扉をノックする音が室内に響いた。
時計を見ればそろそろ撮影開始の時刻だ。
化粧は崩れていないか、きちんとモデルとしての表情はできているかを確認してシンは椅子から立ち上がる。
開いた扉から姿を見せたのはユダ。

「用意はいいか」
「はい」

自分を見つめてうっすらと細められる蒼い瞳。
浮かぶのは賞賛。

「――あぁ、いいな。とてもよく似合っている」

熱い視線に、誤解をするなと心に言い聞かせた。
彼はデザイナーで、自分はモデル。

それだけなのだ。

「では行こうか。俺の女神」

微笑みとともに差し伸べられた手に、シンは己の手を重ねた。


  • 08.12.22