受付に案内されるままやってきたのは応接室。
コートを返すだけだから案内などしてもらわなくてもいいし、むしろ受付に預けて帰ってもよかったのだ。
実際そう言ったのだが職務に忠実な受付嬢は完璧な営業スマイルでシンの言葉を却下し、優雅な物腰でシンを応接室へと案内した。
柔らかな笑顔と物腰だけでシンから反論の一切を封じた彼女の手腕は、さすがはプロの受付嬢と呼ぶしかない。
レイの助力を期待していたのだが、レイはレイで最初の勢いはどこへ行ったのか、シンのやりとりに一切口を挟むことなく一歩後ろで成り行きを見守っていたため、気が付けば応接室に腰をかけてお茶まで出されてしまっているのだ。
こういう時こそ協力してほしいと思うのだが、どこか心ここにあらずといった感じのレイは返事も上の空だ。
実はシンを助けたのがデザイナーのユダだと知ったレイは、大好きなブランドのデザイナーに会えることに少々浮き足立っているのだが、当然のことながらシンは気づかない。
待つこと数分、立派な応接室が居心地悪く感じ始めた頃、ようやく待ち人は姿を見せた。
扉が開いて現れたのは2人。
1人は先日助けてもらったユダで、もう1人は見知らぬ人物だった。
腰まである長い銀の髪と、額に巻かれたターバンが特徴的な、ユダに勝るとも劣らぬ美形の男性だ。
「ほう…、これはこれは」
そして彼はシンを見るなりユダを押しのけてまっすぐシンの前までやってきた。
長い指がシンの細い顎を捉え、深紅の瞳が黄金の瞳を見据えてくる。
その仕草はとても優雅だが、突然の行動にシンはわけが分からない。
相手の右手がシンの肩から腰へと移動していくのにさすがに顔色を変えたものの、見据える瞳は愉悦を含んでいて悪気があるようには思えない。
いや、悪気がなくてもこれは立派な痴漢行為なのだが。
「薄水色の髪、黄金の瞳、そして白磁の肌か」
「あ…あの…」
「肩も細く、手足はすらっと長い。腰の位置も高いし、バランスは申し分ないな」
ペタペタと触られシンは驚愕と羞恥で言葉もない。
普段なら率先して止めてくれるはずのレイも、先程から様子が違う。
椅子から立ち上がったままの態勢で目の前の銀髪の青年をぽかんと眺めているだけだ。
振り払おうと思うのだが青年の触れ方に一切性的なものがないためだろうか、それとも興味深そうな眼差しが原因か、力任せに振り払うのも何故だか躊躇われた。
かと言ってそのままにしておくことは当然出来ないのだけれど。
えっと今日は何しに来たんだっけと半ば現実逃避しかかった頃にようやく背後から伸びた手がシンと青年を引き離した。
ほっとしたのも束の間、今度は更に大きな手に引き寄せられた。
ふわりと鼻腔をくすぐるコロンの香り。
先日と同じ香りだ。
「まったく何をやっているんだ、ルカ」
低い声、強い腕。
見上げた先にあるのは呆れたような、それでいて咎めるような蒼い瞳で。
ユダだとわかった瞬間、シンの顔が赤くなる。
ルカに触れられていても動揺はしても顔色を変えなかったのに、ユダの体温を感じただけでシンの顔が真っ赤に染まったのを目の前にいたルカだけが気づいた。
「あまり不躾に触れるんじゃない。困らせてどうする」
「いいじゃないか、別に減るものじゃないんだ」
「そういう問題じゃない」
更にぐいと抱き込むように引き寄せられて、可哀相にシンは声すら出せない。
呼吸は出来ているだろうかと心配になるほどに赤い顔は、成る程確かにユダの言う通り人に触れられることに慣れていないようだ。
「大丈夫だったか。すまない、ルカも悪気があってのことではないんだ。気を悪くしないでくれ」
ユダはシンの顔が赤いのをルカのせいだと思ったのだろう、一瞬だけきつい光がルカに向けられた。
原因はお前だと言ったらどうなるのだろうと思いながらも、それでは面白くないと言葉にはしなかった。
「あの…大丈夫です。ちょっと…その…本当にちょっとびっくりしただけで…」
頬を染めて答える様は可愛らしい。
男性だとわかっているが、少年期と青年期のちょうど中間にいるシンは男らしさをあまり感じさせないため、そんな仕草もよく似合っている。
かと言ってなよなよしているようには見えないのだから不思議だ。
ルカはまじまじとシンを見た。
骨格が細いのだろうか、隣にいるユダが男性として理想的な体格をしているものだから余計に華奢に見える。
成る程、確かにこれなら女性モデルとしても通用する。
実際現役モデルと比べても遜色ないスタイルと美貌だ。
何よりも、目の前の青年は今回のイメージに驚くほどぴったりなのだ。
実はユダはシンを知っていて彼をイメージして服をデザインしたのではないかと思うほどには。
ユダの審美眼を疑っていたわけではないが、まさかこれ程とは思わなかったというのが正直な感想だ。
どんな一流モデルですら該当しなかった人材がこうして目の前にいる。
きょとんとした様子を見るとユダは何も言わなかったのだろう。
抜け目のない男だ。
ここまで純情なシンにいきなりモデルにならないかと言っても断られるのが目に見えている。
おそらくそこまで察して当初の目的である勧誘はしなかったのだろう。
だが、こうして会いに来ることは確信していたに違いない。
それがモデル勧誘の手口だろうがナンパ目的であろうが、この際構わない。
折角見つけた人材をみすみす逃すつもりは、ユダ同様ルカにもないのだから。
「さて、シンと言ったか。少々時間はあるかな?」
戸惑いながらも頷いたシンに、ルカは艶やかに笑った。
- 08.12.20